〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

日本の航空会社が単通路機を長距離路線に飛ばす日は来るのか?

6月28日、オーストラリアのヴァージン・オーストラリアは羽田~ケアンズ線を開設し、日本路線に参入しました。

当初はA330によって羽田~ブリズベン路線を開設する予定でしたが、コロナ渦で延期になった上にヴァージン・オーストラリア自身が経営破綻。A330を手放して機材を737に絞り込んだことでその夢は潰えたと思われましたが、そこは意地なのか737でギリギリ直行できるケアンズに就航先を変更し、しかも予定していた737MAX8の受領を待たず、既存の737-700で就航させるという執念深さを見せました。

羽田~ケアンズの距離は約5870km。これに対して737MAX8の航続距離は6510km、737-700は6,225kmですから、特に737-700だと航続距離に余裕がないのがお分かり頂けると思います。

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さて、ギリギリとは言え737でオーストラリアまで行けることにも驚きですが、かつてはANAが737-700ERを使用して成田~ムンバイ線を飛ばしていたのは記憶に新しいところ。世界的には737に限らず、単通路機の航続距離を伸ばし、中長距離路線に投入する傾向にあり、特にエアバスは航続距離8700kmを誇るA321XLR型を開発するなど、単通路機も長距離志向になってきています。日本路線でもかつてはシルクエアーが広島~シンガポール線に737MAXを投入したり、成田~セブ線やダナン線など、飛行距離4000km台くらいなら単通路機で就航するケースも増えてきています。

 

一方の日本の航空会社はJALが737-800の一部、ANAがA320neoを国際線用としているものの、両社とも現在投入しているのは近距離の中国・台湾路線のみで、しかもコロナ渦で一部を国内線に廻しているなど、長距離路線には飛ばす気配がありません。

 

ANAの場合、成田~ムンバイ線やヤンゴン線に737-700ERを飛ばした「前例」はありますが、737ー700ER自体床下貨物スペースを潰して燃料タンクに振り分けた「特別仕様」ですから、この前例は余り参考になりません。ER型ではない737-700型に限ってみれば中国・韓国・台湾路線だけでしたし、後継のA320neoもこの路線を踏襲しています(例外は成田~ウラジオストク路線ですが、距離的にはソウルよりも近いので除外)

私の知る限り、ANAの737-700やA320neoが東南アジアに定期路線で飛んだケースはないように思います。

 

一方のJALですが、過去に関西~ハノイ線や羽田~マニラ線などに737-800を投入した例があり、ANAよりは遠い地域に単通路機を飛ばした実績があります。しかしそれでも飛行距離3000km台前半程度であり、バンコクやシンガポールなどには飛んでいません。

 

なぜANAやJALは単通路機を長距離路線に投入する事に消極的なのでしょうか?一言でいえば「飛ばす必要のある路線がないから」です。

程度の違いこそあれ、ANAもJALも羽田と成田を国際線のハブ空港としていますが、羽田は主に国内線からの乗り継ぎ、成田は東南アジア~アメリカ路線の乗り継ぎ需要を中心にしています。また、日本~東南アジア路線の需要自体も大きなものなので、小型機で細かく需要を拾うというよりは羽田や成田に乗客を集めて大型機でまとめて飛ばす、という手法が一般的です。

一方、関西空港や中部空港発着の路線は縮小傾向にあり、ANAは中部発の国際線から撤退済み。路線自体も中長距離路線といえばJALの関西~バンコク・ホノルル・ロサンゼルス線と中部~ホノルル線くらいで、正直あまり積極的とは言えません。ANAもJALも国際線の乗り継ぎ需要は首都圏発着路線に集約し、中部や関西の路線は主に地区内からの需要で賄える路線だけを飛ばしている、という印象ですので、少なくとも今後数年単位で単通路機を使った中長距離路線開拓に動く可能性は低いと思われます。

 

一方でLCCはピーチが関西~バンコク線、ジェットスタージャパンが成田~マニラ線を就航させており、単通路機で長距離という点ではLCCの方が先んじています。加えて両社とも中距離国際線に投入可能なA321LRを導入しており、今後も東南アジア路線の開拓が見込まれます。ピーチもジェットスターも機材はA320シリーズの単一であり、近距離国際線もある程度開拓した感があるので、今後国際線を拡充するとなると東南アジア路線、ということになります。

今のところは東南アジアより先の路線開拓は考えていないようですが、現在の路線が軌道に乗り、東南アジアの開拓が進めば、より長距離を飛べるA321XLRを買って経済成長が進むインドや観光需要の大きいオセアニア地区への路線展開も視野に入ってくるのではないでしょうか?そういう意味ではLCCの方が単通路機を長距離路線に投入する可能性が高いと思います。

 

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最後に国際線就航実績のあるスカイマークやスターフライヤーが単通路機で長距離路線に参入する可能性ですが、両社とも経営再建中で国際線どころではないですから、当面はありえないと思います。ただ、スカイマークに関しては2026年度以降に737MAXが投入され、国際線が復活すれば737-8あたりで東南アジア路線投入、というのはあり得ると思います。大手2社は当面ありえないとしても、近い将来、日本の航空会社の単通路機が東南アジア路線を飛び回るようになる光景は普通になるかもしれません。

パリ航空ショー2023の受注ニュースまとめ

6月19日から25日まで開催されたパリ航空ショー。イギリスのファーンボロ航空ショーと一年おきに交互に開催されますが、これらの航空ショーは航空機メーカーの商品アピールや新型航空機のお披露目の場であると同時に、メーカーと航空会社、メーカーとサプライヤーなどとの商談の場でもあり、毎回大規模な航空機発注が発表されるのが通例です。

今回のパリ航空ショーでもインドの航空大手の大規模発注が発表されるなど、大型発注が相次いで発表された一方、一部メディアで可能性が報道されたANAとJALからの発注は今回はありませんでした。

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今回はパリ航空ショーで発表された受注状況をまとめてみました。

 

エアバス

今回のパリ航空ショーで最大のニュースは何と言ってもインディゴのA320neo大量発注でしょう。これまでもインディゴは2019年に300機のA320neoファミリーを発注しており、当時でも単一航空会社としては最大の発注数でしたが、今回はその数を大幅に上回る過去最大の発注数です。何をするか分からない航空会社もビックリ

これでインディゴの総発注数は1330機となりますが、実際には一部のA320ceoの代替用ですので、全ての機材が同時にフリートに加わるわけではありません。ですが、将来的には世界最大のLCCであるサウスウエスト航空(但し、近年のサウスウエストのビジネスモデルは多少FSC寄りになってきてますが)と同等か、それを上回る保有機数となる事になり、インド市場とインディゴの勢いの凄さを改めて感じます。

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19日の発表はまだまだ続きます。エアモーリシャスからA350型3機の追加発注を発表しました。モーリシャスはアフリカの島国で、かつてはサトウキビ栽培がほぼ唯一の産業でしたが、現在は工業や観光業も発達するなどアフリカでも有数の裕福な国です。

モーリシャス航空はモーリシャスの観光産業の一翼を担う存在であり、ヨーロッパを中心にアジア・アフリカ各地に路線もを広げています。日本には未就航ですが、上海や香港には就航しており、今回のA350追加発注もこれらの国際線強化のためと考えられます。これ使って日本にも飛んでこないかなあ・・・

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また、サウジアラビアの格安航空会社・フライナスもA320neoを30機追加発注。これでフライナスのA320neoファミリー発注数は120機となります。

フライナスは2007年に設立され、中東地域を中心に路線を広げています。サウジアラビアの航空会社というと国営のサウジアラビア航空くらいしか思いつきませんが、近年サウジアラビアは観光客受け入れの強化と乗り継ぎ需要の取り込みに力を入れており、最近では首都のリヤドをハブとする第二の国営航空会社・リヤド航空を設立するなど航空事業の投資に積極的。インドと同じく、将来的にはサウジアラビアの存在も業界内の新たな「台風の目」となるかもしれません。

 

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続いて20日にはエアインディアがA350を40機、A320neoを210機の合計250機を正式に発注。これは2月に発注意向を表明していた分の正式発注ではありますが、インディゴに続く超大型発注で、インドの航空業界は爆発的に規模を拡大する見込みです。

 

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↓エアインディアの飛行機爆買いについてはこちらもどうぞ。

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更にフィリピン航空がA350-1000型9機を確定発注。こちらも5月に発注意向を表明したものの正式発注ですが、フィリピン航空は最重要路線の北米路線に投入する見込みです。ちなみに2021年に破綻したこの会社、しれっと去年に裁判所管理から脱却しています。

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そして22日、カンタスがA220型9機の追加発注をしたと発表。A220自体は昨年5月に20機の発注を発表しており、この時にA350-1000型12機とA321XR20機を発注済み。これらの路線は現在使用している機材よりもより長距離を飛ぶことが可能であり、カンタスはこれらの機材を使ってより長距離の路線を開拓することになるでしょう。

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最後に6月23日、アイルランドのリース会社・アボロンがA330neo20機の発注意向を表明。アボロンは所有・管理している機体やコミットメントを含め830機の航空機を保有していますが、その大半はエアバス機。20機のA330neo発注は順当なものと思われます。

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ボーイング

初日こそ発注発表がなく、インディゴの巨額発注でエアバスに持って行かれた感のあるボーイングでしたが、20日から発注のニュースが相次ぎました。口火を切ったのはエアインディアの正式発注で、737MAX190機、787型20機、777X10機の合計220機。

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22日は発注ニュースが一段落したエアバスに代わってボーイング機の発注ニュースが相次ぎました。チャイナエアラインが787-9型のオプション分8機を確定発注に変更し、併せて既存発注分の787-9型16機のうち6機を-10型に変更しました。小型機はエアバスに鞍替えされてしまったボーイングですが、787の追加発注で巻き返した形です。

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続いてアフリカのアルジェリア航空から737-9型8機を受注したことを発表し、併せて既存の737の貨物型改修計画も受注。こちらも大型機はエアバスのみで先日の新型機受注もエアバスでしたが、小型機は737シリーズに統一されており、今回の受注で牙城を守った形です。

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そして先ほどエアバスの方でも出ていたアボロンからも737MAXを40機受注したと発表。737-8型の需要が旺盛なことを受けての発注のようで、2019年の運航停止でイメージダウンとなった737MAXも順調に市場の信頼を回復しているようです。

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また、ルクセンブルクのルクスエアからも737-7型4機を受注したと発表。737MAXの中でも最小サイズの-7型は受注が低迷していたので、久しぶりの受注となったのではないでしょうか?

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アメリカの航空リース大手・ALCからも787を2機受注しました。

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最後に、インドのLCC・アカサエアから737-8型4機の受注を発表しました。アカサエアは2022年に運行を開始したばかりの新しい航空会社で、既に2021年11月に72機の737MAXを発注済み。CEOはジェットエアウェイズとゴーエアのCEOを歴任しており、「インドのバフェット」とも言われたラケシュ=ジュンジュンワラ氏が後ろ盾になっていました。そのジュンジュンワラ氏はアカサエアの就航直後に亡くなってしまい、将来が不安視されていますが、インディゴとエアインディアの2強体制になりつつあるインドの航空業界で存在感を発揮できるか注目です。

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その他のメーカー

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2大メーカー以外で注目されたのは、デ・ハビランド・カナダのDHC-6ツインオッターの新型・クラシック300-G。ツインオッター自体は1965年に初飛行したかなり古い飛行機ですが、機体の頑丈さと未整備の飛行場でも離着陸できるタフさで根強い人気を誇ります。1988年に一旦製造を終了したものの、2006年に製造権を買い取ったバイキングエアによって、2008年に生産が再開。この際、エンジン換装とグラスコクピット化で近代的にした400型を発表し、日本でも沖縄の離島路線参入を目指した第一航空によって2機が購入されています。

今回発表されたクラシック300-Gは機体をより軽量化して搭載量をアップしたほか、機内インテリアも一新。今回のパリ航空ショーでも3社から発注または購入意向をゲットし、滑り出しは順調のようです。

 

また、受注とは直接関係ありませんが、ブラジルのエンブラエルと日本のニデック(旧日本電産)が空飛ぶクルマ用のモーター開発で合弁会社を設立したというのも大きなニュース。スペースジェットの開発中止など良いニュースの少ない日本の航空機産業ですが、航空機の電動化によって今まで考えられなかったメーカーの参入が見込まれるなど、航空機業界の変革で思いもしないメーカーが航空機産業に名を連ねるのかも知れません。

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まとめ

以上、2023年のパリ航空ショーでの受注ニュースをまとめました。航空ショーで発表された総受注数はエアバス846機に対しボーイングは358機と、これだけ見るとエアバスの圧勝のように思われます。とはいえ、エアバスの受注数のうち500機はインディゴの多量発注であり、これを除けばエアバスとボーイングの受注数はほぼ互角。737MAXの運行停止や777Xの開発遅延、787の品質問題など課題山積なボーイングですが、少なくとも受注数だけを見れば信頼を取り戻しつつあるのではないでしょうか?

今回のパリ航空ショーでもボーイングは777Xと737-10の展示飛行でアクロバティックな飛行を披露しており、自社機の性能と技術力の高さをアピールしました。エアバスの一人勝ちでは旅客機も面白くなくなりますし、ジェット旅客機の老舗としてボーイングにはこれからも頑張って欲しいですね。

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また、今回の受注傾向としてインドの航空会社からの受注が目立ちました。インドの航空需要の急速な伸びを受けてのものですが、エアインディアがアジア~ヨーロッパ・アフリカの乗り継ぎ需要を狙っているように、インドの航空会社も将来的には中東御三家やターキッシュエアラインズなどがしのぎを削る国際ハブ競争に名乗りを上げてきそうですし、今後世界の航空業界で存在感を増してくることでしょう。

 

来年はイギリスのファーンボロ航空ショーが航空機発注のお披露目の場になると思われます。どんな会社がどんな発注をして世界を驚かせるのでしょうか?

 

 

日本のトロリーバスはこのまま消えるのか?

5月31日、日本唯一のトロリーバス「立山トンネルトロリーバス」を運行する立山黒部貫光は、2025年度以降のトロリーバス廃止を検討している事を明らかにしました。廃止後は電気バスに切り替える方針で、記事の通りになればトロリーバスという乗り物は来年いっぱいで日本から姿を消すことになります。

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さて、日本では絶滅危惧種となったトロリーバスですが、かつては日本でも主要な公共交通機関の一つとして一定の地位を築いていた時期がありました。また、世界的に見ても旧ソ連諸国や中国、ヨーロッパやカナダなどで運行されており、これらの国々では現在でも都市交通の一翼を担う存在です。

それでは将来、日本でトロリーバスが復権する可能性はあるのでしょうか?個人的な考えですが、その可能性は極めて低いと思いますし、立山トンネルトロリーバスも電気バス転換を撤回する可能性もほぼないと思われます。今回は日本のトロリーバスの歴史と、復権の可能性が低い理由を考察していきたいと思います。

 

 

 

昔は日本でも普通に走っていたトロリーバス

そもそもトロリーバスとは、道路上に張られた架線からトロリーポールを用いて電気を取って走るバスであり「無軌条電車」とも言われます。見た目はどう見てもバスなのですが、「電車」という言葉が示すとおり、法律上では鉄道の一種として分類され、運転には大型二種免許に加え、動力車操縦車運転免許(無軌条電車専用)が必要となります。

日本初のトロリーバスは1928年に兵庫県川西市で開業した「日本無軌道電車」でしたが、こちらはわずか4年で廃止に追い込まれました。日本無軌道電車と入れ替わるように京都市交通局が四条大宮~西大路四条間にトロリーバス路線を開業し、これが日本初の都市トロリーバス路線となりました。

その後しばらくは京都市のみでしたが、1943年に名古屋市でトロリーバス路線が開業。但しこれは8年ほどで廃止になっています。戦後には1951年3月の川崎市を皮切りに、1952年5月に東京都、1953年9月に大阪市、1959年7月に横浜市でトロリーバス路線が次々と開業し、最盛期には全国5都市でトロリーバスが営業していました。

これだけトロリーバス路線が増えた理由は、石油不足によるバスの運行が困難なことに加え、戦後すぐの時期は大型バスの性能が悪く、整備も煩雑な上に出力も低いなど信頼性に欠けており、一方のトロリーバスは路面電車の技術を応用できる上に路面電車の3分の1のコストで建設できたためでした。また、トロリーバスはディーゼルエンジンのバスに比べて騒音や振動が少ない、架線から直接電気を取るためバッテリーが不要で航続距離を気にする必要が無い、運行費も普通のバスに比べて安いなど、事業者側、利用者側にもメリットが大きいものでした。実際、投入当初は路面電車とバスのいいとこ取りをした「次世代の公共交通機関」として期待されていたようです。

 

しかし、モータリゼーションの進行で自動車が増えると、架線から離れて運行できないトロリーバスはしばしば渋滞に巻き込まれたり、逆にトロリーバスが渋滞の原因になったりと、走行環境は急速に悪化します。また、線路がないとは言え架線の維持管理は必要であり、法律上は鉄道扱いですから許認可や乗務員育成の面では鉄道並みの手間とコストがかかりました。運行費は安くてもそのメリットはこれらの費用で相殺されてしまいました。

そして、技術の進歩でディーゼルエンジンの性能や信頼性が上がり、バスの車体大型化が可能になると、許認可が鉄道より簡易で架線も要らず、走行ルートも比較的自由に決められるバスの方がトロリーバスよりも遙かに経済的となり、トロリーバスの優位性は崩れてしまいました。このため、車両の更新時期を迎えた1960年代後半には大都市のトロリーバスは一気に廃止に向かい、1972年3月の横浜市営トロリーバスの廃止を最後に、日本の都市からトロリーバスは姿を消しました。

 

立山黒部アルペンルートでトロリーバスが生き残ったワケ

しかし、横浜市の廃止で日本からトロリーバスが消えたわけではありません。1路線だけ、長野県でトロリーバス路線が残ったのです。

黒部ダム及び黒部川第四発電所建設のための資材運搬用として長野県大町市に建設された関電トンネル。トンネル建設の難工事や破砕帯による事故などの苦難は映画「黒部の太陽」などで取り上げられるほど有名ですが、トンネル自体は国立公園内に掘られたこともあって、建設許可の際「一般公共の利用に供すること」つまり誰でも自由に利用できるようにしなさいという条件が付けられました。

しかし、ダム完成後も関電トンネルは資材運搬に使用するため無秩序に一般車両の利用を許すわけにも行かず、そもそも自然環境保護の観点から一般車両の通行を認めるわけにも行きません。最終的には自然環境に配慮してトロリーバスを走らせることになり、1964年8月1日に関電トンネルトロリーバスが開業します。こうした経緯から大都市でトロリーバスが消えた後も関電トンネルトロリーバスは運行を続け、横浜市のトロリーバスが消えた後は日本唯一のトロリーバスとなりました。

その後、1996年には室堂~大観峰間を結ぶ立山トンネルバスがトロリーバスに転換されたことで32年ぶりに日本のトロリーバスが増えました。立山トンネル自体は1971年に開業し、当初はディーゼルバスで運行されていましたが、運行本数の増加に伴いトンネル内に排気ガスが溜まるようになり、環境保護の観点から関電トンネルと同じトロリーバスに転換して解決を図ることにしたのです。

 

日本の都市からトロリーバスが消えても立山黒部アルペンルートで残った理由。それは、自然環境と観光輸送の両立に最適な交通手段がトロリーバスだったためです。

立山トンネルバスの事例でも分かるとおり、ディーゼルバスではトンネル内に排気ガスが溜まり、自然環境に悪影響を与えることが問題視されました。かと言ってこの当時は電気バスは実用に耐えうるものではなく、鉄道などの軌道系交通機関に置換えるのもトンネル内の急勾配を上ることができず、建設コストもその後の運行コストもかかりすぎますし、先述の通り、黒部ダムへの資材運搬や緊急車両の通行にも支障を来してしまいます。排気ガスを出さずに一定の輸送力を持ち、比較的低コストで維持できる交通機関が、この当時ではトロリーバスしかなかった為、立山ではトロリーバスが生き残ったのです。

 

日本最後のトロリーバスも電気バスに・・・

しかし、2010年代に入ると世界的な自動車の電動化の流れやリチウムイオンバッテリーの、電気バスも技術革新が進みます。特に中国では国策でバスの電動化が進められ、日本でも中国製の電気バスを採用する例が増えてきました。電気バスが技術的、コスト的なハードルが下がり、実用に耐えうるものとなった事で、架線が必要で大型二種とは別に専用の免許が必要なトロリーバスの運行を続ける必要性は薄れていきました。

そして2017年8月、関西電力は2019年度からの電気バス置き換えを発表し、2018年度いっぱいでトロリーバスは廃止されました。後継の電気バスは扇沢駅の給電設備でパンタグラフを上げて給電する仕組みで、この点は電車っぽいですが位置づけはあくまでも「バス」であり、鉄道ではありません。

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この時、もう一つのトロリーバス路線である立山トンネルトロリーバスは特に置き換えの計画もなく、「日本唯一のトロリーバス」をPRして運行を続けました。しかし、車両自体は1996年の転換時のものであり、基本的には関電トンネルトロリーバスと同型。走行距離が少なく、冬期は基本的に動かないとはいえ、既に製造から25年以上が経ち老朽化が進んでいました。

加えて2006年の「鉄道に関する技術上の基準を定める省令」の改正で、運転士の異常時に自動的に列車を停止させる「デッドマン装置」の設置が義務化され、もしトロリーバスの車両を更新するとなると、この装置の設置が必要になります。

現在、立山トンネルトロリーバスで運用されている車両はわずか8台。この8台を更新するためだけにトロリーバス用のデットマン装置を開発し、一から車両を設計・製造するのはコストがかかりすぎてメーカーも立山黒部貫光も「割に合わない」事。先に電気バスに転換した関西電力が問題なく運用していることや、コスト面でも電気バスの方が有利なことを考えると、立山トンネルトロリーバスの廃止は必然であると言えます。

 

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世界的にはトロリーバス復活の動きもある

とはいえ、世界的にはトロリーバスを運行している地域はまだまだ多く、トロリーバスを製造するメーカーも複数存在します。ロシアをはじめとした旧共産圏の東欧諸国や、中国や北朝鮮、フランスやイタリア、ドイツなどの一部西欧諸国、アメリカやカナダ、メキシコ、ブラジルなどにトロリーバス路線があり、チェコのプラハでは48年ぶりに新規路線が開設されるなど、世界的にはトロリーバスは決して「過去の遺物」ではないのです。

近年では架線のない道路も走れるよう、ディーゼル発電機や蓄電池を搭載した車両も投入され「架線のない道路は走れない」というトロリーバスの弱点も克服されつつあります。欧州では環境問題の高まりで排気ガスを出さないトロリーバスが再評価されているのに加え、旧社会主義国では元々トロリーバスの路線が多かったことから、今後も一定数残るものと思われます。

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それでも日本でのトロリーバス復活はあり得ない

そう考えると、立山トンネルトロリーバスにノウハウ込みで海外製のトロリーバスを輸入して置換える、という選択肢が出てきそうですが、残念ながらそれは難しいのではないかと思います。

先述の通り、トロリーバスの車両更新にはデッドマン装置の設置が不可欠であり、輸入車両に合わせてトロリーバス用の装置を開発するのはかなりの手間になりそうです。また、輸入車だと故障や整備時の部品調達リスクがどうしても高くなりますし、トロリーバスという特殊な車両でしかも立山の高山で運用されている場所に部品と技術者を派遣するのは通常の修理以上に手間も時間もかかってしまいます。

また「日本唯一のトロリーバス路線」という看板は観光客へのPRや集客効果としては有効に思えますが、そもそも立山黒部アルペンルート自体が立山の自然や黒部ダムを売りにしており、トロリーバスの希少性に頼ってないこと、運賃が高額で簡単には乗りに行けないことを考えると、わざわざ新車や輸入車を入れてまで「日本唯一」の看板を維持する必要性は薄いと思われます。これらを勘案すると、信頼性や部品の融通の面からも関西電力と同型の電気バスを導入するのが一番よい選択肢であり、トロリーバス路線の維持は難しいと思われます。

また、既存のバス路線や路面電車をトロリーバスに転換、というのもほぼ無いと思われます。既に一部地域で電気バスの導入が始まっていること、定時性や輸送力の面では路面電車の方が有利でトロリーバスに転換するメリットは薄い事、今の日本では既存の道路を一部潰してまでトロリーバスに転換する事は難しいことから、よほどの事が無い限り、日本でトロリーバスが復権することはほぼないのではないでしょうか?

 

まとめ

以上、日本のトロリーバスの歴史と復権の可能性が低い理由を考察しました。一言で言うと「諸々のハードルをクリアしてまでトロリーバスにする理由がない」というのが現実であり、むしろアルペンルートという特殊事情があったからこそ、日本のトロリーバスは現在まで生き永らえてきたのだと思います。

現段階では8台を一気に置換えるのか、数台ずつ置換えるのか、後継の電気バスはどうなるのかなどはまだ不明です。ですが、車両の部品調達が難しくなっていることを考えると、来年か、長くても3~4年程度で「日本唯一のトロリーバス」は消えると思われます。

 

立山トンネルトロリーバスが廃止されると、現在日本一標高の高い鉄道駅である室堂駅は「鉄道駅」ではなくなり、「日本一標高の高い鉄道駅」の称号は同じアルペンルート内の黒部ケーブルカー黒部平駅に移ります(ロープウェイも含めると駒ヶ岳ロープウェイの千畳敷駅が日本最高)

また、現在の日本で標高2000m以上にある鉄道路線は立山トンネルトロリーバスのみですから、トロリーバスの廃止は記録的な意味でも日本の鉄道史が塗り変わる出来事と言えます。トロリーバスに乗りに行くにはかなりの時間と高額な運賃が必要になりますが、少なくとも来年いっぱいまではトロリーバスは走っていますから、興味のある方や「日本最高」を制覇したい方は今のうちに「お名残乗車」しに行かれてはいかがでしょうか?

 

「一応」商業運航にこぎ着けたC919とダメだったスペースジェットの違い

2023年5月28日に初めての商業運航を開始した中国商用飛機有限責任公司(COMAC)のジェット旅客機、C919。最初に就航させたのは中国東方航空で、路線も中国国内最大のドル箱路線・北京~上海線。翌日には上海~成都線にも就航し、今後は中国国内の各航空会社が国内線に投入していく見込みです。

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さて、近年の中国製ジェット旅客機の発達は目を見張るものがあり、量産化にこぎ着けたのはなぜかDC-9によく似ているARJ21に続いて2例目。しかもこちらはMD-90の治具を流用しまくったARJ21と違い、完全新設計の機体です。もっとも、当初は2018年の納入開始を見込んでいたものの、試験飛行の遅れや中国当局側の対空審査体制整備の難航などで、4年以上遅れてしまいました。それでも就航までこぎ着けたのは素晴らしいことですし、審査体制整備の遅れは某高速鉄道と違い下手にメンツを優先して安全性をおろそかにしなかった為と考えることもできます。

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さて、C919の商業運航開始のニュースを見て感じたのは、同じくノウハウが乏しい状態から開発を開始したものの、開発が遅れに遅れて結局計画中止になってしまった三菱スペースジェットの存在。150~200席級で需要が大きい分、ボーイングやエアバスと正面からぶつかるC919と、100席以下で需要もライバルメーカーも違うスペースジェットを同列に扱うこと自体、ナンセンスだとは思いますが、曲がりなりにも就航にこぎ着けたC919と、多額の資金をつぎ込みながら幻に終わったスペースジェットとは何の違いがあったのか、考察してみました。

 

 

1.国家の「本気度」の違い

C919計画は中国のジェット旅客機の国産化という「国家プロジェクト」であり、中国政府も計画段階から深く関わっていました。そもそもCOMAC自体が中国国内の民間航空機製造会社を政府主導で統合して発足した企業ですし、株主構成も中国政府や上海地方政府などが名を連ねる国営企業です。更にC919の開発目的の一つが「国産ジェット旅客機を生産することで、ボーイングやエアバスへの依存度を減らす事」ですから、C919計画は国策に基づいたものであり、中国政府から資金的、人的なバックアップがあったことは容易に想像できます。

 

一方のスペースジェットですが、三菱重工が主体となった民間企業のプロジェクトであり、経済産業省もバックアップはしたものの、国家プロジェクトと言えるC919に比べると、その割合は小さいものでした。

YS-11の時は政府と民間の共同出資で特殊会社「日本航空機製造」を設立し、どちらかと言うと政府主導のプロジェクトでしたが、結果的には格好の天下り先となって経営はうまくいかず、販売網やアフターサービスの構築に失敗。コスト意識も低く、参加したメーカーも軍用機の開発経験はあるものの民間機のノウハウがなく、各社横並びで主導権を取るメーカーもなかったため、責任の所在が曖昧になった事も経営の迷走に拍車をかけました。結局、YS-11は多額の赤字を抱えたまま182機で生産終了。日航製も解散してプロジェクト的には失敗に終わりました。

スペースジェットの時に三菱重工が単独でプロジェクトを立ち上げ、政府の関与が限定的だったのもYS-11の時の教訓を生かしてのことでしたが、それが逆に三菱一社では複雑化したFAAの型式証明取得に対応できず、巨額になった開発費用を賄うことができずに事業中止に追い込まれた原因のひとつになりました。政府の関与が少なかったのも、今にして思えばFAAやEASAとの交渉や審査の面では不利だったのではないかと思います。

 

2.型式証明の申請先の違い

C919は最初から中国国内の需要を満たすことを目的としており、海外への輸出は余り考慮されませんでした。このため、型式証明取得に関しても中国国内のみで行い、FAAやEASAへの型式証明取得申請もしませんでした(EASAの方は後にしれっと申請していたようですが)。当の中国当局が大型ジェット旅客機の型式証明のノウハウがなかったため、結果的に時間はかかってしまいましたが、それでも同じ中国国内での審査や交渉ですから、意思疎通は比較的スムーズだったと思います。

 

これに対してスペースジェットは海外への輸出ありきの計画であり、特にメインターゲットとしていたのはリージョナル機の需要が大きいアメリカ市場。このため、FAAとEASAの型式証明取得は必須であり、試験機をアメリカに送り込んで試験飛行を行うことにします。

しかし、このFAAの型式証明取得が事業化への最大のハードルとなり、当初三菱重工は自社スタッフだけで乗り切ろうとしたこともあって、審査はなかなかうまくいきませんでした。途中から型式証明作業に長けた外国人スタッフを雇ったものの、新型コロナウイルスの感染拡大による行動制限もあって時既に遅し。結局、FAAの形式取得証明に時間がかかりすぎたことがスペースジェットにとっては致命的な痛手となってしまいました。

 

3.背景にあった「需要」の違い

C919が当初事業展開しようとしたのは中国国内だけですが、既に中国の航空会社だけでも数千機単位のジェット旅客機需要があり、中国国内だけで十分ペイできるだけの発注量が見込めたためです。

中国国内の大手航空会社と言えば中国国際航空、中国東方航空、中国南方航空の3社ですが、本体だけでも400~500機単位の保有機数を誇り、しかも傘下の航空会社も数十機から100機単位の航空機を保有するなど、大手3社グループだけでもかなりの需要が見込めます。更に大手以外でも海南航空、四川航空、吉祥航空、春秋航空などのグループがあり、ざっと計算したら3200機以上の民間航空機が飛んでいます。

既にC919がオプションも含め1000機程度の受注を得ていることからも分かるとおり、既に中国国内では2~3割のシェアをCOMACが取っている計算になりますし、今後の中国の航空需要の伸びを考えれば、もっと多くの受注が見込めるでしょう。つまり、アメリカやヨーロッパの航空当局の証明が取れなくとも、COMACは中国国内の需要だけで十分食べていける訳であり、旺盛な国内需要で当座の地盤固めをし、運航実績を重ねた上で、将来的にはFAAやEASAの型式証明取得にチャレンジする、という青写真も描けるわけです。

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一方のスペースジェットですが、国内企業で発注したのはANAとJALの2社だけで、オプション分を合わせても僅か57機。日本国内の民間航空機の登録数が600機程度、100席以下のリージョナル機に限ると50席以下のATR機を含めても100機程度しかないことを考えると、とても日本国内だけでは食べていけません。それ故三菱重工は当初からアメリカ市場をメインターゲットにしてFAAの型式証明取得を目指したわけですが、その割にはFAAの審査を甘く見ていた節があるように感じます。C919と違い、国内需要だけでは食べていけない事は最初から分かっていたはずなのに・・・

 

 

まとめ

以上、C919とスペースジェットの明暗を分けた理由について考察しました。国家レベルでの力の入れようが違いましたし、型式証明取得へのハードルもスペースジェットの方が高かった事、地盤となる国内需要の差が違いすぎたのも明暗が分かれた理由なのかなと思いました。

思えば日本の自動車産業や電機産業が世界的なシェアを取れたのも、技術力の高さに加え、旺盛な国内需要という「地盤」があったからであり、国内で力を蓄えた上で海外市場に打って出ることができたのが良かったのだと思います。同じ事は鉄道車両業界にも言えることであり、世界的に見ても車両需要の大きかった国内需要があったからこそ近年まで複数の大手車両メーカーが存在していましたし、日立が海外進出してシェアを伸ばす下地があったのだと思います。

言い換えれば戦後航空機産業が育たなかったのも国内需要がそこまで大きくなかったからであり、スペースジェットが失敗に終わったのも、早いうちから海外需要取り込みを目指して型式証明取得を最優先にしなかったのが原因の一つなのかも知れません。そういう意味では「まともに飛ぶ飛行機さえ作れば国内の航空会社が大量に買ってくれる」状況にあったC919は機体の開発さえ上手くいけば、一定の成功が約束されていたのかも知れません。

 

但し、C919が今後中国国内だけの飛行機で終わるのか、世界市場に打って出てボーイングやエアバスを脅かす存在になるかは、また別の問題だと思います。中国国内での商業運航を開始したとは言え、FAAやEASAの型式証明を取得するにはまだ程遠い状況ですし、仮に取得を目指したとしても国内よりも高いハードルがあるのは明白。また、国産機とは言ってもエンジンを始め多くの部品は海外製に依存していますし、ロシアの航空機がそうだったように、今後の国際情勢次第では一気に部品供給を止められて生産さえおぼつかなくなるリスクもあります。

近年の中国脅威論や国際的な不安定要素、アメリカ製品の中国への輸出制限に型式証明の取得問題など、C919が海外市場に打って出るには問題が多すぎるので、当面は国内での安定供給に注力すると思われます。しかし、実績を積んだ5年後、10年後は世界市場に打って出る可能性があるでしょう。案外、中国は航空機の安全に関しては厳しい方ですし、国際関係さえ悪化させず、海外のサプライヤーや航空会社と良好な関係を築いて信頼を高めれば、ボーイングやエアバスに対抗する勢力となる可能性もあると思います。後はロシアによるウクライナ侵攻で自国の航空産業の未来を閉ざしたような事が無いことを祈るばかりですが・・・

 

大韓航空とアシアナ航空の合併が認められないかも・・・破談になったらどうなる?

2020年に発表され、海外の規制当局の審査中だった韓国の大韓航空とアシアナ航空の合併ですが、ここに来て合併が認められない可能性が出てきました。5月17日に両社の合併を審査していた欧州委員会(EC)が予備審査の結果を発表し「合併により圧倒的に大きな航空会社となり、顧客にとって代替手段が失われたり、価格上昇やサービスの低下につながる可能性もある」という内容の見解を大韓航空に送付しました。最終決定は8月3日までに出すとし、大韓航空はその間に異議告知書に対する回答や口頭審理などで反論の機会が与えられますが、競争が制限される恐れがあるのが旅客便はフランス、ドイツ、イタリア、スペインの4カ国、貨物便に至っては欧州全域と広範囲であり、欧州委員会を納得させるには大幅な発着枠放出や路線整理が必要になりそうです。

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www.traicy.com

 

大韓とアシアナの統合には韓国を含む14カ国の規制当局の承認を受ける必要があり、このうち韓国を含む11カ国で承認を受けています。残りはアメリカ、EU、日本の3カ国ですが、元々EUは独占的地位に繋がりかねない統合には否定的な見解を出す傾向にあり、過去にも航空エンジン大手ハネウェルのGEによる買収や、鉄道車両メーカー大手のシーメンスとアルストムの統合、現代重工業と大宇造船の統合などがEUの不承認で破談になっています。今回の統合に関しても韓国1位と2位の統合であること、傘下のLCCも含めた統合であることから結合審査は難航することが予想されており、計画発表から2年半経った今でも全ての審査をクリアできていません。最大の関門とみられていたEUが否定的な見解を出したことで、大韓とアシアナの統合には黄信号が灯った形です。

 

 

さらに18日には複数のメディアが、アメリカ司法省が大韓航空の提訴を検討していると報道しました。それによると司法省は大韓とアシアナの統合計画が韓国とアメリカの旅客及び貨物双方の競争を阻害すると懸念し、買収阻止のため提訴を検討していると言うものです。現段階ではまだ何も決まっていませんが、仮に提訴となるとアメリカでの審査にも大きな影響を与えることになり、判決が出るまで統合審査そのものがストップする可能性もあります。jp.reuters.com

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では、実際に提訴された場合、統合スケジュールはどうなるのでしょうか?実は司法省は他にも航空会社の提携・統合に対して訴訟を起こしており、アメリカン航空とジェットブルーの提携差し止めの訴訟に加え、ジェットブルーによるスピリット航空の買収差し止めの訴訟を起こしています。このうちアメリカン航空との提携に関しては、30日以内のアライアンス終了を命じる判決がちょうど今日出されました。提訴が2021年9月ですから、約1年8ヶ月で判決が出た計算になります。

www.traicy.com

 

大韓とアシアナの統合差し止めの訴訟が起こされた場合、判決が出るまでに1年以上かかる可能性が高く、少なくともその間は統合審査はストップする可能性が高いと思われます。また、EUに続いてアメリカでも統合却下の機運が高まれば、大韓側は2方向で対応を迫られることになります。更に日本もまだ本審査に至っていないようなので、欧州、アメリカの動向次第では日本も態度を硬化させる可能性があり、統合計画は厳しくなったと言えるでしょう。元々が大型合併過ぎて規制当局の承認を得るのが難しい案件ですが、残り3カ国の規制当局、特にEUの審査をパスできるかどうかはこの数ヶ月が山場と言えそうです。

 

 

さて、もし大韓とアシアナの統合が認められず破談になった場合、韓国の航空業界はどうなるのでしょうか?個人的な見解ですが、このまま統合前と同じになるとは思えず、LCCも含めた業界再編が起こる可能性があると思います。

 

そもそもなぜ大韓航空とアシアナ航空の経営統合が持ち上がったかというと、アシアナ航空及び親会社である錦湖アシアナグループの経営危機が発端です。2015年頃からアシアナ航空の経営はLCCとの競争激化で悪化しており、2018年には本社ビルを売却していますがそれでも経営を立て直せず、2019年4月にはアシアナ航空の売却を発表。一度は現代財閥系の現代産業開発(HDC)と未来アセット大宇のコンソーシアムに売却が決まりましたが、新型コロナウイルスの感染拡大で2020年9月に破談。その後、政府主導で大韓航空によるアシアナ買収に至った、と言う経緯です。

www.nikkei.com

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アシアナ航空の経営危機が買収の理由な訳ですから、それが破談になると言うことはアシアナ航空の経営が行き詰まるリスクを抱えています。2020年ほど危機的状況ではないとは言え、アシアナ航空の経営は低迷を続けており、LCCとの競争激化も続く一方。もし大韓とアシアナの統合計画が破談になれば売却交渉も振り出しに戻り、資金確保の当てが無くなったアシアナ航空が法的整理に追い込まれる可能性は十分にあります。

ティーウェイ航空やチェジュ航空の経営は好調とは言え、韓国2位のアシアナ航空をまるごと飲み込む体力は無く、大韓航空の他に有力な買収先が現れる保障はどこにもありません。最悪の場合、アシアナ航空は再建も買収もうまくいかず、傘下のLCCごと他社に切り売りされて消滅する可能性すらあると思います。その場合の引受先は、欧米路線は大型機導入で長距離路線進出に意欲を見せるティーウェイ航空に売却か、アシアナ航空の受け皿会社を作って一部路線を移管、近距離路線やLCCは大韓航空も含めた他の航空会社で取り合い、国内線は路線維持の観点から大韓航空に譲渡、といった感じでしょうか。

もしアシアナ航空が助かる可能性があるとすれば、所属アライアンスのスターアライアンスが韓国での権益確保のために支援に乗り出した時だろうと思います。特にユナイテッド航空は大韓とアシアナの統合に対して問題提起もしており、アシアナ航空を救うことがアライアンス全体の権益確保に繋がると判断すれば支援に乗り出す可能性があります。その場合、ルフトハンザやANAなども協力する可能性があるでしょう。

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統合が認められるかは予断を許しませんが、仮に統合不承認で破談になったとしても、アシアナ航空のブランドが残るかどうかは不透明です。EUとアメリカの動きで一気に不透明感が増した大韓航空とアシアナ航空の統合問題ですが、考えようによっては2年半経っても出なかった結論が出るときが近いのかも知れません。今後の動きに注目です。

 

スターラックス航空会長の「神対応」に見る経営トップの危機管理対応

5月6日に強風で欠航し、成田空港で一夜を明かす羽目になったスターラックス航空の乗客に対し、張国煒会長が取った「神対応」がTwitterなどで話題となりました。

 

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リンク先の記事によると、この日の成田空港は強風による悪天候で多くの便が着陸やり直しや他空港へのダイバードを余儀なくされており、スターラックス航空の台北発成田行きJX800便も成田空港で何度も着陸やり直しをしましたが着陸できず、やむなく中部国際空港にダイバード。その後天候の回復を待って再度成田に飛び、当初の予定時刻12時45分よりも7時間以上遅れの19時52分にようやく着陸しました。

しかし問題だったのはこの便の折り返しとなる成田発台北行きのJX801便。当然、これだけの遅れとなると折り返しの準備や代替乗員の手配が付かず欠航になり、後続のJX803便への振り替えや代替便の準備で対応する予定でした。しかし間の悪いことに振り替え先のJX803便も機材故障で出発が遅延し、乗務員の勤務時間を超過することからこの便も欠航。代替便も調整に失敗して成田に飛ばすことができず、最終的にJX801便と803便の乗客合計308人が制限エリア内に取り残され、寝袋で一夜を過ごす羽目になりました。

 

で、ここから凄かったのがタイトルにもある張会長の「神対応」。乗客が取り残されたことを知るや、一番早く成田に到着できるジェットスタージャパンの深夜便で7日早朝に成田空港に到着。その足で乗客のところに出向いて謝罪し、往復分のチケットの全額払い戻しと他社便も含めた帰国便の手配を約束しました。そして、航空機のパイロット資格を持つ会長自ら立ち往生していた自社機を操縦して帰るという、並の経営者ではまず聞かないであろう最強エピソードを残して台湾に帰っていきました。

 

さて、私は最初このニュースを聞いたとき「悪天候が原因の欠航なら会社責任じゃないし、わざわざ会長が出張る必要は無いんじゃない?」と思っていましたが、振り替え便も機材故障で欠航するなどスターラックス側にも落ち度は見られたこと、プレミアム路線でブランディングを行っているスターラックスにとってこの手のトラブルで顧客満足度を下げることは決して得策ではないことを考えると、今回の張会長の迅速な対応はむしろ賞賛に値するものではないかと思いました。

実際、今回の対応は日本でも台湾でも好意的に報道され、SNSでも賞賛の声が挙がるなど、結果的にスターラックス航空の企業イメージ向上に大きく寄与しました。危機管理対応の原則である「速やかな情報の共有」「迅速な対応」「顧客への誠意ある謝罪」を実践し、自社の被害を最小限に抑えた素晴らしい対応ではなかったかと思います。ここまで完璧な対応を会長自ら取れるスターラックス航空は、今回の対応で今後急成長する可能性が高い有力航空会社に育つのではないかと思えてきました。

 

 

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当ブログでもスターラックス航空はコロナ渦前に一度取り上げたことがあり、この時は期待半分、不安半分で成功の可能性は五分五分と書いていました。そして、成功のカギは他社とのブランド差別化と早期の乗り継ぎネットワークの構築、リピート客の獲得にあるとも書いています。

しかし、2020年1月23日に台北~マカオ・ペナン・ダナン線を就航させた直後ににコロナ渦で航空需要が蒸発。就航直後でこれは危ないかな・・・と思いましたが、その後もスターラックスは路線拡大の手を緩めず、その年の12月15日には発の日本路線として台北~関空線、翌16日には成田線を開設。コロナ渦で利用客も見込めないのに強気すぎるのでは?と思ったのですが、他社の運休でむしろ希望する時間帯が取れる好機と判断したようで、成田線の初便は張会長自ら操縦桿を握って就航させる力の入れようでした。

 

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更にスターラックスは2022年に福岡・札幌・那覇便を開設し、2023年4月からは仙台線も開設。4月26日には初の太平洋路線となる台北~ロサンゼルス線も開設し、今後は東南アジア~北米の乗り継ぎ需要開拓を本格化させることになると思います。

 

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それにしても就航からわずか3年、しかもコロナ渦という逆風がある中での拡大っぷりは目を見張るものがあります。張会長自身が700億もの個人資産があり、181億台湾元(約818億円)の資本金を集めるなどそれなりに潤沢な資金を確保しているとは言え、就航からしばらくはコロナ渦の影響をもろに受けてしまい、2022年第三四半期には111億元(約502億円)の累積損失を計上。それでも「台湾のエミレーツ」を目指した高品質・高サービス・高価格帯のコンセプトは崩さず、コロナ渦が収束に向かうと業績を急回復させました。今年1月の売り上げは15億2000万元と過去最高を記録し、2月の売り上げは前年同期比20倍の13億7000万元(約62億円)を計上。この急成長を好感してスターラックス株は2月14日から急上昇し、19.55元から最高50.5元に伸びるなど、台湾国内でも注目度が高まっています。

張会長自身、パイロット資格の他に整備士資格も持つなど現場感覚も持っており、現場を知っているトップの方が大成する可能性が高いのはコンチネンタル航空やJALの再建などの過去の例からも明らか。成長軌道に乗ったことで、今後スターラックス航空は本格的に拡大路線を進めるものと思われます。

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今後は先発2社であるチャイナエアラインやエバー航空との競争に加え、スターラックス航空がいつアライアンスに加盟するかが焦点となるでしょう。加入するとしたらほぼワンワールド一択になると思われますが、加入すればアジア地域で加盟会社が少ないワンワールドにとって、有力なパートナーになると思います。ただ、現段階では就航から日が浅く、路線網も十分ではないので、まずは路線拡大とブランドの世界的な浸透が優先になるでしょう。今後スターラックスがどのような成長戦略を見せ、どんな拡大を見せるのか。今後も注目していきたいと思います。

 

スペースジェットの保存先はどこになる?

三菱航空機の社名変更に試験機全機の登録抹消と、スペースジェット撤退に関するニュースが相次ぎましたが、三菱重工からアメリカで試験飛行を行なっていた4機の解体が終了したと言う、衝撃的なニュースが飛び込んで来ました。

 

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以前の記事でも試験機の去就には触れていましたが、アメリカに保管されていた機体は日本への輸送が困難だと思うので恐らく解体だろうと言う予想をしていました。しかし、まさかこれだけ早く解体されるとは思っていませんでした。少なくともアメリカの機体に関しては三菱重工も引き取り手はいないと判断し、モーゼスレイクの試験施設も閉鎖した関係で長期保管が難しいこともあって早期解体に踏み切ったものと思われます。

 

スペースジェット事業撤退の際に書いた記事はこちら↓

 

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さて、アメリカの機体が消えた事で今後気になるのは日本に残る試験機の去就。国内に現存している可能性があるのは飛行試験用の10号機に加え、地上試験用の5号機や疲労強度試験用の6号機、製造途中だった7号機と11号機ですが、このうち製造途中の7号機と11号機は廃棄された、もしくは廃棄される可能性が高いと思った方がいいでしょう。また、6号機に関しても疲労強度試験用と言う性質上、展示保存には向かないと思いますので、これも廃棄される可能性が高いと思われます。従って、展示保存される可能性があるのは5号機と10号機の2機になるのではないでしょうか?そこで今回は、スペースジェットの試験機が保存されるとしたらどこになるか、考察してみたいと思います。

 

本命・あいち航空ミュージアム

スペースジェットの実機保存が実現した場合、真っ先に候補となるのはやはりここでしょう。試験機が置かれている場所から一番近く、敷地内の移動のみで搬入可能なこと、展示機もMU-300やMU-2、MH2000ヘリコプターと三菱重工由来の機体が多いこと、博物館の構造上、展示機の入れ替えが可能な上に将来の拡充が可能な事も挙げられますが、何よりあいち航空ミュージアム自体が将来のMRJ試験機の展示を視野に入れて建設されており、将来的に試験飛行が終了した後は試験機の展示が予定されていたことが大きな理由です。

結果的にはスペースジェットは開発中止で「幻の飛行機」となってしまいましたが、そのプロジェクトの意義や中部地方の航空機産業のシンボル、ネガティブな理由になりますが過去の失敗に対する反省と教訓として、試験機を展示する意義は大いにあると思います。もし展示するとしたら、地上試験機の5号機になるでしょうか?

 

対抗・かかみがはら航空宇宙博物館

「中部地方の航空機産業のシンボル」「将来の航空宇宙産業を担う人材育成の一環」として展示するのであれば、岐阜県各務原市にある「かかみがはら航空宇宙博物館」も候補の一つです。あいち航空ミュージアムに比べればスペースジェットの縁は薄いですが、比較的小牧市に近く、機体搬入の面で有利なこと、すぐ近くに航空自衛隊岐阜基地があり、許認可面や安全面さえクリアできれば、飛行試験機の10号機を岐阜基地まで飛ばして搬入される事も可能な事がその理由です。また、国内有数の航空博物館として展示保存体制はしっかりしていますし、年間20万人規模の集客力がありますから、保存に行き詰まって解体というリスクも比較的低いでしょう。個人的な希望を言えば、あいち航空ミュージアムとかがみがはら航空宇宙博物館の両方で展示してくれれば嬉しいんですけどね・・・

 

一発逆転・航空科学博物館(成田市)

正直、機体の搬入面ではかなり不利な場所ですし、展示スペースの確保も難しい場所ですが、首都圏から近い場所での展示というのは大きな魅力です。機体丸ごとの展示は難しくても、前頭部だけの保存なら何とか行けませんかねえ・・・頭だけなら製造途中の機体や疲労強度試験機でもいいわけですし。

 

大穴・能登空港

「何で能登空港?」と思われるかも知れませんが、実は能登空港は国内でMRJの飛来実績がある数少ない空港。加えて能登空港には航空大学校のキャンパスもあり、航空大学校の教材としても活用できるというメリットがあります。ただ、他の候補が正規の博物館なのに対し、こちらは空港に置くわけですから長期保存に耐えられるか、そもそも輸送をどうするかという問題もありますが・・・

 

 

以上、駆け足ながらスペースジェットの保存先候補を考察してみました。ただ、三菱重工は小牧の機体の去就については「検討中」としており、解体の可能性があるのが心配なところ。願わくば、1機でも多く博物館などに保存され、少しでも国産ジェット旅客機に触れる機会を作って欲しいですね。三菱重工の英断に期待します。