今年3月、元JR東海の211系が三岐鉄道に回送され、大きな話題となりました。その後、大手メディアを含めた各種メディアが報じ、三岐鉄道の担当者が取材に応じたことで、この211系が三岐鉄道の車両置換え用なのが確定。今後車両整備の上、既存車両(元西武車)を順次置換えていくことになりそうです。
さて、これまで地方私鉄の車両置き換えというと、大手私鉄やJRなどからの中古車両を購入と言うのが一般的でした。地方私鉄は線路規格や車両限界、カーブなどの関係から18m級車両が好まれる傾向にあり、東急や京王、東京メトロなどを中心に18m級の中古車が地方私鉄に譲渡されて第二の人生を歩んできました。近年でも東京メトロ日比谷線で使用されていた03系が長野電鉄、上毛電鉄、北陸鉄道、熊本電鉄の4社に譲渡されています。
ところが、近年では地方私鉄でも新車導入に踏み切るケースが増えてきました。2023年12月に伊予鉄道が、次いで2024年3月には高松琴平電気鉄道が新車導入を表明。近年、地方私鉄が新車を導入した事例は一畑電鉄や静岡鉄道の例などがありますが、ここに来て新車購入に舵を切った鉄道会社が増えてきた印象です。
地方私鉄が新車導入に踏み切るのには、複数の理由があります。
1.18m級の中古車の枯渇
2.環境性能やバリアフリー、電気代削減などへの対応
3.地方私鉄の車両購入に関わる補助金の充実
1に関しては何となく想像が付くと思います。先に東京メトロ03系の譲渡が相次いでいると書きましたが、この車両は18m級車両の「最後の出物」かつての中古車供給元だった東急や京王では既に20m級車両に置き換わっており、数少ない18m級車両の宝庫だった東京メトロ日比谷線直通用車両も、日比谷線の20m車置き換えで今後は新たな供給が見込めません。関西私鉄や名古屋鉄道、京急や京成では未だに18m級車両が主力ですが、これらの車両は標準軌車両だったり運用年数が長かったりと、導入へのハードルが高く、新たな供給先には今後もなり得ないと思われます。
ことでんが新型車両導入に踏み切ったのも正にこれが理由であり、中古車両の価格が高騰し、新規調達が困難になった事が新車導入の決定打になったそうです。
2に関しては伊予鉄道が新車導入の理由として明言しています。新型車両は従来車に比べて電気代が50%削減され、LED照明や回生ブレーキなど、環境に優しい仕様となります。新造時のコストこそかかれども、環境性能が良い新型車両を思い切って導入した方が、長い目で見れば環境面や運行コストの面で有利、という経営判断になったようです。
3に関しては従来からの国土交通省の近代化補助に加え、環境省が鉄道の省エネ化や脱炭素化に向けた補助金制度を設けています。また、地方自治体でも鉄道存続の為に車両購入や設備近代化などで支援をするなど、以前に比べると地方鉄道の維持・再構築のための支援制度は拡充してきています。伊予鉄やことでんが新車導入に踏み切れたのも、これらの補助制度を活用できたためであり、鉄道会社単独では数億から数十億単位となる新車購入は難しかったでしょう。
今後、18m級車両でないと置き換えが難しい地方私鉄は、新車導入の動きが広まるのではないかと思われます。現在、車両更新が必要な私鉄は03系や東急1000系、東武20000系などで置き換えを進めていますが、今後手頃な18m級車両が出にくくなることを考えると、新車での置換えに舵を切る会社が増えるのではないでしょうか?
実際、一畑電車も島根県などの補助を受けて新車での追加導入を進めていますし、最終的には03系での一部置き換えを決めた上毛電鉄も一時は新車購入に傾いた時期もありました。静岡鉄道のA3000系で導入例がある、総合車両製作所の「sustina」は車両プラットフォームの共通化によるコスト低減に加え、地方私鉄への導入も意識してか18m車両仕様も用意されており、地方私鉄が新車を入れる土壌は実は整いつつあるのです。
では、地方私鉄での中古車導入は、今後無くなるのでしょうか?確かに18m級車両に限って言えば今後は出物は少なくなりますが、一方でJRや関東私鉄で主流となる20m級車両の方は、今後もまとまった出物が出続けると考えられます。三岐鉄道の211系の例があるように、20m級車両でも問題ない地方私鉄は今後も中古車は有力な選択肢になり続けるのではないでしょうか?
その際、中古車の供給先として有力なのがJR東海です。JR各社の中でも東海は比較的置き換えのペースが速く、実は地方私鉄への譲渡例が複数あります。今回の三岐鉄道以外にも京都丹後鉄道へのキハ85系、えちぜん鉄道への119系、ひたちなか海浜鉄道へのキハ11系、富士急行への373系の譲渡例があり、今後も211系や213系の置き換えが控えていますので、JR東海車両が地方私鉄に譲渡される事例は今後も発生する可能性があると思われます。
また、元々地方私鉄への車両譲渡に積極的だった東急電鉄も、20m級車両に関しては今後もまとまった数の廃車が発生すると思われますし、秩父鉄道や富山地鉄、長野電鉄など20m級車両の譲渡例は過去にもありますから、今後も譲渡例はあるのではないでしょうか?
今後は20m級でも構わない地方私鉄は中古車両、18m級が必須の地方私鉄は新車購入が主流になるのではと思います。ただ、20m級OKな鉄道会社でも、補助金などの支援制度があれば新車導入に踏み切るケースが出るでしょうし、逆に18m級必須な地方私鉄でも、新車購入できる程の体力が無い会社はどうにかして中古車を買おうと躍起になるかも知れません。しかし、18m級車両のタマ数が限られる現状では車両確保は容易ではなく、最悪の場合、置換えに適した車両が確保できず、路線ごと廃止・・・というケースも出てくるかも知れません。
現状、車両置き換えが必要に思われるのは青森の弘南鉄道、滋賀の近江鉄道、石川の北陸鉄道石川線などですが、いずれも公的支援が決まったり、存続に向けた話し合いが持たれた路線。特に弘南鉄道の大鰐線や北陸鉄道石川線は、鉄道廃止が議論された過去もあるだけに、車両更新も存廃論議の結果待ちという感じがありました。石川線の方は鉄道での存続が決まったので、今後車両更新の議論が進むと思われますが、大鰐線は2024年度までに経営改善が見られない場合、支援の打ち切りも示唆されていますので、予断を許さない状況です。
一方で最近では西武鉄道が支線用車両の置換え用に、東急電鉄と小田急電鉄から中古車両を合計100両導入すると発表しました。大手私鉄が他の大手私鉄から中古車両を購入すること自体、異例なことで世間の話題を集めましたが、以前に比べると中古車両購入に対するハードルが下がっていることの表れでしょう。地方私鉄が大手私鉄の中古車を買う、という事例は今後減っていくことが予想されますが、一方で中古車両自体には新たな動きもあり、鉄道ファン的には今後も「引退車両の第二の人生」に一喜一憂する日々が続きそうです。