〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

エア・インディアの「飛行機爆買い」を可能にした「タタ・グループ」のヤバさ

2月15日、インドのフラッグキャリアのエア・インディアはボーイングとエアバス双方から合計470機、契約総額約800億ドル(日本円で約10兆6000億円)の航空機購入契約を結ぶと発表しました。航空機大量まとめ買いと言えば中東御三家のエミレーツ航空やカタール航空を思い出しますが、今回のエア・インディアの発注はそれらを上回り、2011年のアメリカン航空の460機発注を上回る民間航空機市場最大規模となる巨大発注です。

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発注数の内訳は、ボーイングが777-9型10機、787型20機、737MAX190機の合計220機。一方のエアバスはA350型40機とA320/321neo210機の合計250機となります。これらの飛行機は2023年後半以降から順次納入され、エア・インディア及びグループLCCのエアインディア・エクスプレスで使用される予定です。

エアインディアやグループ会社の使用機の中には今回納入される機種と同じ787やA320neoが約100機ほどありますので、今回の発注計画通りに行けば現行機材の一部+今回の発注機で570機程度の巨大フリートになる可能性があります。少し前のデータになりますが、この規模は中国東方航空や南方航空に匹敵するものであり、20位圏外だったエアインディアは一気に上位10位内の巨大航空会社にのし上がることになります。

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しかし、エアインディアと言えば国営航空会社故の官僚的で非効率な経営で慢性的な赤字体質であり、定時到着率やサービスの悪さで顧客の評判も決して良くありませんでした。スターアライアンス加盟にしても、2007年に一旦加盟に合意したものの、その後2011年に「加盟条件を満たしていない」として加盟が見送られ、最終的に加盟が認められたのは2014年になってから、という経緯があります。

2020年には累積損失は80億ドル(約8700億円)に達し、給与支払いや燃料費購入にも事欠くほどの破綻の危機に追い込まれていたくらいで、インド政府はエアインディアの売却を決定し、2022年にインド最大の財閥であるタタ・グループに買収された経緯があります。はっきり言って少し前までのエアインディアは「ダメ会社」であり、とてもじゃないけど10兆円規模の大量発注なんてできるわけがありません。

そんなダメ会社がなぜ急に大規模発注できたのか?それはエアインディアを買収したタタ・グループの資金力があったからであり、エア・インディアを中東の雄であるエミレーツ航空やカタール航空に並ぶ巨大航空会社に育てるというタタ・グループの野心があったからに他なりません。

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それでは、タタ・グループとは一体どんな財閥なのでしょうか?日本ではあまりなじみのない名前ですが、インドではビルラ財閥、リライアンス財閥と並ぶインド3大財閥の一角であり、単一財閥としてはインド最大です(他の2財閥は相続問題の関係上、複数のグループに分かれています)

タタグループの技術コンサルタント会社日本法人のHPや、タタグループの公式サイト、タタ財閥について言及したサイトなどから調べてみましたが、タタ・グループは1868年にジャムセジ・タタによって設立された綿貿易会社が発祥であり、インド植民地時代はイギリス・インド・中国の「三角貿易」で成功し、その利益を元に製造業などの様々な事業を興したようです。

インド独立後は政府の政策や干渉で伸び悩みましたが、1991年からのインドの経済改革による規制緩和に加え、同じ年に5代目のグループ総帥となったラタン・タタによって規模拡大と世界展開が進められ、積極的な買収を行いました。主要企業のタタ・スチールやタタ・モーターズも他国企業の買収によってグローバル化・巨大化しています。

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2021-22年のタタグループの収益は1289億ドル(約17.4兆円)。流石に日本最大のトヨタ自動車(約31兆円)には及びませんが、2位の本田技研工業(約14兆円)は上回ります。また、グループ全体の従業員数は約93万5000人。日本最大の連結従業員数を誇るトヨタ自動車(約37.7万人)と2位の日立製作所(約35万人)を足してもまだ敵いません。

グループ企業は持ち株会社の「タタ・サンズ」を中心に100社以上で構成され、そのうち株式上場している30社が主要企業です。IT企業のタタ・コンサルジーサービス(TCS)が最大の稼ぎ頭でインド株式市場の時価総額第一位。この他に世界第5位の鉄鋼メーカーのタタ・スチールに、ジャガーやランドローバーなどのブランドを持つタタ・モータース、インド第1位の電力会社であるタタ・パワーに総合化学メーカーのタタ・ケミカルズなど、グループ会社はインドを代表する企業ばかりです。

また、タタ・サンズの株式の過半をタタ一族の慈善事業団体が保有し、株式の配当益を慈善事業の原資に充てるなど、企業の社会的責任(CSR)にいち早く取り組んでいるのも特徴の一つ。財閥というと一族で利益を独占しているイメージが強いですが、タタグループの場合は慈善事業に加え従業員の福利厚生や教育による人材育成にも積極的。こういった社会に利益を還元する姿勢を持っているからこそ、現在でも長く続いているのかも知れません。

 

さて、エアインディアの話に戻りますが、実はタタ・グループにとってはエアインディアの買収は「かつてのグループ企業を取り戻した」形になります。エア・インディア自体はタタ・グループが1932年に設立し、インド最大の航空会社に育て上げましたが、インド独立後に国有化され、タタ・グループを離れた経緯があります。その後のインドの経済成長に伴いタタ・グループは航空事業の再参入をもくろみ、2014年にシンガポール航空との合弁でビスタラを設立しますが、あまりうまくいっていると言えませんでした。と言うよりインドでは航空会社が雨後の竹の子のように次々と設立されましたが、キングフィッシャー航空やジェットエアウェイズのようにそれなりの規模の会社さえ破綻する程経営が厳しく、最大手のインディゴ以外は全部赤字という有様でした。

 

エア・インディアの買収は曲がりなりにも世界中に国際線ネットワークを持つ会社を手に入れることで、グループの航空事業を一気にグローバルにするというもくろみが合ったと思います。タタ・グループの歴史は買収の歴史と言っても過言ではなく、鉄鋼や自動車は買収でグローバル企業にのし上がったようなもの。タタはエアインディア以外にもエアアジア・インディアなども買収しており、これらの会社とビスタラを統合して一気にインド最大の航空会社に仕立て上げ、更にエミレーツやカタール航空を上回る巨大航空会社に仕立て上げるシナリオを描いているのでしょう。

 

タタ・グループにとって強みなのは世界最大級の人口を抱えるインドを地盤にしていることと、インドが地理的にアジア・オセアニア~ヨーロッパ・アフリカ間の乗り継ぎに適していること。ハブ空港にしても首都のニューデリーに加え、ムンバイ、ベンガルール、チェンナイ、コルカタ、ハイデラバードといくつも候補がありますので、この点でもハブ空港が一つのエミレーツやカタール航空よりも優位になりますので、潜在能力は高いと言えます。

ただし、エア・インディアは長年の放漫経営と低サービスで財務的にも人員的にもかなり痛んでおり、これを再生するには並の経営者では不可能です。また、企業文化の違うであろうビスタラや、全く違うコンセプトのエアアジア・インディアとの統合がうまくいくか、と言う問題もあります。これらの問題を克服しない限り、タタ・グループの航空事業は空中分解しかねませんし、財務体質を改善しないとグループのお荷物になる可能性さえ考えられます。そういう意味では今回の大量発注はエアインディア、と言うかタタ・グループには大きな賭けになりますが、この賭けがうまくいけばエアインディアは大きく化ける可能性があります。個人的にはこの賭けがうまくいって、ダメ会社エア・インディアが世界的なメガキャリアに変貌する姿を見てみたいですね。