2023年3月までに予定されている北陸新幹線の金沢~敦賀間延伸開業ですが、その際、現在の北陸本線の特急は新幹線開業と平行在来線の第三セクター化に伴って敦賀止まりとなり、北陸新幹線との乗り継ぎが図られる事が予想されています。
これに対して福井県内の一部では、開業後も特急を福井まで運転するようJRに求める動きがあり、昨年12月には「特急『しらさぎ』号の存続を求める会」が発足して1月から10万人を目標に署名活動を行っています。「しらさぎ」に絞ったのは米原駅で東海道新幹線に接続することで東西の移動の利便性が確保できること、将来のリニア延伸の際、北陸方面からの旅客流動を取り込むために直通の特急が必要という観点からのようです。
福井までの存続対象を「しらさぎ」に絞ったことや、リニアも絡めて有用性をアピールするのは面白いなと思います。しかし、かつて金沢開業の際に富山~金沢間の特急全列車廃止を経験した富山県民の私から見れば、正直言って無理なのではないかと思います。それどころか、敦賀~名古屋間の「しらさぎ」存続すら厳しいのではないかとさえ思っています。今回は「しらさぎ」を初めとした北陸線特急の敦賀以北の存続が難しい理由について考察したいと思います。
理由1.「しらさぎ」の存在意義とJR側の意向
「しらさぎ」は現在の運転区間は金沢〜米原・名古屋間。北陸新幹線開業前は富山や和倉温泉にも乗り入れていました。
1964年に「しらさぎ」が設定された際は北陸〜中京地区を結ぶ特急と言う位置付けですが、米原駅で東海道新幹線に接続し、東京へ向かう新幹線接続特急の性格も持っていました。1975年に金沢〜米原間の「加越」が新設され、しらさぎと合わせて12往復に増発されてからは接続特急の側面が強くなり、首都圏〜北陸の最短ルートとして発展します。
1982年に上越新幹線が開業した後は富山県や金沢市はそちらがメインルートとなりますが、石川県南部や福井県は依然として米原廻りが主流でしたし、北陸新幹線金沢開業後も福井以南は相変わらず米原廻りが最短ルートです。
一方の「しらさぎ」の当初の目的だった北陸〜中京地区の輸送ですが、東海北陸道全線開通で少なくとも富山県内はマイカーや高速バスにシフトし、北陸新幹線開業後は金沢での乗り換えが必要になった事で更に不利になりました。金沢や福井からも名古屋行きの高速バスが設定されており、「しらさぎ」は今でも優位に立っているとは言えない状況です。
この状態で敦賀開業を迎えたらどうなるか。まず対首都圏への利用客はほぼ新幹線にシフトします。敦賀だけは開業後も米原周りの方が時間的に優位ですが、それでも東京直通列車が設定されればそちらに移るでしょうし、JR西日本的にも米原で他社の新幹線に乗り換えられるよりは北陸新幹線を使ってもらった方が収入面ではプラスなので、しらさぎは積極的には残したくないのではないでしょうか。
また、北陸〜中京圏にしても石川県や富山県にすれば敦賀止まりだろうが福井止まりだろうが乗り換えが必要な事に変わりはなく、さらに米原で新幹線に乗り換えて名古屋に行った方が速いので実質的に2回の乗り換えをしないと時間的な優位性は確保できません。北陸新幹線の区間が伸びる分、料金も上がることが予想されますので今以上に高速バスに利用客が流れるのではないでしょうか。
理由2.JR東海と西日本の会社間調整
「しらさぎ」の立場を更に複雑にしているのがJR東海の存在。使用車両がJR西日本の681/683系なので全区間JR西日本を走行すると思われがちですが、実際は米原〜名古屋間はJR東海の管轄なので2社にまたがる運行です。今はJR西日本側の走行距離が長く、需要面でも北陸側の利用が多いので、全車両がJR西日本所属でも何の疑問も持たれていません。
しかし、敦賀開業後はむしろJR東海側の走行距離が多くなり、前述の通り「しらさぎ」の存在意義の一つであった新幹線連絡輸送がなくなると、JR西日本は需要も少ないのに他社区間の方が長い特急に今まで通り自前の車両だけで賄う事に疑問を感じるかも知れません。
一方のJR東海にしても、自前の車両を用意してまで「しらさぎ」を残すメリットは薄いと思います。対北陸への旅客流動は名古屋〜米原間は東海道新幹線を使ってもらった方が効率的ですし、自社区間内のみの特急利用もそう多いとも思えません。需要が激減する上に乗り入れ調整が必要な特急を積極的に残す理由がJR東海、西日本ともなく、敦賀開業を機に「名古屋乗り入れ辞めて米原止まりで・・・」となる可能性は十分あり得ると思います。
理由3.平行在来線の貨物使用料問題
新幹線開業で北陸線の特急利用が不便になる事例は福井が初めてではありません。金沢開業の際、富山〜金沢間の特急廃止が発表された時も富山県では激しい反発があり、一時は移管後の三セクで特急を走らせられるか検討されましたが、特急を走らせたらその分貨物列車の線路使用料が減り、三セク会社の経営にマイナスである事が判明し、断念した経緯があります。
民営化後、貨物列車に関してはJR貨物が旅客各社の線路を借りて運行する形式になりましたが、線路使用料はJR貨物の厳しい経営を考慮して貨物列車を走らせた場合の経費増加分のみの負担(アボイダブルコスト)となり、実際よりも安く抑えられました。
しかし整備新幹線開業で並行在来線の三セク化が現実のものとなると、JR貨物以上に経営の厳しい三セク会社が今の線路使用料で貨物列車を走らせる程の施設を維持できず、経営に悪影響を与えるという問題が発生します。そこで実際に維持に必要な線路使用料とアボイダブルコスト分の差額を調整金として鉄道・運輸機構からJR貨物に支払われる事になります。
ところがこの調整金は旅客車両と貨物車両の線路の使用率で金額が決められる為、特急が増えればその分貨物の線路使用料が目減りする事になります。福井県の試算でも現行の特急が全て福井駅まで乗り入れた場合、7億円の減収になるとされています。福井県が特急存続運動を「しらさぎ」に絞ったのも線路使用料の問題が背景にあると思います。
理由4.平行在来線運行会社の負担増
仮に線路使用料の目減りを覚悟したとしても、「しらさぎ」の福井存続にはなお高いハードルがあります。敦賀〜福井間の特急運行を誰が行うか、と言う問題です。
先の記事では並行在来線区間の特急運行はJR西日本に委託するとしているようですが、自社の新幹線と競合する特急の運転委託や車両の乗り入れを果たしてJR西日本がすんなり受け入れるでしょうか?富山〜金沢間の例を考えても、恐らくJR西日本は首を縦に振らないでしょう。
そうなると三セク会社が自力で運行し、車両も調達する必要がありますが、会社の体制作りやJRからの運行引き継ぎで手一杯になるであろう三セク会社が特急運行もやる余力はないのではないでしょうか。更に乗り入れ先との調整も三セク会社が行う事になり、「しらさぎ」の場合はJR西日本に加えJR東海との調整も必要になります。果たして、それだけの交渉をするだけの体制を三セク会社が整えられるでしょうか。
まとめ
以上の事から「しらさぎ」の福井乗り入れ継続は難しいと言わざるを得ません。乗り入れ先の会社との調整や利害関係、三セク会社の負担を考えると特急存続が却って重荷になる可能性の方が高いと思われます。国鉄再建の際、特定地方交通線存続のために各地で繰り広げられた署名活動や乗車運動が一時的な延命には繋がっても結局は廃線か三セク化の道を辿ったように、陳情や署名活動程度では「しらさぎ」存続は無理でしょう。
とは言え、何もしなければ新幹線開業後の「しらさぎ」は良くて敦賀〜名古屋間に短縮、下手したら敦賀〜米原のリレー列車になるか、最悪の場合列車自体が廃止になる可能性すらあります。本気で「しらさぎ」を残したいのであれば、福井県は存続と引き換えに三セク会社への一定の財政支援や、JR西日本や東海に対し利用促進の支援や補償を行う覚悟が必要でしょう。「しらさぎ」の福井乗り入れ存続はある意味、福井県の調整能力が問われているのかも知れません。
↓整備新幹線の歴史や現状、整備スキームなどを分かりやすくまとめている本です。勉強になりますので是非。