毎年恒例の3月のJRダイヤ改正が迫る中、JR各社が新幹線や特急電車での車内販売終了、または縮小するとの発表が相次いでいます。JR北海道は売り上げ不振と人員不足を理由に「スーパー北斗」や北海道新幹線での車内販売を終了すると発表。またJR九州も九州新幹線で、JR四国も特急列車の大半で車内販売を終了します。そしてJR東日本も東北新幹線の「やまびこ」と「こまち」の盛岡~秋田間、「踊り子」「草津」と東武直通特急の全系統、「いなほ」の酒田~秋田間で車内販売を終了すると発表。さらに東北・上越新幹線系統と「あずさ」「ひたち」などの主要特急列車で弁当類やお土産、「シンカンセンスゴクカタイアイス」などのデザート類の販売を取りやめます。ちなみに、今回のダイヤ改正では北陸新幹線の「かがやき」「はくたか」だけは従来通りの車内販売が継続されます。
車内販売縮小の動きは何も今に始まった事ではなく、2015年3月までにJR東海、西日本の在来線特急は車内販売を終了、新幹線でも「こだま」や「なすの」といった各停タイプの列車に関しては既に車内販売は過去のものとなっています。かつて車内販売と言えば長距離列車の楽しみの一つであり、貴重な食料や飲料調達の手段でしたが、近年では主要駅の再開発でいわゆる「駅ナカ」店舗が充実したり、鉄道会社とコンビニの提携で駅構内やホームにコンビニの店舗が出店し、乗車前の食糧調達が容易になったことで、販売品目が制限される車内販売の売上は下がる一方でした。加えて新幹線網の発達などでトータルの乗車時間が減った結果、長時間乗車で車内販売に依存することもなくなってきたと言えます。
実際、JR北海道では車内販売の売上がピーク時の4分の1まで落ち込んでおり、販売員の人件費が余計にかかる車内販売を維持するのが難しくなるのは無理もない事だと思います。加えてここ最近では少子高齢化などによる人手不足で新たな人材の確保が難しくなってきており、JR各社にとっては収益面でも人員面でも無理に車内販売を続ける必要性は薄れてきていると言えます。残念な事ではありますが、この流れは今後も続く事でしょう。
一方で空の上ではむしろ「機内販売」は充実して来ています。ANAやJALなどの大手では機内販売は普通に行われていますし、特にANAはアルコール類の販売はもちろん、最近ではお菓子や軽食の販売も行っています。
更に機内販売に力を入れているのがピーチやジェットスターなどのLCC。例えばピーチはピーチデニッシュやカレーパンなどのオリジナル商品や、カップラーメンにたこ焼きやお好み焼きなど他の航空会社や新幹線では絶対避けられるようなものまでお構いなしに販売しています。ジェットスターはピーチ程ではないもののカップラーメンは普通に販売してますし、オリジナルグッズの品ぞろえも充実するなど、LCCにとって機内販売は重要な「収益源」になっているようです。
同じ交通機関の中での物販なのに、なぜ空と陸でここまで対照的な傾向になっているのでしょうか。その秘密は「人件費」と「特別感」にあるのではないかと思います。
「人件費」については何となくわかる方も多いと思いますが、鉄道の車内販売員さんは一部改札や案内業務を行うケースもありますが、基本的には「車内販売の為だけに雇われた人」。販売員はJRの社員という訳ではなく、JRから委託された関連会社や別の販売会社の社員ですし、販売員の人件費は車内販売の売上から賄われます。当然、採算が取れなければJRも車内販売を続けるわけには行きませんし、委託先の会社の方も赤字で事業をやるわけには行かないから「撤退」の二文字がちらついてしまう訳です。もっと言えば、採算の取れない車内販売に固執するよりは、車内販売をなくした分駅ナカで買い物してもらった方がJRにとっては収益面でプラスでしょうしね。
一方の飛行機の場合、航空法などで最低でも非常扉の数だけ客室内に保安要員を配置しなければならない、とされています。国内線の場合、目安としては50人ごとに1名の客室乗務員を置かなくてはなりません。飛行機のCAと言うとドリンクサービスや機内販売などのイメージが強いですが、本来の仕事は緊急脱出の際などの「保安要員」であり、絶対に配置しなければならない人員。今後も無くなる事はないと言えます。
つまり機内販売をしようがしまいが、フライトにかかる人件費は同じであり(機内販売の売上に応じたインセンティブはあるかも知れませんが)、機内販売の売上はそのまま航空会社の収益に直結します。特に基本料金が安く、長距離路線でも機内食のサービスがないLCCは機内販売は重要な収益源の一つであり、さらに長時間停車でホームの売店で調達のチャンスがある鉄道と違い、飛行機はフライト中は外に出られませんから、唯一の食糧調達方法である機内販売に力を入れるのも当然と言えます。
もう一つの「特別感」ですが、これは航空機の客層と空間による部分と、航空会社の自助努力による部分の2つの要因があります。
飛行機の機内販売のカタログを見ていると、やたら高い財布や化粧品、時計などを売っている事に気がつきませんか?これは航空機が富裕層の乗り物だった時代の名残とも言えますが、今もラインナップにあると言う事はそれなりに売れていると言う事。飛行時間の短い国内線では品物も絞られますが、それでも新幹線に比べると「特別感」はまだ強いのと、ANAやJALの客層はそれなりに良いので、高額商品に対する購買欲は高い方です。
さらに飛行機の場合、専用のカタログで商品を紹介し、CAさんに注文すれば直接持って来てくれる、ANAやJAL便の場合、自社クレジットカードで支払えば10%引きになる上にマイルも溜まる、商品のラインナップも機内限定商品やコラボ商品が多いなど、「特別感」や「お得感」「希少性」を演出する仕掛けがあるのも特徴です。
ただ、この売り方も客室乗務員の多い飛行機だから可能な方法であり、新幹線で同じ事をやろうとしても、一列車に1人か2人しかいない車内販売の係員では対応しきれずにパンクしてかえってクレームの素になるのは明らかです。コラボ商品に関してはJRでもその気になれば展開可能ですが、それを新幹線の車内で買う人がいるか、飛行機並みの「演出」ができるかと言われると恐らく難しいと思います。それなら乗る前と降りた後でゆっくり駅ナカで買い物してもらった方が合理的で売り上げも見込めますからね。
とは言え、列車の車内販売が完全に消えるかと言うと、そうとも言えないと思います。例えば小田急の「ロマンスカー」のように観光のウエイトが大きい列車では車内販売は好調ですし、限定弁当やお土産などの「演出」をする余地があります。また、利用者の絶対数が多い東海道新幹線の「のぞみ」などは今後もサービスの一環として車内販売は続けられるでしょうし、JR東日本のグリーン車のように、品物は少ないですが新たに車内販売が実施された例もあります。要は車内販売を残すだけの強い理由があるか否かで今後の存廃が決まってくるのではないでしょうか。
かつて優等列車では当たり前だった食堂車が利用の低迷や不採算、人材不足で消えて行ったのと同様、いずれ車内販売も一部の列車を除いて消えていくか、残るにしても実施列車や商品の絞り込みは行われると思います。鉄道会社も営利企業である以上、採算も取れず、必要性も薄い事業を続ける訳にも行きませんから、今回の車内販売縮小は必然であったのではないでしょうか。残念ではありますが、これも時代の流れなのかなと思います。