〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

アジアの航空会社(特にLCC)が「以遠権」を使って日本路線を飛ばすワケ

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1月3日、シンガポール航空はシンガポール発東京経由ニューヨーク線の開設準備に入ったと報道されました。開設時期や乗り入れ空港は未定ですが、羽田は発着枠や航空交渉の問題があるので少なくとも東京の乗り入れ場所は成田になるのではないかと思います。もしこの路線が実現すれば、シンガポール航空の日本発アメリカ路線は2路線となり、日本やアメリカの航空会社との競争が激化しそうです。

www.aviationwire.jp

 

普通なら第三国の航空会社が航空路線を飛ばすことは認められていませんが、例外として「以遠権」を行使して事実上第三国の路線に参入することが可能です。

以遠権とは途中経由地から最終目的地までのみの営業権(航空券の販売)を認める権利のことです。昔は航空機の航続距離が短く、給油のために途中の空港に着陸する必要がありましたが、そうなると途中の空港の着陸料が余計にかかり、運航やハンドリング業務にかかわる拠点や人材を準備する必要があります。通常は出発地から最終目的地か途中経由地のみの区間の航空券販売しか認められませんが、もし途中経由地から最終目的地までの区間の販売も認められれば営業的にはかなり助かります。このため、戦後すぐの時期から航空交渉では「以遠権」をどこまで認めるかで国同士が政治的な駆け引きを行いました。

 

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日本では特にアメリカとの間で結ばれた航空協定をめぐる駆け引きが有名です。1952年に最初の航空協定が結ばれましたが、当初はアメリカ側にはアジアへの無制限の以遠権が認められたのに対し、日本側は乗り入れ空港も以遠権も制限されていました。乗り入れ会社に関してもアメリカ側はパンナム、ノースウエスト、フライングタイガー(貨物機)の3社が乗り入れを認められたのに対し、日本側は日本航空一社のみでした。

日本側にとっては不平等な条件でしたが、アメリカ側はこの「以遠権」を大いに利用して東京にアジア太平洋地域の拠点を置きます。パンナムは羽田空港(のちに成田)を拠点に中華民国や香港、東南アジア全域やグアムへの路線を1950年代~60年代にかけて開拓します。成田時代にはボーイング727を常駐させて乗継便を飛ばしたほか、数百人の従業員を雇用して自前の機内食工場を構えるなどアジアの一大拠点として機能させます。同様のハブはロンドンやフランクフルトにも置かれ、ヨーロッパ全域に乗継便を運航しました。これらの以遠権をフルに活用した海外ハブ空港のおかげで、パンナムは世界中に巨大な路線網を築くことができたのです。

同様にノースウエスト航空も成田にハブ空港を構え、整備部門や機内食工場、客室乗務員の拠点や運航管理部門まで置かれるなど、本国外の拠点としては巨大なものでした。パンナムが太平洋線をユナイテッド航空に売却した後も「成田の盟主」として君臨し、21世紀にはいるとかつてのパンナム同様、アジアの乗継路線用にA320やB757を常駐させています。これらの体制はノースウエストがデルタと合併した後もしばらくは維持されました。

 

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 しかし、そんな成田からの以遠権も航空機の性能向上による直行便化や、航空アライアンスによる共同運航、仁川や香港などアジアの他のハブ空港の台頭による成田の地位低下などでその必要性は薄れていきます。今年4月からの羽田空港の発着枠増加に伴い、デルタ航空が成田からの撤退と羽田への集約、以遠権路線の完全廃止を発表したのは記憶に新しいところです。3月31日のデルタの成田~マニラ線の廃止により、アメリカの航空会社の以遠権路線は完全に姿を消すことになります。

 

www.meihokuriku-alps.com

 

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では以遠権路線は日本からは完全になくなるのでしょうか?確かにフルサービスキャリアでは絶滅寸前ですし、日本の会社もアメリカの会社も以遠権フライトは消滅する方向ですが、完全になくなったわけではありません。例えば香港のキャセイパシフィック航空は成田発2往復と関空・中部発各1往復が台北経由となっていますし、大韓航空もソウル~ホノルル線のうち1往復を成田経由で運航しています。このほかにもエティハド航空のアブダビ~北京~中部線や、エチオピア航空のアディスアベバ~ソウル~成田線など、少ないながらも以遠権フライトを続けている会社は存在しますので、以遠権路線自体がなくなることはないと思います。

 

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 しかし、近年ではLCCの「以遠権フライト」が徐々にではありますが増えてきています。例えばシンガポール航空系列の「スクート」成田~シンガポール線を週19往復していますが、そのうち午前発の1往復がバンコク・ドンムアン経由、残りが台北経由と直行便は一便もありません。また、2017年にはエアアジアXとスクートが関空~ホノルル線を就航させて話題となりましたが(スクートはその後撤退)、これも厳密にはエアアジアXがクアラルンプール~関空線、スクートがシンガポール~バンコク~関空線の延長及び以遠権フライトです。

このほかティーウェイ航空が大邱~関空~グアム線を、スクートがシンガポール~台北~札幌線やシンガポール~高雄~関空線を、ジェットスターアジアがシンガポール~台北~関空線とシンガポール~マニラ~関空線を運航するなど、地味にLCCの「以遠権路線」は増加傾向にあるのです。

 

では、なぜアジアの航空会社やLCCは「日本経由の以遠権フライト」を設定するのでしょうか?大きく分けて3つの理由があると思います。

 

1.単純に飛べる機材がない

飛行機の性能が向上した現在ではこの理由はあまりなさそうに思えますが、保有機が737やA320といった短通路機しかないLCCでは事情は異なります。航続距離が伸びたとはいえ、これらの機種の航続距離はせいぜい5000km台と、日本~東南アジアを直行で飛ぶにはぎりぎりです。それにLCCの機材は短距離での運用を前提にしており、シートピッチも限界ギリギリまで詰めていますので、乗客が耐えられるのはせいぜい3~4時間程度。飛行機の性能的にも快適性の面でも、無理に直行便で飛ばすよりは途中で給油して飛ばしたほうがベターであり、それなら以遠権で途中までの客も乗せてしまえ、となるわけです。

2.経由便にしたほうが営業的にプラス

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例えばスクートの成田~シンガポール線は需要的にも十分ですし、保有機の787はシンガポールまで難なく飛べる性能があるはずですが、あえてバンコクや台北を経由しています。これは途中の需要も拾うことで搭乗率を上げる意味があり、今のところ成田~シンガポールで競合するLCCは存在しないため、あえて直行便にする理由がないものと考えられます。スクートはシンガポール航空系列ですから、直行便でシンガポールに行きたいなら親会社を使ってもらったほうが良いですからね。経由便にしているのは親会社との棲み分けという理由もあるのではないでしょうか?

 

3.最初から日本市場狙い

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エアアジアXのクアラルンプール~関西~ホノルル線なんかはもろ「日本市場狙いの路線」と言えるのではないでしょうか。というのもホノルルからの国際線は日本や韓国などの東アジア路線やオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニア路線が大半で、東南アジアへの路線はエアアジアXが就航する前はフィリピン航空のマニラ線が唯一の例。過去にはガルーダ・インドネシア航空がジャカルタ~ホノルル~ロサンゼルス線を飛ばしていたことがありましたが、ホノルルは単なる経由地でしかなく、アジア通貨危機で経営が悪化するとロサンゼルス線の廃止と同時に撤退してしまいました。

これらの経緯からもアメリカの植民地であったフィリピンを除けば、歴史的なつながりも薄くリゾート需要も見込めない東南アジア~ハワイ間の航空需要はほとんどないと思いますので、エアアジアXのホノルル線は明らかに日本~ハワイ間の需要狙いの路線であり、「以遠権」にかこつけて就航したといえます。今はまだホノルルまでですが、いずれエアアジアやスクート辺りは以遠権を行使したアメリカ本土路線を狙ってくるのではないかと思います。ピーチのバニラ統合も、JALのZIPAIR設立も、背景にあるのは東南アジアのLCCの「以遠権フライトによる日本発長距離路線参入」に危機感を持ってのことであり、今後このようなパターンの以遠権フライトはむしろ増えていくのではないかと思います。

 

以上、日本にかかわる「以遠権フライト」についてご紹介してきました。かつて以遠権を十二分に行使して恩恵を受けてきたアメリカの航空会社が以遠権フライトをなくす今の状況を見ていると日本市場の地位が低下しているように見受けられますが、アジアの航空会社から見れば1億人以上の人口があり、インバウンド需要が伸びている日本市場は「まだまだ美味しい市場」です。今後もシンガポール航空グループやエアアジアを中心に「以遠権フライト」で日本市場を狙ってくるでしょうし、JALやANAも参加のLCCを駆使してこれに対抗していくのではないかと思います。また、日韓路線の壊滅で窮地に立たされている韓国系のLCCが「以遠権フライト」を使って手薄なミクロネシア路線などを開設し、日本市場を獲りに来る可能性もあります。

日系エアラインにとっては新たな脅威と言えますが、利用者サイドから見れば競争の活発化は選択肢の増加や低運賃という恩恵をもたらします。シンガポール航空のニューヨーク線がうまくいくかどうかが、一種の試金石になるのではないでしょうか?

 

 

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