3月8日、JALが設立する中長距離路線LCCの名前が「ZIPAIR」に決まり、今日の記者会見で正式発表されました。2020年夏スケジュールからボーイング787-8型機2機を使用し、成田ーバンコク線とソウル線に就航する予定です。2021年にはETOPS(双発機の長距離洋上飛行)の認定を受けたのちアメリカ西海岸路線に進出し、将来的にはグアムやホノルル路線、欧州路線も視野に入れています。
- ・姿が見えてきたJALの長距離LCC
- ・ZIPAIRの今後の路線展開は?
- ・未知数の「長距離LCC」、成功のカギはブランディング
- ・まとめ
- 【4月12日追記・機体と制服デザインからブランドコンセプトを推測】
・姿が見えてきたJALの長距離LCC
中長距離LCCはJAL本体のローリングプランでも触れられていましたが、今回の発表でいよいよ具体的な姿が見えてきました。以前の記事で最初の就航路線で方向性が見えてくると書きましたが、大都市のバンコクとソウルを選択した事で、とりあえず需要の大きい路線狙いで行くようです。その辺については以前の記事もご参照ください。
一部報道で「ZIPAIR」という社名が出た時に圧縮ファイルフォーマットの「.zip」から「乗客が詰め込まれるのでは」とtwitterなどで揶揄されましたが、「お客様を詰め込んだり『圧縮』する意図はない」と切り返して、LCCにしては広めのシートピッチである事や、ZIP→矢が素早く飛ぶ擬態語から「フライトの体感時間が短い」とコンセプトを説明する材料に使ったのは上手いなと思いました。この切り口なら今後改修された機内がお披露目された際にも実際の座席を見て「詰め込みじゃないでしょ?」と快適性をアピールできますから「LCC=詰め込み」のイメージを覆すような今後のプロモーションが楽しみです。
・ZIPAIRの今後の路線展開は?
さて、中長距離LCCという分野ですが、世界的に言えば決して珍しいものではありません。現在は撤退しましたがマレーシアのエアアジアXがクアラルンプール―ロンドン・パリ線を運航していたことがありますし、シンガポール航空系列のスクートもシンガポール~アテネ・ベルリン線を運航しています。さらにノルウェーのLCC、ノルウェーエアシャトルも大西洋路線に参入しましたし、韓国のイースター航空やティーウェイ航空も中長距離路線進出を計画するなど、より長距離の路線を視野に入れるLCCは少なくありません。日本路線でもジェットスターのオーストラリア路線や、最近ではエアアジアXやスクートの関空ーホノルル線などもあります(ただしスクートは5月30日で撤退予定)
しかし、会見でも触れられたように「アジアから太平洋を渡る」LCCはまだ存在していません。ホノルルまでならスクートやエアアジアX、大韓航空系列のジンエアーの例がありますが、アメリカ本土まで進出したLCCはまだありません。機材繰りや需要の面から考えてスクートやエアアジアXが太平洋横断までやるのは厳しそうですし、東アジアのLCCも大型機を保有するのはジンエアーくらいなので、この分だとZIPAIRが「定期路線で太平洋横断する初のLCC」になりそうです。長距離路線の最初の路線はアメリカ西海岸との事ですが、可能性として考えられるのは日本との往来が多いロサンゼルス、サンフランシスコか観光需要の大きいラスベガス辺りになるのではないでしょうか。
・未知数の「長距離LCC」、成功のカギはブランディング
「長距離路線LCC」のコンセプトが軌道に乗れば、ZIPAIRが先行者利益を享受するのは間違いないでしょう。仮にピーチが長距離路線に参入しようとしても、機材選定→路線就航の市場調査→機材受領と乗務員育成→路線認可申請と就航地へのプロモーションと、体制を整えるまでに2年はかかりますから、その間に路線網を広げて市場をがっちり押さえてしまえば、後発企業が参入したとしてもしばらくは優位を保てるでしょう。
しかし、10時間以上も飛行機に乗る長距離路線はLCCにとって未知の世界なだけに、事業を軌道に乗せられるかは未知数です。従来のLCCのビジネスモデルが「短距離路線をできるだけ多く運行させて機材稼働率を上げ、固定費を抑える」というものでしたから、元々機材稼働率が高い上に柔軟な運用がしにくい長距離路線ではそのビジネスモデルは通用しません。運行コストを抑えるにしても限度があると思います。
そうなるとZIPAIRの路線を採算に乗せるにはブランディングと価格設定、機内販売など航空券以外の収入をどう増やすかがカギとなります。LCCと言うと価格勝負と思われがちですが、単なる価格競争では消耗戦に陥ってしまいますから、実はフルサービスキャリア同様、リピーター客の確保がカギとなります。ピーチが成功を納めたのもブランドのコンセプトを明確にし、様々な企業や芸能人などとコラボを行ったり、関西弁のアナウンスや車を機内販売するなどの「型破り」なサービスを行うなど、事あるごとに世間の注目を集めることでピーチのブランドを関西に浸透させ、「ファン」を増やした事が理由の一つです。ブランドコンセプトの確立はLCCにこそ必要な事であり、ブランドを浸透させて積極的にその会社を選ぶ顧客を増やす事がLCC生き残りの重要なポイントです。
ZIPAIRがまず行うべき事は「ブランドの認知・浸透」であり、それこそフルサービスキャリアとも既存のLCCとも違う、新しいコンセプトのサービスを打ち出せるかどうかが生き残りの第一歩となります。価格についてもアイキャッチ的なバーゲン運賃は必要ですが、極端な安売りではいずれ疲弊して行き詰まりますから、JAL以上のイールドマネジメントが必要でしょう。
さらには機内サービスをどこまで行うか、機内販売をどれだけ充実させるかがポイントになります。長距離路線は機内にいる時間が長い分、機内食や飲み物の提供を全く行わないという訳にもいかないと思いますが、一通り付けてしまったらフルサービスキャリアと変わりありませんし、機内販売で稼ぐ余地が無くなってしまいます。しかし、機内にいる時間が長いという事は、それだけ機内販売のチャンスが多いという事でもありますので、ピーチやジェットスタージャパン以上に機内食メニューの開発や、機内販売のラインナップに工夫を加える必要があるのではないでしょうか。また、スマートフォンなどを活用した機内エンターテイメントの提供も、売り方によってはいい収益源になるかも知れません。
・まとめ
ZIPAIRでは4月以降社員募集を行いますが、職種ごとに分けた募集ではなく、客室乗務員、地上係員、企画業務など複数の業務をこなすマルチタスクな勤務形態になるそうです(流石にパイロットや専門性の高い整備業務はそうはいかないと思いますが)フルサービスキャリアに比べると業務の幅が広く激務っぽく思えますが、幅広い業務に携わる事で、かつてのJALのような職種ごとの縦割りにならずに広くアイデアが出るきっかけになりますし、部門ごとの対立は起こりにくそうに思えます。さらにマルチタスク化が進むという事は、誰かが抜けて穴が開いても他の人でカバーしやすくなるというメリットもあります。「今までにないエアライン」を作れるかどうかはこれからが勝負。まだまだ未知数な部分も多いZIPAIRですが、是非成功して新たな航空会社の姿を見せて欲しいですね。
【4月12日追記・機体と制服デザインからブランドコンセプトを推測】
4月11日に「ZIPAIR」の機体デザインと制服が発表されました。機体デザインは基本は白ベースですが、垂直尾翼はZIPAIRのコーポレートカラーのグレー、機体側面の窓枠に細いグリーンのラインを入れるなど、全体的に落ち着いた感じのデザインです。そう言えば窓枠にラインを入れる塗装デザインはかつての大手三社やパンナム、アリタリア航空など80年代までは一般的でしたが、今ではほとんど見なくなりました。そう考えるとこのデザインは一周廻って新鮮に見えます。
そして制服ですが、靴をスニーカーにするのは実用性重視のLCC的発想ですし、その日の天候や気分などに合わせて組み合わせを変えられるというのは斬新です。ですがデザイン的にはこれまた落ち着いた感じで、この点でもカジュアルでフレンドリーなイメージを作るため明るい色や派手な色の制服が多い他のLCCとは一線を画します。ZIPAIRを「LCCと呼ばないで」とJALが言っていたのは、値段的なイメージだけでなく、恐らく良くも悪くも軽くてノリのいい他のLCCと微妙にブランドコンセプトが違うから一緒くたにされたら困る、という意味合いもあったのかな、と邪推w
機体や制服のデザインから考えると、ZIPAIRが目指すのはピーチやエアアジアのようなインパクト重視で目立つブランドではなく、「FSCよりは気軽で敷居が低いけど、LCCよりは上質で落ち着いた感じ」なハイブリッドLCCではないかと思います。FSCをフォーマルな高級ブランド、LCCをGUのようなローコストブランドとすれば、ZIPAIRが目指すのは両者の中間的なファストファッション。今後発表されるであろうサービスや価格設定、機体の内装などが明らかになれば、ZIPAIRの目指す方向性はよりはっきりするのではないかと思います。今回の機体や制服のデザインを見る限りだとZIPAIR、結構期待できるのではないでしょうか。