〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

アジアの航空会社(特にLCC)が「以遠権」を使って日本路線を飛ばすワケ

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1月3日、シンガポール航空はシンガポール発東京経由ニューヨーク線の開設準備に入ったと報道されました。開設時期や乗り入れ空港は未定ですが、羽田は発着枠や航空交渉の問題があるので少なくとも東京の乗り入れ場所は成田になるのではないかと思います。もしこの路線が実現すれば、シンガポール航空の日本発アメリカ路線は2路線となり、日本やアメリカの航空会社との競争が激化しそうです。

www.aviationwire.jp

 

普通なら第三国の航空会社が航空路線を飛ばすことは認められていませんが、例外として「以遠権」を行使して事実上第三国の路線に参入することが可能です。

以遠権とは途中経由地から最終目的地までのみの営業権(航空券の販売)を認める権利のことです。昔は航空機の航続距離が短く、給油のために途中の空港に着陸する必要がありましたが、そうなると途中の空港の着陸料が余計にかかり、運航やハンドリング業務にかかわる拠点や人材を準備する必要があります。通常は出発地から最終目的地か途中経由地のみの区間の航空券販売しか認められませんが、もし途中経由地から最終目的地までの区間の販売も認められれば営業的にはかなり助かります。このため、戦後すぐの時期から航空交渉では「以遠権」をどこまで認めるかで国同士が政治的な駆け引きを行いました。

 

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日本では特にアメリカとの間で結ばれた航空協定をめぐる駆け引きが有名です。1952年に最初の航空協定が結ばれましたが、当初はアメリカ側にはアジアへの無制限の以遠権が認められたのに対し、日本側は乗り入れ空港も以遠権も制限されていました。乗り入れ会社に関してもアメリカ側はパンナム、ノースウエスト、フライングタイガー(貨物機)の3社が乗り入れを認められたのに対し、日本側は日本航空一社のみでした。

日本側にとっては不平等な条件でしたが、アメリカ側はこの「以遠権」を大いに利用して東京にアジア太平洋地域の拠点を置きます。パンナムは羽田空港(のちに成田)を拠点に中華民国や香港、東南アジア全域やグアムへの路線を1950年代~60年代にかけて開拓します。成田時代にはボーイング727を常駐させて乗継便を飛ばしたほか、数百人の従業員を雇用して自前の機内食工場を構えるなどアジアの一大拠点として機能させます。同様のハブはロンドンやフランクフルトにも置かれ、ヨーロッパ全域に乗継便を運航しました。これらの以遠権をフルに活用した海外ハブ空港のおかげで、パンナムは世界中に巨大な路線網を築くことができたのです。

同様にノースウエスト航空も成田にハブ空港を構え、整備部門や機内食工場、客室乗務員の拠点や運航管理部門まで置かれるなど、本国外の拠点としては巨大なものでした。パンナムが太平洋線をユナイテッド航空に売却した後も「成田の盟主」として君臨し、21世紀にはいるとかつてのパンナム同様、アジアの乗継路線用にA320やB757を常駐させています。これらの体制はノースウエストがデルタと合併した後もしばらくは維持されました。

 

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 しかし、そんな成田からの以遠権も航空機の性能向上による直行便化や、航空アライアンスによる共同運航、仁川や香港などアジアの他のハブ空港の台頭による成田の地位低下などでその必要性は薄れていきます。今年4月からの羽田空港の発着枠増加に伴い、デルタ航空が成田からの撤退と羽田への集約、以遠権路線の完全廃止を発表したのは記憶に新しいところです。3月31日のデルタの成田~マニラ線の廃止により、アメリカの航空会社の以遠権路線は完全に姿を消すことになります。

 

www.meihokuriku-alps.com

 

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では以遠権路線は日本からは完全になくなるのでしょうか?確かにフルサービスキャリアでは絶滅寸前ですし、日本の会社もアメリカの会社も以遠権フライトは消滅する方向ですが、完全になくなったわけではありません。例えば香港のキャセイパシフィック航空は成田発2往復と関空・中部発各1往復が台北経由となっていますし、大韓航空もソウル~ホノルル線のうち1往復を成田経由で運航しています。このほかにもエティハド航空のアブダビ~北京~中部線や、エチオピア航空のアディスアベバ~ソウル~成田線など、少ないながらも以遠権フライトを続けている会社は存在しますので、以遠権路線自体がなくなることはないと思います。

 

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 しかし、近年ではLCCの「以遠権フライト」が徐々にではありますが増えてきています。例えばシンガポール航空系列の「スクート」成田~シンガポール線を週19往復していますが、そのうち午前発の1往復がバンコク・ドンムアン経由、残りが台北経由と直行便は一便もありません。また、2017年にはエアアジアXとスクートが関空~ホノルル線を就航させて話題となりましたが(スクートはその後撤退)、これも厳密にはエアアジアXがクアラルンプール~関空線、スクートがシンガポール~バンコク~関空線の延長及び以遠権フライトです。

このほかティーウェイ航空が大邱~関空~グアム線を、スクートがシンガポール~台北~札幌線やシンガポール~高雄~関空線を、ジェットスターアジアがシンガポール~台北~関空線とシンガポール~マニラ~関空線を運航するなど、地味にLCCの「以遠権路線」は増加傾向にあるのです。

 

では、なぜアジアの航空会社やLCCは「日本経由の以遠権フライト」を設定するのでしょうか?大きく分けて3つの理由があると思います。

 

1.単純に飛べる機材がない

飛行機の性能が向上した現在ではこの理由はあまりなさそうに思えますが、保有機が737やA320といった短通路機しかないLCCでは事情は異なります。航続距離が伸びたとはいえ、これらの機種の航続距離はせいぜい5000km台と、日本~東南アジアを直行で飛ぶにはぎりぎりです。それにLCCの機材は短距離での運用を前提にしており、シートピッチも限界ギリギリまで詰めていますので、乗客が耐えられるのはせいぜい3~4時間程度。飛行機の性能的にも快適性の面でも、無理に直行便で飛ばすよりは途中で給油して飛ばしたほうがベターであり、それなら以遠権で途中までの客も乗せてしまえ、となるわけです。

2.経由便にしたほうが営業的にプラス

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例えばスクートの成田~シンガポール線は需要的にも十分ですし、保有機の787はシンガポールまで難なく飛べる性能があるはずですが、あえてバンコクや台北を経由しています。これは途中の需要も拾うことで搭乗率を上げる意味があり、今のところ成田~シンガポールで競合するLCCは存在しないため、あえて直行便にする理由がないものと考えられます。スクートはシンガポール航空系列ですから、直行便でシンガポールに行きたいなら親会社を使ってもらったほうが良いですからね。経由便にしているのは親会社との棲み分けという理由もあるのではないでしょうか?

 

3.最初から日本市場狙い

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エアアジアXのクアラルンプール~関西~ホノルル線なんかはもろ「日本市場狙いの路線」と言えるのではないでしょうか。というのもホノルルからの国際線は日本や韓国などの東アジア路線やオーストラリアやニュージーランドなどのオセアニア路線が大半で、東南アジアへの路線はエアアジアXが就航する前はフィリピン航空のマニラ線が唯一の例。過去にはガルーダ・インドネシア航空がジャカルタ~ホノルル~ロサンゼルス線を飛ばしていたことがありましたが、ホノルルは単なる経由地でしかなく、アジア通貨危機で経営が悪化するとロサンゼルス線の廃止と同時に撤退してしまいました。

これらの経緯からもアメリカの植民地であったフィリピンを除けば、歴史的なつながりも薄くリゾート需要も見込めない東南アジア~ハワイ間の航空需要はほとんどないと思いますので、エアアジアXのホノルル線は明らかに日本~ハワイ間の需要狙いの路線であり、「以遠権」にかこつけて就航したといえます。今はまだホノルルまでですが、いずれエアアジアやスクート辺りは以遠権を行使したアメリカ本土路線を狙ってくるのではないかと思います。ピーチのバニラ統合も、JALのZIPAIR設立も、背景にあるのは東南アジアのLCCの「以遠権フライトによる日本発長距離路線参入」に危機感を持ってのことであり、今後このようなパターンの以遠権フライトはむしろ増えていくのではないかと思います。

 

以上、日本にかかわる「以遠権フライト」についてご紹介してきました。かつて以遠権を十二分に行使して恩恵を受けてきたアメリカの航空会社が以遠権フライトをなくす今の状況を見ていると日本市場の地位が低下しているように見受けられますが、アジアの航空会社から見れば1億人以上の人口があり、インバウンド需要が伸びている日本市場は「まだまだ美味しい市場」です。今後もシンガポール航空グループやエアアジアを中心に「以遠権フライト」で日本市場を狙ってくるでしょうし、JALやANAも参加のLCCを駆使してこれに対抗していくのではないかと思います。また、日韓路線の壊滅で窮地に立たされている韓国系のLCCが「以遠権フライト」を使って手薄なミクロネシア路線などを開設し、日本市場を獲りに来る可能性もあります。

日系エアラインにとっては新たな脅威と言えますが、利用者サイドから見れば競争の活発化は選択肢の増加や低運賃という恩恵をもたらします。シンガポール航空のニューヨーク線がうまくいくかどうかが、一種の試金石になるのではないでしょうか?

 

 

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仙石線&仙石東北ライン乗車とちょっとだけ松島観光

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12月29日の朝、「百万石ドリーム政宗号」で仙台に到着後、駅前の立ち食いソバ屋「そばの神田東一屋」で朝食をとってから電車で石巻に向かいます。地元では結構有名な店みたいですね。

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 ↓これまでの行程はこちら

www.meihokuriku-alps.com

 

最初は仙石東北ラインですぐ石巻に向かうつもりでしたが、ふとホームの前の階段に張られた案内文を見て「そう言えば随分と松島行ってないよなあ」と思い、急遽松島にも寄ることにしました。この案内文の通り、松島へは東北本線の「松島駅」ではなく、仙石線の「松島海岸駅」が近いので、仙石線のホームに向かいます。

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仙石線の通勤電車に揺られること約40分ほどで松島海岸駅に到着。仙石線は初めて乗りましたが、仙台駅の仙石線ホームは地下にあり、4両編成の通勤電車が高頻度で行き交う光景はJRの地方路線らしからぬ風景。仙台駅近郊は地下区間を通り、途中の東塩釜駅までは複線・一部高架化されているなど、編成が短いことを除けば都会の通勤路線という感じです。

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実際、仙石線は最初から国鉄の路線として建設されたわけではなく、元は宮城電気鉄道という私鉄の電気鉄道がルーツでした。第二次世界大戦時の戦時買収で国有化され、以後は国鉄の仙石線となります。戦後は主に首都圏で使用されていた古い通勤型電車の転属で賄われ、現在は山手線や南武線で使用されていた205系電車が使用されています。

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さて、次の電車まで約40分ほどですが、少しだけ松島を歩くことにします。松島に来たのは10年ぶりでしたが、ここも震災の影響で以前とは少し変わってしまいました。確か以前はお土産屋の前は松林が広がっていたはずですが、きれいに整備されていました。おそらく震災直後はひどい状態だったんでしょうね・・・
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瑞巌寺に向かう境内に「鉄道殉職者弔魂碑」がありました。昭和47年に鉄道100周年を記念して、当時の国鉄仙台管理局が建てたそうです。鉄道の発展の礎となった方々の冥福を祈り、手を合わせました。
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さて、松島海岸駅に戻って先を急ぎます。一旦高城町駅行きの列車に乗り、高城町で仙石東北ラインの快速列車に乗り換えです。高城町駅は高架化されてないからか、なんとなく私鉄の駅な雰囲気が残ってますね。仙石東北ラインは仙台からここ高城町までは東北本線を走り、高城町駅近くの連絡線で仙石線に入って石巻まで走行します。つまりここ高城町駅は仙石線の普通列車と仙石東北ラインの乗換駅ということです。


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数分して石巻行きの列車が到着しました。こちらの列車も4両編成ですが、電車ではなくハイブリット式の気動車です。この仙石東北ラインは以前は仙台~石巻間は仙石線の快速列車が主流でしたが、仙石線は駅間距離が短く、追い越し設備もないため快速列車の増発やスピードアップが難しい線区でした。そこでJRになってしばらくしてから駅間距離が長く線形もいい東北線を活用し、東北線と仙石線を直通する列車の設定が計画されましたが、電化設備の違いが障害となります。

東北線も仙石線も電化路線ではありますが、東北線は交流電化、仙石線は直流電化と電化方式が違っており、連絡線の電化とデッドセクションを設ける必要がある上に交直流車両を用意する必要があります。しかし、JR東日本には地方路線用の交直流電車がないうえに(常磐線用のE233系など首都圏にはあるので技術的に不可能というわけではありません)、費用面で折り合いがつかず計画はありながら長年実現には至りませんでした。

この状況を打破したのがJR東日本が開発し、実用化させたハイブリッド気動車。分類上はディーゼルエンジン搭載の「気動車」ではありますが、エンジンはあくまでも「発電用」で、実際に駆動させるのはエンジンで発電したり蓄電池に貯めた電気で回すモーター。気動車でありながら電車の性格も持った車両で、走行性能も電車とそん色ありません。この車両が実用化されたことと、東日本大震災後の復興事業という理由ができたことで工事が進められ、2015年5月30日に運転を開始しました。

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実際に乗ってみると停車時は無音、発車後もしばらくは無音で走ります。一定の速度が上がるとディーゼルエンジンの音が車内に響いてきました。普通の気動車だと発車時→低速時はディーゼルエンジンで加速し、一定の速度に達したら惰行運転となってエンジンの音は小さくなるのですが、このハイブリッド気動車に関しては逆。この気動車らしからぬ走行音は独特ですが、乗り心地は快適そのもので国鉄型気動車の「もっさりした加速で乗り心地もよくない」という従来のイメージは全くありません。これなら無理に電車を走らせなくても問題ないですね。


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そして車両は石巻駅に到着。仙台~石巻間を最速60分で結ぶ仙石東北ラインのおかげで石巻への移動はかなり便利になりました。震災直後は交通網がズタズタになった石巻ですが、結果的にそれが仙石東北ライン実現のきっかけになったと思うと少々複雑な気もしますが、復興が着実に進んでいるという証拠でもあります。石巻からの帰りもこの仙石東北ラインを利用しましたが、年の瀬にも関わらず仙台につく頃には立客も出るほどの盛況ぶりでした。この仙石東北ラインの事業費は18億円ですが、この盛況ぶりを見る限りでは凄くコスパの良い投資だったのではと思います。これからも仙台と石巻を結ぶ動脈として仙石東北ラインには頑張ってほしいですね。

石巻駅に着いた後はしばらく市内観光をした後、田代島に向かう船に乗ります。

 

 

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「百万石ドリーム政宗号」乗車記 ~JRバスの夜行バス戦略を垣間見た~

12月29日から31日にかけて、宮城県と東京都へ旅行に行ってきました。行きの仙台までの移動は高速バス、仙台から東京、東京から富山までの移動は新幹線と私にしては珍しく飛行機を使わない移動でした。今回の旅行でもブログのネタを仕入れてきましたので、ぼちぼちと書いて行こうと思います。

 

初回は28日の深夜に富山駅から仙台駅まで乗車した夜行高速バス「百万石ドリーム政宗号」の乗車記。先日西日本JRバスの北陸発着の夜行バス開設について触れましたが、図らずも自らその威力を体験する事になりました。

 

www.meihokuriku-alps.com

 

「百万石ドリーム政宗号」は2017年7月28日に仙台~富山~金沢間で木~日曜と祝日、繁忙期に運航されるバスとしてスタートしました。実はこの区間には1992年から北陸鉄道などが夜行高速バスを走らせており(当初は宮城交通と共同運行→2014年3月に宮城交通担当便が小矢部川SAで事故を起こしたのを機に事実上撤退し、北陸鉄道の単独運行→2017年4月に富山地方鉄道との共同運行に)競合路線がある中でのスタートでしたが、業績は好調だったようで2018年2月9日から毎日運行となって現在に至っています。

 

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そんなわけで12月28日の23時過ぎ、年の瀬で人が多い富山駅へ。百万石ドリーム政宗号の富山駅出発は23時55分なので間がありますが、ちょうどいい時間帯の電車がなかったので・・・

 

 

こちらは地鉄バスの長距離高速バスの時刻表。名古屋線の本数が多いw

地鉄・北鉄の仙台行きは22時35分発、山形経由になっています。JRバスが停留所を最小限に絞っているのに対し、地鉄・北鉄の方は富山県内でこまめに停車した上に東北側でも山形駅を経由するなど、細かく乗客を拾っていくダイヤ設定です。出発時間もこちらの方が1時間15分早く出発するなど、競合路線でも性格は違う事が分かります。ちなみに私も当初はこの先の目的地の関係上、仙台に早く到着するこちらのバスを使いたかったのですが、年の瀬だからかあえなく満席でした・・・

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こちらはJRバスの時刻表。富山県内ではJRバスは後発ですが、近年は夜行バスを中心に路線を増やしています。今年に入って四国と広島への路線が開設されましたので、来年以降も増えていくのではないかと思います。

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そうしているうちに23:48頃「百万石ドリーム政宗号」が入線しました。バスはJRバス東北の所属で、西日本JRバス保有のグランドリーム車両をこの路線用にリースして使用しています。

ちなみにこの日は年末と言う事もあり満席。途中からの乗車で撮影が困難でしたので座席の画像はありません。

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既に車内はカーテンが締め切られた状態で、出発後のアナウンス終了後に消灯。アナウンスによると開放休憩は名立谷浜と国見の2カ所でこの他に乗務員のみの休憩が有磯海と磐梯山の2カ所、黒崎PAで乗務員の交代が行われます。

私は前から2番目の真ん中の席でしたが、前の席には既に金沢から乗車した人が座っていて、既に座席を目一杯倒して爆睡中・・・しかも荷物を通路に投げ出していたので通りにくいわ席にも座りにくいわで少しイラッとしました。少しでも睡眠をとりたい気持ちはわかりますが、途中から乗る人のことも考えて通路に荷物を出さないとかリクライニングは控えめにするとか、一定の配慮は必要なのではないかと思います。


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名立谷浜に到着したのは1:35頃。ここで20分間の開放休憩になります。といってもこの時間帯はトイレと自販機以外は全て営業終了しているので、買い物などはできません。まあ、この時間帯に買い物する人はいないでしょうが、個人的にはまだ店が開いている有磯海で開放休憩をしてもらったほうが良いように思います。運用上の都合があるのでしょうか?

その後3時過ぎくらいに黒崎PAで乗務員交代をしたようです(この辺りはもう半分うとうとしてる状態ではっきりとした時間は覚えていません)


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次に目が覚めたのは2回目の開放休憩前のアナウンス。6:35頃にパーキングエリアに到着しました。私はてっきりアナウンス通り国見SAだと思っていましたが、後でスマホのマップを確認したらその先の菅生PAまで進んでいたようです。ここで6:55まで休憩。


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ずんださん、2019年のブームになったタピオカへの熱い対抗心w


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改めて車両を眺めます。元は西日本JRバスの車両とはいえ、仙台ナンバーのグランドリーム車両というのも貴重な存在ですね。


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そして7時24分頃、定刻より約30分早く「百万石ドリーム政宗号」は仙台駅東口に到着しました。感想としてはゆりかご型の「クレイドルシート」は思ったよりも快適でしたが、走行音が気になったのとあまり深くまで倒せなかったため熟睡とまでは行きませんでした(富山駅出発後後ろの人に一声かけてから倒したのですが、深く倒すと「もうちょっと上げてくれ)と言われて倒し辛くなってしまったので・・・)

光や走行音についてはアイマスクや耳栓など自衛策が必要かとは思いますが、リクライニングに関しては正直乗車率や前後の乗客次第なところもあるので厄介な問題ではありますね。バス会社によっては最初からリクライニング角度の浅いシートを導入したり、消灯前に一斉にリクライニングする方式をとっている会社もあるそうです。あるいは一部の高速バスや飛行機で採用されている「シェル型シート」なら後ろを気にすることなくリクライニングできるので、そういったシートが普及してくれればいいんですけどね・・・

もう一つ残念だったのはHP上で紹介されていたインターネットカフェやカプセルホテル、レンタカーなどの割引券の案内がなかったこと。せっかくのサービスなわけですし、到着前に割引券の案内をして「ご希望の方は乗務員まで」と一言アナウンスしてくれるだけでも随分違ったと思うのですが・・・

 

trafficnews.jp

 

とはいえ、北陸と東北を直接結ぶ交通機関としては凄くありがたい存在です。北陸新幹線開業で仙台へは1度の乗り換えで3時間台で行けるようになりましたが、料金は2万円以上かかります。その点夜行高速バスは1万円以下で寝ながら行けますし、翌朝から観光に充てることができますから、人気が高いのも頷けます。このバスの成功があったからこそ、西日本JRバスも北陸~四国や中国地方への夜行バス開設に踏み切ったのだと思います。2020年以後も新たな路線バスの開設があるかもしれません。そんな期待を抱かせたJRバスの夜行バス乗車でした。

この後は仙石線に乗り換えて松島、さらに石巻へと向かいました。

 

 

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2019年に投稿した動画の振り返りと懺悔&2020年の抱負

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明けましておめでとうございます。昨年も動画やブログをご覧頂きありがとうございました。2020年もどうぞよろしくお願いします。

さて、今回は年初と言う事で、2019年に投稿した動画の振り返りと年初に立てた目標についての懺悔をしたいと思います。合わせて今年の抱負についても書いていきたいなと思います。

 

・・・いつもなら昨年末にやっていたんですが。

 

 ↓最早残骸と化した2019年の抱負はこちらをご覧下さい。

www.meihokuriku-alps.com

 

 

まずは2019年に投稿した動画を振り返っていきたいと思います。2019年に投稿した動画ですが、迷航空会社、東海道交通戦争、新シリーズ合わせてもわずか9本でした(ニコニコのみ投稿の東海道交通戦争あとがきを含む)

・・・自分でもびっくりしましたが、去年や一昨年よりもかなり少なかったです。YouTubeの収益化停止で大量の再アップを余儀なくされ、対応に追われたのとモチベーションが低下した事、個人的な事ではありますが転職活動や今の会社の退職手続きなどで時間を取られたのが理由です。また、映像の割合を増やした為編集にもより時間がかかっております。年明けから新しい職場に移りますが、もうしばらくは動画投稿ペースは遅くなると思います。落ち着いたら動画に割ける時間は増やせると思いますので、もうしばらくお待ちください。

 

・1月6日 東海道交通戦争(3本投稿、5月6日完結)


東海道交通戦争 最終章「未来への戦い」⑥リニアの夢への壁


東海道交通戦争最終章7「東京~大阪航空路線の現在、そして巨大飛行機の夢と挫折」


東海道交通戦争・最終回「陸と空の未来予想図」

最初のシリーズ開始から7年半、リメイク後でも2年4か月の長い時間をかけてしまいましたが、ようやく完結する事が出来ました。本当にありがとうございました。このシリーズに関しては言いたい事は全部あとがきに書きましたので、詳細はこちらをご覧下さい。

 

 

・2月16日 航空会社運航計画2019


迷航空会社列伝・航空各社運航計画2019

 

昨年もやった航空各社の2019年度の運航計画をご紹介した動画です。収益化停止後初めて出した動画で、ここから映像も一部組み込んでいます。正直、静止画の方が作りやすいし映像だと撮る手間が更にかかるのですが、背に腹は代えられません。ちなみに、今回から各社まとめて1本の動画にしています。

2020年は羽田空港の発着枠増加やJALの新LCC「ZIPAIR」の就航など、話題は尽きないと思います。1月下旬に予定される各社の発表が今から待ち遠しいですね。

 

・3月31日 迷航空会社列伝「東急の空への夢」4~6話


東急の空への夢 第4話「至誠監督官庁と競合相手に通ず」


東急の空への夢 第5話「蜃気楼と消えた国際線の夢」


迷航空会社列伝「東急の空への夢」 第6話・欧州から来た夢の大型機

 

こっちの方は年内完結はできませんでした・・・田中勇さんの面白エピソードが多いんだもん。今年アップしたのは3本で、TDAのエアバス導入まで。この後ですが後2回で完結させる予定です。皆様ご存知の通り、最終的にはTDA→JASはJALと経営統合をするわけなので結末は分かっているかと思いますが、その結末に至った過程や東急がJASを手放した理由、JASを手放した後の東急グループの航空への関りなどを書いて行ければと思います。今年の最優先課題はこのシリーズの完結かな?

 

・11月12日 交通機関の栄枯盛衰「加賀特急戦争(前編)」


【交通機関の栄枯盛衰】街と温泉の存亡をかけた仁義なき戦い!加賀特急戦争(前編)

 

東海道交通戦争のあとがきでも触れていた新シリーズ、ようやく形にすることができました。この後の原稿はもうできていますので、それほどお待たせしないとは思いますが、前述の「東急の空への夢」や既存の迷航空会社の再アップと同時進行なのが辛いところです。

今回取り上げた大聖寺・動橋・加賀温泉の3駅については昔ニコニコで取り上げた動画のリメイクと言うか一から作り直した感じです。背景にあった温泉街の勢力争いや、新駅設置を巡る加賀市内の駆け引きや騒動なども取り上げて行ったので、元の動画の5~6倍の規模になりそうです・・・

 

・2019年のまとめと懺悔

さて、ここからは2019年当初の抱負の達成状況を振り返ってみたいと思います。

 

1.東海道交通戦争完結と新シリーズ立ち上げ

これについては何とか完結させ、新シリーズの「交通機関の栄枯盛衰」を投稿した事で、一応「達成」としておきたいと思います。まあ、他の動画を犠牲にした結果ではありますので胸張って言えることではないですが・・・

 

2.YouTubeチャンネル登録者数メインチャンネル30,000人 サブチャンネル10,000人

結論から言うと、達成は無理でした。収益化停止問題がなかったらある程度は行けたと思うんですが・・・

年が明けた1月1日の数値ですが、最終的な数字は

メインチャンネル 21,855人

サブチャンネル 4,499人

 

となりました。これに関しては大幅未達ですね。特にサブチャンネルで新シリーズの立ち上げまでに長い間隔が空いてしまい、視聴者の関心が離れてしまった事が大きな反省点です。理由があったとは言え、これは大きな反省点です。

 

3.YouTubeチャンネルの再編

一応、サブチャンネルを「akamomo鉄道・交通チャンネル」と改称して新シリーズの投稿をこちらで行うという体制は整えました。

・2020年の抱負

2019年は結構明確な目標を立てましたが、今年はそれは辞めます。YouTubeの収益化問題など、自分の努力ではどうにもならない部分で振り回された事と、私の性格上、下手に具体的な数値目標を設定すると却ってそれに縛られてモチベーションが低下してしまう事が良く分かったからです。

とりあえず当座の目標としては「東急の空への夢」の完結と、YouTubeでの過去動画の復活。過去動画の復活に関しては原稿や音声データは残っていますが、編集ソフトのファイルが消えてしまったので、時間がかかってしまいそうです。ただ作り直すだけではなく、その後の状況変化に応じて加筆修正していきたいと思いますので、よろしくお願いします。

「東急の空への夢」完結後は、従来のような短編での「迷航空会社列伝」を作っていきたいと思います。また、「交通機関の栄枯盛衰」については当面は北陸地方を中心にして作っていきますが、いずれは他の地域も取り上げていきたいなと思います。昨年動画をあまりアップできなかった分、今年はもう少し本数を増やしていきたいと思いますので、本年もどうぞよろしくお願いします!

 

 

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日本の航空会社が買ったかも知れなかった「欧州製ジェット旅客機」

随分間が空いてしまいましたが、先日「東急の空への夢」第6話を投稿しました。今回はTDAのエアバス導入に関わる話になります。まだご覧になってない方は是非ご覧下さい。


迷航空会社列伝「東急の空への夢」 第6話・欧州から来た夢の大型機

 

 

さて、動画内ではTDAの大型機選定はA300に軍配が上がり、日本初の欧州製ジェット旅客機として大きな注目を集めました。しかし、A300以前にも欧州製ジェット旅客機が導入の候補に上がったり、実際に発注までされたケースがなかったわけではありません。今回はひょっとしたら日本の航空会社が買ったかもしれなかった欧州製ジェット旅客機をご紹介します。

 

デハビランド・コメット

言うまでもなく世界初のジェット旅客機であり、就航当初はプロペラ機とは段違いの速さと快適性で人気を博し、世界中の航空会社から発注されていました。その中には日本航空の名前もあり、エンジン増強型のMr.Ⅱが発注されていたようです。

しかし、コメットは就航から2年足らずで2度の空中分解事故を起こしてしまいます。イギリスの威信をかけた徹底的な事故調査の結果、高高度での加減圧を繰り返したことによる金属疲労が進み、想定よりも早く亀裂が発生して広がり、空中分解に至ったと結論が出ました。しかし、この事故を受けて日本航空を含めたコメットの受注はすべてキャンセルされ、世界初のジェット旅客機は一時姿を消してしまいます。その後、金属疲労対策を行った改良型が開発されましたが、その頃には既にボーイング707やダグラスDC-8が開発され、航空会社の関心はそちらに移ってしまい、商業的には失敗に終わってしまいました。最終的に日本航空が選択したのはDC-8。もしコメットの事故がなければ、日本初のジェット旅客機はイギリス製になっていたはずでした。

ホーカーシドレー・トライデント

トライデントは前述のコメットを開発したデ・ハビランド社が欧州域内用のジェット旅客機として開発したもので、その後デ・ハビランド社がコメットの事故の影響から立ち直れずに1959年にホーカーシドレー社に買収されて発売されたという経緯があります。ボーイング727同様の3発ジェット機ではありますが、ローンチカスタマーとなったBEA(英国欧州航空)が当初デハビランド社が計画していたサイズでは大きすぎるとして小型化を要求し、やむなくデハビランド側が折れて小型の機体として開発されますが、皮肉にも商業的に成功したのは当初デハビランドが計画していたサイズで開発されたボーイング727でした。トライデントは117機しか製造されず、商業的には失敗に終わりました。

そんなトライデントでしたが、全日空が初のジェット旅客機の選定時に最終候補まで残ったことがあります。当初の候補はボーイング727、シュド・カラベル、BAC1-11、トライデントの4機種でしたが、カラベルは設計の古さから早々に脱落、BAC1-11も調査団派遣後の審査段階で脱落し、最後まで残ったのが727とトライデントでした。両機種ともデモフライト機を来日させて招待飛行を行い、ボーイングの代理店と日商とホーカーシドレーの代理店の英国系商社のコーンズがそれぞれ激しい売り込みをかけます。当時の全日空はビッカーズ・バイカウントやフォッカーF27と言った欧州製のターボプロップ機を主力にしており、欧州製の旅客機に慣れている事や先進性からトライデントを推す声が大きかったようで、一方のボーイングは戦争中のB29の影響から当時の日本ではいいイメージはなかったようです。

しかし、最終的に全日空が選んだのはボーイング727でした。短い滑走路での離着陸性能が優れている事や、世界の主要航空会社がこぞって727を選択している事などが決め手になったようです。また、国内幹線での日本航空と全日空の競争過熱を懸念した運輸省からも「なるべく両社同一機種を採用するように」との指導があった事も選定に影響したようです。

ボーイングは727の受注をきっかけに日本市場で大きなシェアを握る事になりますが、もしトライデントが選定された場合は同一機種導入の観点から日航もトライデントを選定した可能性が高く、その後の日本の航空機シェアは違った形になっていたかもしれません。エアバスが日本市場に食い込むのも史実よりも容易だったかも?

シュド・カラベル

1958年に初就航したフランス製の小型ジェット旅客機で、開発期間短縮の為、機種や胴体の一部、操縦系を含む運行システムなどは前述のコメットから流用しています。生産機数は279機とエアバス以前の欧州製ジェット旅客機としては最も成功した部類であり、世界で初めて明確に利益を出した短距離用ジェット旅客機としても評価されています。

そんなカラベルですが、日本国内航空(JDA)が最初のジェット旅客機として導入を検討していましたが、結局JDAが導入したのはコンベア880とボーイング727でした。JDAがカラベルを導入しなかったのは緊急時の旅客酸素マスクが日本の保安基準に合わず、改修に時間がかかるため見送られたという説と、当時協力を仰いでいたJALがカラベルの導入に反対し、JALでも使用実績のあるコンベアで押し切られたという説がネット上ではありましたが、実際のところは定かではありません。

この他にも1960年代前半に国内線用ジェット旅客機の売り込み合戦時に真っ先に日本でデモフライトを行いましたが、この頃既に就航から5年経った設計の古い機種だった為、JALやANAはほとんど見向きもされませんでした。

アエロスパシアル・コンコルド

この機種については説明の必要はないでしょう。世界で初めて定期航空路線に就航した超音速旅客機であり、一時期は世界の航空会社の主流になると見られていましたが、収容力の小ささと燃費の悪さ、開発費の高騰や遅延などによる価格の高さや環境問題など問題が多く、結局納入されたのはエールフランスとブリティッシュエアウェイズの2社のみでした。

それでも開発当初はパンアメリカン航空やカンタスなどの世界のフラッグキャリアがこぞって発注しており、その中には日本航空の名前もありました。1965年に3機が仮発注され、当初は就航時の塗装デザインが2種類用意されたり、1/35の日本航空塗装のコンコルドの模型が展示用に作られるなど将来のフラッグシップとして期待されていましたが、前述の通り他の航空会社同様キャンセル。模型はその後交通博物館に寄贈されて展示され、現在はさいたま市の鉄道博物館2階のコレクションルームに保存されているそうです。

フォッカー100

ここから先はA300導入後の話になるのですが、その後も「購入未遂」となった欧州製ジェット旅客機は存在しました。フォッカー100はオランダのフォッカー社が開発した100席級のジェット旅客機で、1960年代に開発・就航したF28の発展型でもあります。

1990年代前半にエアーニッポン(ANK)がYS-11や737-200型の後継機選定を行った際、フォッカー100にも関心を示していたそうで、それを知ったフォッカーはデモ機にANKのロゴを入れた機体を用意してデモフライトをしようと準備していたそうですが、結局デモフライトを行う事はなく、ANKはボーイング737-500型を選択しました。

日本ではフォッカーの飛行機はF27フレンドシップやフォッカー50の導入例があるのでフォッカー100も導入の可能性はあったと思いますが、もし選定していたら導入後数年でフォッカー社が倒産し、大量調達は出来なかったかもしれません。その後のアフターフォローや中古機の調達でも制約があったと思いますし、この機種に関しては「選定されなくてよかった」と思います。万が一フォッカー100が選定されていたら今のANAの機材繰りが更に悲惨なものになっていたかも・・・

エアバスA340

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 A340に関しても詳しい説明は不要でしょう。エアバスが開発した長距離用ジェット旅客機で、双発化が進んでいたこの時代では珍しく4発機として開発されています。

日本では全日空が1990年に長距離国際線用として5機を発注していますが、最終的にはA321型7機に変更される形でキャンセルされてしまいました。発注当時のANAは欧州路線の拡大を目指して動いていた頃で、エアバス製の大型機を買う事で欧州での航空路線開設交渉を有利に進めたいという思惑がありました。しかしANAはその後ボーイング777のローンチカスタマーとなってワーキング・トゥギャザーに参加した事でA340への関心は薄れ、納入延期の後キャンセルとなってしまいました。

また、日本航空の方でもDC-10の後継としてA340が候補に挙がったことがありましたが、当時のJALはエアバスとの関係は皆無であり、長年に渡るマクドネル・ダグラスとの関係を重視してMD-11を発注したため日本の航空会社のA340は幻に終わってしまいました(最も、そのMD-11も日本では短命に終わり、先輩のDC-10よりも先に退役するという笑えないエピソードを作ってしまいましたが・・・)

 

以上、導入が検討されたり実際に発注されたものの、日本で導入されなかった欧州製ジェット旅客機をご紹介しました。こうして見ると結構惜しいところまでいった機種もあったり、結果的に選定されなくて良かった機種もあったりと千差万別ですね。

そんな欧州製ジェット旅客機も現在ではJALのA350やANAのA380、A320neo、LCCで多く使用されるA320など、日本でも多彩な「欧州製ジェット旅客機」が使用されています。それでもまだまだボーイング機の比率が大きい日本市場ではありますが、ボーイングとエアバスの複占と言う事を考えると、これからは「導入未遂に終わったジェット旅客機」というものはそうそう出てこないのかも知れません。こうしたエピソードも航空機メーカーが多かった時代だからこそでしょうね。

 

 

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内装から見るZIPAIRの方向性

12月18日、JAL(日本航空)が100%出資する中長距離国際線LCCのZIPAIRが787の初号機の機内をお披露目しました。上級クラスにあたる「ZIPフルフラット」が18席、エコノミークラスにあたる「スタンダード」が272席の合計290席と、JAL時代の1.5倍の座席数になります。

www.aviationwire.jp

 

特筆すべきは上級クラス。シート自体はジャムコ製のヘリンボーン式フルフラットシートで、KLMオランダ航空などと同じものだそうです。180度フルフラットで少なくとも座席の快適性はフルサービスキャリアと同等のようです。また、上級クラス、エコノミークラスとも黒と白を基調とした落ち着いたデザイン。ピーチやジェットスター、エアアジアなど、基本的にLCCはカジュアルなデザインで明るい色を基調とする会社が多いのですが、ZIPAIRはそれらのLCCとは一線を画しているのが内装のデザインからも伺えます。

一方のエコノミーのシートは横9列、シートピッチ31インチとJAL本体の横8列、シートピッチ34インチと比べるとかなり狭く感じますが、国内線用の787と同じサイズですので、取り立てて狭いという訳でもありません。31インチというシートピッチはスクートやエアアジアX、ジェットスターと言った中距離LCCとほぼ同じですし、JAL以外の航空会社は国際線でも787は横9列仕様。しかもANAの787-8はZIPAIRと同等の31インチですから、ある意味「ANAの787と同等のシートサイズ」とも言えますね(ANAの名誉の為に言いますが、同じ787でも-9型のシートピッチは34インチとJALの国際線と同等です)

その一方で機内モニターはエコノミーはもちろん、上級クラスでもなし。その代わりに機内WiFiを設置し、全席にタブレットホルダーやコンセント、充電用USB端子を設置し、手持ちのスマホやタブレットでインターネットや動画などを見られるようにしています。個人モニターを付けない事で0.5トンの軽量化に成功し、燃費効率が良くなるという効果もあるそうです。

 

そして、内装とは別に注目したいのは西田社長のコメント。ZIPAIRの成功に不可欠な要素として「定時性」を挙げ、「安全以外では一番優先度が高く、機材の稼働率向上に直結する」と、顧客満足度向上と機材稼働率向上による収益拡大を図るとしています。

機材稼働時間を伸ばして収益力を高めるのはLCCの常道と言えますが、その分機材運用に余裕がなくなり、一度遅れが出ると他の路線にも波及し、定時性は総じて悪くなりがちです。その為、消費者の間では「LCCは遅れるのが当たり前」という認識が強く、実際、国内線の定時運航率ランキングではピーチやジェットスタージャパン、バニラエアといったLCCは下位に沈んでいます。

www.aviationwire.jp

 

air.tabiris.com

 

「定時性向上」を掲げる社長に落ち着いた雰囲気の内装、FSCとそん色ないシート。これらから導き出されるZIPAIRの方向性は単なる価格重視で低コストなLCCではなく、必要なサービスを取捨選択し、価格を抑えつつも上質感を与えるコストパフォーマンス重視なLCC、どちらかというとMCC(ミドルコストキャリア)寄りのLCCなのではないでしょうか。中長距離路線だと明るい色よりも落ち着いた内装の方がリラックスできるでしょうし、価格重視だけどよくも悪くもノリの良い既存のLCCの雰囲気を敬遠する層もいると思われます。今後発表されるであろうサービス内容で方向性ははっきりすると思いますが、ひょっとしたらZIPAIRは既存のLCCとは異なるコンセプトやサービスを提供することで従来のLCCとは異なる客層を掘り起こそうとしているのかも知れません。今後のサービス発表に期待したいですね。

 

 

 

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ボーイングが意地でも737MAXを運航再開させたいワケ

12月15日、ウォールストリートジャーナルはボーイングが運航停止中の737MAXの生産停止か更なる縮小を検討していると報じました。今年3月の運航停止以降、ボーイングは737MAXの生産自体は継続しているものの、納入のメドが立たないため工場の駐車場や一時保管の空港に輸送して置いている始末。2度目の墜落事故後の対応や安全認証でボーイング同様強い非難を受けたFAA(アメリカ連邦航空局)が安全審査に慎重を期し、「20年まで運航を再開しない」と表明しており、運航停止命令の解除時期は全く見通せないためです。

 

jp.wsj.com

 

www.nikkei.com

 

そして12月16日、ボーイングは正式に2020年1月からの737MAXの清算一時停止を発表しました。今のところ従業員のレイオフ(一時帰休)は行う予定はなく、生産再開は早くても2月か3月になる、としています。しかし、それもFAAの運航停止命令のかいじょしだいになり、ボーイングの思惑通りになるかは不透明です。ただでさえ悪化しているボーイングの業績に更なるダメージを与えることは必至ですが、既に保管中の737MAXは400機に達しており、このまま納入の見通しが立たない飛行機を生産し続けるのも限界がありますので、ボーイングにとっては「止めるも地獄、作るも地獄」の最悪の状態と言えます。

www.aviationwire.jp

 

trafficnews.jp

 

737MAXについてはアメリカン航空が来年4月6日まで運航を取りやめると発表したばかりであり、既にサウスウエスト航空も運航取りやめ期間を来年3月5日まで延長しています。もはや737MAXの早期運航再開は当てにしていないようですし、顧客サイドも「737MAXには乗りたくない」という人が多く、運航再開後も当分は顧客から避けられそうです。

www.traicy.com

 

 ↓737MAX問題についてはこちらの記事もご参照ください。

www.meihokuriku-alps.com

www.meihokuriku-alps.com

www.meihokuriku-alps.com

 

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 さて、既にボーイングにとっては「厄介者」となっている737MAX。顧客からの信用もガタ落ちで、運航再開のメドが立っていない。しかし今のところボーイングには「737MAXの運航再開を諦める」という選択肢はなく、意地でも早期の運航再開にこぎつけようとしています。例えば生産ラインを閉じたばかりの737NGの生産を再開し、当座の需要に応えるという手も考えられそうですが、その素振りもありません。なぜボーイングはここまで737MAXの運航再開にこだわるのでしょうか?考察してみました。

 

理由1 「在庫」の機体が多すぎる

前述の通り、既に737MAXは生産されたものの納入の目処が立たない「在庫」の機体が400機以上あります。万が一運航再開が認められない場合、これらの在庫の機体は

帳簿上は「在庫」なので今のところ資産扱いですが、もし運航再開を諦めた場合、在庫の400機はいずれ航空会社に納入されて現金化される「資産」ではなく、二度と飛ぶことない鉄屑と言う「負債」に変わってしまいます。737MAXのカタログ価格は-8型で概ね百数十億円くらいですから、在庫の400機が売れない場合、ボーイングは4〜5兆円の売上が消え、在庫の737MAXの処分費用と減損処理がのしかかります。

ルフトハンザグループや中国南方航空の保有機数に匹敵する機体を処分するわけですから、兆単位の損失は免れないでしょう。これだけでもボーイングに737MAXの運航再開を諦めると言う選択肢はあり得ないのがお分かり頂けると思います。

 

理由2 737じゃないとダメな会社が多い

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ボーイング737は世界的に最も売れた旅客機であり、世界中で広く使用されています。アメリカのサウスウエストをはじめ、LCCを中心に737シリーズ一機種に絞る会社は多く、737の生産を終了して新機種を開発するとなると設備や乗員、オペレーションなどは一度リセットされてしまいます。

特に737シリーズを700機以上保有するサウスウエスト航空にとっては737の生産終了はビジネスモデルが根本から覆される死活問題であり、ボーイングにとっても737の終了と新機種開発は開発リスクの他にこれらの会社が他社に鞍替えするリスクも負うことになります。

実際、マクドネル・ダグラスの吸収時も旧ダグラス機、特に単通路機のMD-80、90シリーズを使用していた航空会社の半数以上は後継機に737ではなくA320シリーズを選択しました。737の使用歴が長いからといって新機種もそのまま買ってくれるとは限らず、これを機会にゼロベースで新機種選定を行う可能性の方が高いのではないでしょうか。

 

理由3 単通路機の市場が大きすぎる

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ボーイングの予測では今後20年間の需要予測は単通路機市場で3万1360機・3兆5000億ドル、双通路機市場で8070機・2兆5000億ドル。この数字をほぼボーイングとエアバスで分け合うと思って下さい。

このうち単通路機の市場は機数ベースで双通路機の3.9倍、金額ベースで1.4倍に達します。一年毎の平均だと年間1568機、1750億ドル。現実問題としてこの需要をエアバス一社で賄うのは不可能ですし、ボーイングとしても捨てていい数字ではありません。

短期的には737NGの生産再開で間に合わせられるでしょうが、他に単通路機のラインナップがない以上、737MAXを何としても運航再開させないといずれ世界の航空業界に大きな影響を与えてしまいます。そうでなくとも737NGは20年前に就航した機種であり、A320neoとの競争力の差は明らか。ボーイングとしてはエアバスとの対抗上、古い737NGよりは737MAXで戦いたいでしょう。

 

理由4 737MAXに代わる機体の開発に時間がかかり過ぎる

仮に737MAXを諦めたとしてもそれに代わる機体の開発には時間がかかり過ぎ、すぐには需要に対応できません。新型機を開発するにしても、その時間を稼ぐ為には737MAXを運航再開して新機種就航までの繋ぎにする必要があります。

現在ボーイングでは777Xの開発が進行中ですが、試験中の貨物ドア破損などで計画通りに納入されるかは不透明です。また、新たな中型旅客機として「ボーイング797(仮)」の計画がありますが、777Xや737MAXの問題もあってそれどころではないのが実情です。仮に新機種開発となると797計画を737の後継用単通路機に転用するのが一番現実的ですが、着手できるのは777Xや737MAXの問題を片付けてからでしょう。最低でも5〜6年の歳月が必要になりますので、その間を737NGの生産再開で繋ぐのか、737MAXを運航再開させて繋ぐかする必要があります。

 

 

以上、ボーイングが意地でも737MAXの運航再開をしなければいけない理由を考察しました。まあ、再開させないとボーイングは致命的なダメージを受ける事は何となく想像できると思いますが、こうして検証してみるとやはりボーイングはおろか航空業界全体に大きな影響を与えてしまうのが改めて分かりますね。

だからと言って安全性が保障されないのに運航再開させる訳には行きませんし、無理に再開させて3度目の墜落事故が起こってしまったらそれこそ737MAXはおろかボーイング自体が終わってしまいます。まずは安全性を実証した上で運航再開して欲しいなと思いますし、万が一運航再開が不可能な場合に備え、737NGの生産再開や新機種開発の検討をして欲しいですね。

 

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