4月に就航する予定も新型コロナウイルスの影響で就航延期に追い込まれていた日本航空系の中長距離LCC、ZIPAIRは5月21日、6月3日より貨物専用便として成田ーバンコク・スワンナプーム線を開設すると発表しました。週4往復の運航で機材は旅客便に使用する予定だったボーイング787をそのまま使用、客室には貨物は積まず、床下貨物スペースのみ使用する予定で貨物搭載量も飛行距離や燃料の重さを考慮して、最大搭載量の半分弱の20トン程度に抑える予定です。
日本ータイの航空路線は他国の例にもれず、新型コロナウイルスの感染拡大により旅客需要が激減して減便・運休が相次いでいますが、逆に供給不足になって悲鳴を上げているのが航空貨物。と言うのも旅客便でも大型機だと大抵客席の下に貨物搭載スペースを設けており、旅客便でありながら貨物需要の一部も賄っていたのですが、その旅客便がごっそりなくなったことで床下貨物の供給量も消え、航空貨物が供給量不足になった締まったようです。ZIPAIRの貨物路線参入はやむにやまれぬ苦肉の策ではあるのですが、実は航空貨物自体がひっ迫しているという事情もあったのですね。
旅客便の貨物スペースと言うと空きスペースの有効活用程度に考える方も多いと思いますが、実は大型旅客機の貨物搭載量はバカにできないんです。例えば777-300ERだと最大約72.5トン、787-8だと最大約44.6トンの貨物を搭載する事が可能です(実際は旅客数や航続距離などの関係でかなり抑えた数値になると思いますが)一方の貨物専用機は777Fが最大102トン、767-300Fが最大58トンなので、777-300ERは767-300F以上の貨物搭載量を誇り、787も767貨物型には及ばずともそれなりに貨物を搭載できることが分かります。
JALの貨物事業が専用機を一切持たないにも関わらず1000億円近い売り上げを誇っている事や、かつては羽田ー佐賀や羽田ー那覇などでANAが旅客用の飛行機で貨物専用便を飛ばしていた事からも分かるように、旅客を乗せず、航続距離にも目を瞑れば旅客用の機材でも十分貨物専用機として使用できることがお分かり頂けるのではないでしょうか?
さて、苦肉の策として感が強いZIPAIRの航空貨物参入ですが、私はこの経験が意外と将来旅客便の運航を開始した時にも生きるのではないかと思っています。と言うのも近年LCCでも床下貨物スペースを活用した航空貨物事業に参入する動きが出ており、将来的には貨物分野でもLCCが存在感を高める可能性がある事、また、LCCにとって鬼門とされている中長距離路線の分野で航空貨物は収益性向上の切り札になる可能性を秘めていると考えるからです。
例えばアジアのLCC王者、エアアジアグループ。数年前から航空貨物に参入しているようで、現在では物流部門は「テレポート」というブランドで展開しています。4月16日にはブロックチェーン技術を使った貨物予約プラットフォームを発表しており、いつの間にか単なる格安航空会社から貨物も含めた総合物流企業への脱皮を図っているようです。そう考えると日本路線やエアアジアジャパンに固執しているのも案外物流狙いの一面もあるのかも・・・?
また、JALとカンタスとの合弁のジェットスタージャパンは2013年から既にエアロジスティクスジャパンとの提携と言う形で航空貨物事業に参入しており、ピーチもバニラエアとの統合後に貨物事業への参入を検討するとしています。エアアジアもジェットスターもピーチもコンテナ搭載が可能なA320型を主力機にしており、貨物事業参入のハードルは案外高くありません。LCCと言うと格安運賃やレガシーキャリアにはない独自のサービス、派手なブランドコンセプトが目立ちますが、意外と貨物需要を狙っている会社は少なくありません。LCCと言うとどうしてもレガシーに比べて定時性が良くないというイメージが強く、実際ギリギリの運航計画なので遅れが出ると他の路線にも波及するリスクを抱えて飛んでいますが、それを逆手にとって遅延リスクがある代わりに大手よりも安い運賃で勝負を挑むという手もあります。LCCは航空貨物業界にとって「ダークホース」となり得る可能性を秘めていると思います。
翻ってZIPAIRの場合はどうでしょうか?こちらの記事によると当初の事業計画の段階で「旅客+貨物」での収入を想定していたようですので、航空貨物事業はZIPAIRも考えていたと思います。貨物もある程度載せられる787を使用するのですから、折角の床下スペースを遊ばせておくのは勿体ないですし、妥当な所だと思います。
中長距離路線を飛ばすフルサービスキャリアは旅客だけでなく貨物でも収益を得ていますし、旅客にしても収益の柱はビジネスやファーストと言った高単価客。エコノミーは時期や路線、中間席など売れ残りやすい座席を中心に格安で販売して値ごろ感の演出や空席解消、ライバルとの価格競争に使用している感があります。中長距離路線でLCCが根付かないのも短距離で機材の回転率を上げ、空港でのターンアラウンド時間を短縮することでコストを下げるLCCのビジネスモデルが通用しないことに加え、貨物や上級クラスの収益で稼ぐレガシーキャリアに対抗できる収益構造を構築できないのも一員なのではないでしょうか?
その点ZIPAIRは航空貨物の設備やノウハウを親会社のJALから提供してもらえるという強みがあります。更にZIPAIRは定時性向上など運航品質を重視していますので、レガシーキャリアとそん色ない定時性を確保できれば「LCCだけど時間通りに着く」と荷主の信用を得ることができ、航空貨物の取り扱い増加につながるのではないでしょうか?ZIPAIRが参入を目指している路線のうちバンコクとソウルは精密機械や機械部品と言った航空貨物が有利な分野の貨物需要が見込めますし、ホノルル線もハワイの立地上航空貨物が重要になる上に農産物需要も見込めます。将来的な就航を目指しているアメリカ西海岸もシリコンバレーを始めとしたIT産業が盛んな地域なので、こちらも精密機械などの航空貨物需要が見込めます。そう考えるとZIPAIRの路線は案外貨物需要も見越して計画されているのかも知れませんね。
新型コロナウイルスの感染拡大は就航直前だったZIPAIRにとっては出鼻をくじかれた格好になりましたし、貨物専用便でのスタートは本意ではなかったと思います。しかし、航空貨物というLCCにとっては未知の分野で経験を積むことは貨物事業も視野に入れていたZIPAIRには大きな財産になると思いますし、将来にも生きてくるのではないかと思います。「人間万事塞翁が馬」「災い転じて福となす」ということわざもありますし、貨物専用便をきっかけにZIPAIRが「旅客でも貨物でも稼げるLCC」となって中長距離LCCは成功しないというジンクスを覆してくれればいいなあ・・・