〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

寝台特急復活の可能性を真剣に考えてみた

新型コロナウイルスの影響で無期限延期になってしまいましたが、JR西日本が新たに投入する予定だった新たな特急用車両「WEST EXPRESS 銀河」。

既存の117系近郊型電車を特急用に改造したもので、夜行列車にも投入できるように横になれる座席を設置し、臨時の夜行列車にも投入するダイヤを組んだことで一躍話題を集めました。

www.jr-odekake.net

 

車内は1号車がグリーン指定席「ファーストシート」、6号車がグリーン個室「プレミアルーム」とフリースペース、2号車と5号車が普通車指定席「ノビノビ座席」、4号車が普通指定コンパートメントとフリースペース、3号車がフリースペースとなります。フリースペースの部分が多く、編成当たりの定員も90名程度とかなり余裕のある設計です。料金的に普通車は現行の特急料金をそのまま適用、グリーン車も一般席は現行料金適用、個室は新設のグリーン個室料金が適用されますが、スペースの広さを考えると寝台料金なしで横になれるのはかなりの乗り得列車です。今後のJR西日本のプロモーション次第ですが、定員の少なさも考えると、運行開始後は予約が殺到してプラチナチケット化するのではないでしょうか?

trafficnews.jp

 

しかし、日本では夜行列車自体が定期では「サンライズ出雲・瀬戸」の1往復のみであり、臨時でも全車座席車の「ムーンライトながら」など数えるほどしかありません。ツアー形式で料金も高額なクルーズトレインを除けば日本の夜行列車、特に寝台特急は風前の灯火です。

「WEST EXPRESS 銀河」にしても製造から40年近い117系近郊型電車の改造であり、どちらかというと今後の夜行列車設定の可能性や新たなサービスの在り方を図る「お試し車両」的な要素の強いもの。仮にこの試みが上手くいかなかったとしても、とっくに減価償却の終わった老朽車両ですから廃車してしまえばいいので、営業上のリスクも新車を投入するよりは低いですし、無理に毎日動かす必要もないから実験的な試みを行うことも可能、というわけです。

 

鉄道ファンの間では度々「夜行列車復活論」が起こりますが、実際のところ、寝台特急復活の可能性はどのくらいあるのでしょうか?また、仮に復活するとすれば採算がとれる列車はあるのでしょうか?素人考えながら考察してみました。

 

・日本では絶滅寸前の「寝台特急」

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寝台特急復活の可能性を考える前に、日本での寝台特急衰退の歴史と、衰退した理由を考える必要があります。

鉄道がほぼ唯一の長距離移動手段であり、航空機が高嶺の花だった1950~60年代は夜行列車は特急・急行はもちろん普通列車でも多数設定されていました。当時は国の政策で国鉄の運賃が物価よりも低く抑えられていたこともあり、寝ながら長距離を移動できる夜行列車はある意味最速の移動手段と言えました。特に寝台特急は当時としては高品質な設備・内装で「走るホテル」とも言われ、人気の移動手段でした。昼夜両方走れる583系電車が出現したのも、当時の夜行列車需要が旺盛だったことの証明となるのではないでしょうか?

 

しかし、70年代半ば以降は国鉄の急激な運賃値上げや、航空機の台頭や新幹線の延伸開業による高速化で夜行列車は衰退の一途を辿ります。寝台車両の新製も1970年代半ばの24系客車で途絶え、1980年代には大量に余剰となった583系電車が近郊型化改造され、同じ時期に夜行普通列車がほぼ全滅するなど、夜行列車や寝台特急は一気にその数を減らしました。

 

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JR化後も寝台特急には大きな投資もされる事がなく、衰退の一途をたどっていきます。例外として青函トンネル開通を機に設定された北海道行き寝台特急「北斗星」「トワイライトエクスプレス」が豪華さを売りにして人気を集めましたが、そのほかの列車は一部の列車で個室車両や座席車が設置されたほかはほぼ国鉄時代のまま。特に東京~九州間の寝台特急は航空機に対して完全に競争力を失ったからかほとんどテコ入れもなく、食堂車や売店といったサービスも徐々に削られて惰性で走らせているという状態が長年続きます。そして21世紀に入ると利用率低迷と使用車両の老朽化を理由に次々と廃止され、2009年3月の「富士」「はやぶさ」廃止で九州方面への寝台特急は消滅しました。

その後も寝台特急の削減は続き、2010年3月に「北陸」が、2012年3月に「日本海」が廃止され、2014年3月には従来型の客車寝台特急最後の生き残りだった上野~青森間の「あけぼの」も廃止。そして2015年3月、人気のあった「北斗星」「トワイライトエクスプレス」も車両の老朽化と北海道新幹線開業に伴う青函トンネルの電圧変更を理由に廃止され、翌2016年3月には同じ理由で青森~札幌間の夜行急行「はまなす」も廃止。これでJRグループから定期の客車寝台列車は消滅し、残るは前述の「サンライズ出雲・瀬戸」のみとなりました。

 

・寝台特急が衰退した理由

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こうして、日本では絶滅寸前となった寝台特急ですが、夜行での移動需要自体がなくなったわけではありません。現在でも日本中に夜行高速バスが設定されており、夜行移動の主力は鉄道より安価で少人数でも採算が取れ、きめ細やかなルート設定が可能な高速バスにシフトしています。JR化後しばらくは寝台特急も個室を設定したり、高速バスとの対抗上座席車を設定したりと一応のテコ入れはしましたが、結局は根本的な解決にはならず衰退に歯止めをかけることはできませんでした。

 

なぜ、寝台特急は衰退してしまったのでしょうか?先に挙げた航空機の発達や夜行高速バスの台頭、新幹線による鉄道自身の高速化や、格安ビジネスホテルの充実など、外的要因はいくらでも挙げられます。しかし、ヨーロッパでは高速バスやLCCに押されてはいるものの寝台列車はいまだに多く運行されていますから、やり方次第ではテコ入れの余地はあったのではないかと思います。寝台特急が衰退した日本独自の理由としては以下のことが挙げられます。

 

①設備・サービスの陳腐化による商品力低下

 前述のとおり、JR化以後は北海道方面の列車とサンライズエクスプレスを除いた寝台特急は大きな投資はされずに運行され続けました。JR発足後は新幹線や大都市圏の通勤路線、駅ビルなど大規模投資が必要な案件がいくらでもあり、長期低落傾向にある寝台特急には思い切った投資ができないという事情はあったと思います。

 

しかし、結果的には消極的な現状維持がさらなる寝台特急の客離れを招いたことは否めず、時がたつにつれ設備やサービスの陳腐化が進むと、ビジネスホテル並みの寝台料金は割高感が目立つようになります。それでも90年代は「日本海」や「あけぼの」など北行きの列車を中心に利用率の高い列車がまだ残っていましたし、「サンライズ」や「カシオペア」の新車投入など寝台特急テコ入れの動きがあった頃でした。もしこの時に利用率の高い列車に「サンライズ」と同様の車両を投入してテコ入れしていれば、比較的利用率の高かった「あけぼの」「日本海」は残せたのではないかと思ってしまいます。

 

②個室化・電車化の遅れ

「サンライズ」が今でも人気を保ってる理由の一つに「個室の充実」が挙げられます。普通車指定席扱いの「ノビノビ座席」を除けば全て個室であり、プライベートが保たれる個室主体の客室サービスであったことが「サンライズ」を生き永らえさせているのではないかと思います。実際、かつてはいわゆる雑魚寝が一般的だった長距離フェリーも新造船は個室や半個室の割合が多くなっていますし、高速バスでも半個室化や、独立式のシートやカーテンによる仕切りなどでプライベート空間をできるだけ確保する車両が人気を集めています。ヨーロッパの寝台列車もすでに個室が主流です。

これに対して比較的利用率がよかった「あけぼの」「日本海」は国鉄時代のままの開放式寝台が主体でした。「あけぼの」は10両中7両が開放式寝台か普通車扱いの「ゴロンとシート」、日本海に至ってはほとんどの車両が開放式寝台で末期の車両は全車開放式という個室化の流れに逆行する列車でした。

 

先ほどの項目でも触れましたが、もしこの時に285系電車を投入してテコ入れをして、個室主体の列車に衣替えしていれば・・・と思ったのですが、よく考えたらこれらの列車は直流区間と交流区間が混在しており、直流電車の285系はそのまま入れられませんでしたね。それに、当時の「日本海」や「あけぼの」は修学旅行などの団体利用も多かったため、個室化には踏み切りにくかった事情も考慮する必要があります。

 

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また、寝台列車の多くが従来型の機関車けん引の客車列車なのも衰退の原因です。旅客と貨物の経営が同一だった国鉄時代なら機関車や人員の融通は比較的容易でしたが、国鉄分割民営化で旅客会社と貨物会社が別になった事で、旅客会社はほぼ1日数本しかない寝台特急の為だけに余計に機関車を用意し、乗務員も機関車用に別に配置する必要が出てきます。大多数が電車もしくは気動車という車両構成の旅客会社には負担が大きいことは明白であり、それなら廃車のタイミングが来た時点で辞めてしまえ、と考えるのは自然な事でしょう。「サンライズ」も運行面ではJR4社を跨ぐ為複雑化していますが、それでも今も運転されているのは、人員の融通がしやすく整備管理もしやすい「電車」だった事が幸いしているのではないでしょうか?

 

③分割民営化による運行複雑化とJRグループ間の温度差

国鉄時代と違って複数のJR旅客会社をまたいで運行される寝台特急はJR各社間の調整が難しいという問題がありました。車両を新製するにしてもどのJR会社が作り、保有するのか。車両の新製費用や車両使用料はどうするか、そもそも寝台特急用の車両を新製する必要があるほど採算性はあるのか、と言った問題があり、その調整を考えると積極的に寝台列車の問題を取り上げることをできなかったのではないかと思います。

また、JR各社間でも寝台特急の存続には温度差があったように思います。「サンライズ」によるテコ入れに積極的だったのはJR西日本で、個室中心の新型車両で付加価値をつけ、高単価のビジネス客を取り込むのが狙いでした。「サンライズ」用の車両はJR東海との共同開発という形をとりましたが、JR東海の場合は収益増の他に「自社管内で運用する客車列車の削減」も大きな目的でしたので、夜行列車自体はともかく、客車けん引の車両には否定的なスタンスでした。

 

一方、JR九州は寝台特急の存続には消極的だったように思います。管内の特急列車を博多駅を中心とした体系に作り替え、新幹線からの乗り換え客や九州内の都市間移動をターゲットにしていたJR九州にとっては、ほかのJRとの調整に手間がかかり、車両運用的にも効率の悪い寝台特急は手間のかかる割に収益には貢献しない「お荷物」だったのではないかと思います。また、収入面でも自社管内の走行割合が少なく、それでいて車両使用料相殺の為に寝台車両を保有・管理しなければならないとなると、積極的に残そうとしなかったのも無理はなかったのではないでしょうか?

 

・寝台特急復活の為の条件

以上の事から寝台特急の復活は容易ではなく、仮に復活させるとなると、以下の条件が必須になると思います。

 

①車両は電車タイプ

②個室主体

③走行時間9時間〜12時間程度

④極力新幹線が通らない地域を目的地にする

⑤直通する会社は多くても3〜4社まで

 

この条件、見る人が見れば分かると思いますが、ほぼ「サンライズ出雲・瀬戸」と同じなんです。唯一生き残っている寝台特急だからと言うのもあるのですが、フェリーやバスも含めた夜行需要で生き残っているのが「新幹線や飛行機の最終よりも遅く出発し、始発よりも早く到着する」と言うものが多いからです。

それより長いと夜行を選ぶメリットは薄れますし、逆に5〜6時間程度だと深夜発、早朝着になって車内で休めず「それなら前泊するか朝一で出た方がマシ」となりますので、寝台列車に勝ち目があるとすれば十分な睡眠時間が取れ、かつ新幹線や飛行機に対して優位性を保てる9〜12時間程度の区間となるわけです。

 

・寝台特急の需要があるとすればこのルート

では、具体的に寝台特急を走らせるとして採算が取れる可能性があるのはどのルートでしょうか?

 

①東京〜酒田経由青森

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このルートは最後の方まで残っていた「あけぼの」と同じルートであり、比較的乗車率が高かった事や山形県庄内地方や秋田県北部といった航空路線も余りなく新幹線もない地域を通る為、テコ入れの余地は十分見込めると思われます。また、JR東日本区間のみを走るので他社との調整が不要な事、東能代で「リゾートしらかみ」に接続するなど観光面でも需要が見込める為、個室主体で復活すれば結構いい線行くのではないでしょうか?

 

②東京〜京都又は新大阪経由城崎温泉

①のルートに比べると需要がなさそうに見えますが、このルートを通る京都府丹波・丹後地区や兵庫県但馬地方は新幹線の駅からも遠く、地域内に唯一ある但馬空港も東京直行便がないなど、実は対東京で見れば不便な地域。それでいて小規模ながら都市は点在していますし、沿線には天橋立や城崎温泉などの観光地が点在しています。電化区間の関係上、乗り入れ可能なのは城崎温泉までですが、テコ入れ次第では需要開拓の余地はあるのではないでしょうか?

 

③東京〜新大阪〜白浜

南紀方面も対東京で見れば直通の交通手段が少なく、観光資源が豊富な地域ですので、テコ入れ次第では需要開拓の余地があると思いますし、関西国際空港に近い日根野に停めれば空港アクセス需要も見込めます。

「え?羽田や成田があるしわざわざ便数のない関空に行くか?」と思われるかも知れません。確かに一昔前ならわざわざ夜行で関空まで行って飛行機には乗らないと思いますが、今はLCCが席巻し、インバウンド需要が伸びまくっていますので、成田IN→関空OUT(あるいはその逆)の外国人観光客やピーチなどのLCC利用者が利用する余地はあると思います。寝台特急走らせたらピーチさんコラボしたりしないですかね?

 

④広島〜成田空港

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空港アクセス需要絡みでもう一ルート思いつきました。東京〜広島間は以前「サンライズゆめ」と言う臨時列車が多客期に運行されていましたが、2008年を最後に運行されなくなりました。新幹線とルートがもろ被りで競合交通機関に敗れてしまったのだと思いますが、これを「夜行空港アクセス特急」の性格も持たせて再生させるのはどうでしょうか?

羽田空港の再国際化で地方からの国際線乗り継ぎはかなり改善されましたが、成田や関空発着が主体のLCCとなると話は別。地方からLCCを使うとなると成田や関空への便数は少なく羽田空港や東京駅からの乗り換えが必要になりますし、時間帯によっては空港周辺での前後泊が必要になるので結構不便です。そうでなくとも成田からしか出てない国際線はまだまだ多いですし、地方から成田空港へのツアーバスが少なからず設定されている事からも成田空港へのアクセス需要は十分見込めると思います。

 

そこで地方から寝ている間に移動でき、朝になったら空港に着いている夜行列車が有れば楽だと思いませんか?大荷物を抱えて乗り換えをする必要もなく、定時性も高いので飛行機に乗り遅れるリスクも少ない。夜に出発するから仕事を終えた後に出発でき、時間も有効に使えますし個室でゆっくり寝られますから体力的にもバッチリ。

成田空港に7時台に到着するダイヤを組めば欧米や東南アジア方面へのフライトに接続できますし、逆算すれば東京へは6時過ぎに到着しますので広島〜首都圏への都市間需要もギリギリカバーできます。更に品川にも停車させれば羽田空港からの国際線乗り継ぎも可能になるので、結構いけるのではないでしょうか?

ただ、飛行機の乗り継ぎと言う性格上、通常の列車以上に定時性が求められます。ネックがあるとすれば首都圏での遅延リスクでしょうね。

 

⑤大阪〜青森

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この区間も比較的最後の方まで残り、比較的利用率が高かった「日本海」と同じルートですが、他の区間と違うのは「途中に第三セクター区間が含まれる」事。既に金沢〜直江津間は各県ごとに3セク三社に分離されている上に、2023年の北陸新幹線敦賀延伸では更に福井県を管轄とする会社にも分離されます。この区間に寝台特急を走らせるとなるとJR東日本と西日本に加えこれらの三セク4社とも調整が必要になる為、需要面ではともかく、調整面で実現の可能性は薄そうですね・・・

 

・寝台特急復活の可能性は「持続可能なビジネスとして成り立つかどうか」

と言うわけで寝台特急復活の可能性がありそうなルートを挙げてみましたが、需要面から考えて首都圏か関西圏を発着しないと集客は見込めないので、自ずとルートは限られてしまいます。「寝台特急が競争力を保てるルート」は残念ながらそう多くはありません。

また、ビジネスとして成立させる必要があるので「綿密な需要予測」「魅力的なサービス」「旅客ニーズに合致したダイヤ設定」「寝台特急を認知し、利用してもらう為のマーケティング」が必要なのは言うまでもありませんし、設備面でも「サンライズと同等かそれ以上」のサービスが求められるでしょう。寝台特急の復活はかつてのサービスの焼き直しではなく「ゼロベースで新しい価値観を生み出す」位の勢いでやらないと上手くいかないと思います。

 

それでも「サンライズ」が走っている今ならまだ夜行列車運行のノウハウは残っていますし、「サンライズ」の事例をベンチマークにして新たなコンセプトの寝台特急を生み出せる余地は残っていると思います。夜行需要を一手に担ってきた高速バスが慢性的な運転手不足に苦しむ中、新たな夜行需要の受け皿として「新たなコンセプトの寝台特急」を開発するチャンスは今を置いて他にないのではないでしょうか?折しも新型コロナウイルスで県境をまたいだ移動が制限されている今、パーソナルスペースの確保が可能な個室型寝台特急は検討に値すると思います。実現までには様々なハードルが予想されますが、だからこそ効率化一辺倒ではない、新しい時代の「寝台特急」を生み出すきっかけになって欲しいですね。

 

 

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