羽田空港に到着後は少し撮影して昼食を取り、川崎市に移動しました。最初の目的地は東急田園都市線宮崎台駅にある「電車とバスの博物館」です。
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ここは東急の車両やバスが展示されている、いわゆる「企業博物館」ですが、館内は家族連れが多く、展示物もバスや鉄道の仕組みや仕事体験といった子供向けの展示に重点が置かれており、学術研究や貴重な鉄道資産の保存施設と言うよりはテーマパーク的要素が大きいです。
とは言え、車両は元玉電のデハ200形など貴重なものが展示されており、それなりに展示は楽しめます。しかし今日のお目当てはこれらの両ではありません。本館(A棟)とは別の建物(B棟)の奥にひっそりと保存されているJASの名残です。
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B棟は「キッズワールド」として子供向けシミュレーターやプラレールパークが設けられており、A棟以上に家族連れで賑わっています。かなりの場違い感を感じつつ奥に向かうと、「JASの残滓」が見えてきました。
元東亜国内航空のYS-11、JA8662「なると」です。
この機体は1966年5月に日本国内航空に納入され、その後東亜航空との合併を経てTDAの国内線で20年以上運用され続けました。何事もなければそのまま日本エアシステムの社名変更を迎え、やがてひっそりと退役したと思いますが、1988年1月10日の米子空港オーバーラン事故でその運命は大きく狂いました。
事故によって機体は中海に突っ込んでしまい、事故調査の後1989年2月に登録抹消、現地で解体されてしまいました。事故当時の写真を見る限りだと修復できそうな気もしますが、既に就航から20年以上経っていましたし、地方空港のジェット化でいずれYSは余剰となる事が予想されましたから、修復しても長く飛ぶことはないと判断されたのでしょう。
しかし、機首部分だけはこの「電車とバスの博物館」に移設され、シミュレーターとして第二の人生(機生?)を歩む事になり、結果的にはTDA時代の「レッド&グリーン」の塗装で残る国内最後の機体となりました。果たして「なると」にとっては幸せだったのかどうか・・・
機内にはシミュレーターだった頃の名残がいくつかあります。待合室代わりだったのか?当時使われていたと思われる座席が設置されています。また、壁にはJDA時代の塗装のYSのイラストが掲示されていますが、説明文をよく見ると2006年のYS退役まで言及されていますし、その横には明らかに切り貼りされたTDA時代からのロゴとJASの社名が。一から作ることができなかったから無理矢理切り貼りしたのかなと、変なところで涙ぐましい努力を感じてしまいました。
コクピットはシミュレーター用にモニターが後付けされていますか、それなりに当時の雰囲気は維持されています。シミュレーターとしては2016年に運用を終えており、現在は単なる展示物の一つになっているようです。
そして外に出て改めて機体を見てみると、左横に見たことあるような機体が・・・
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みんな大好きDC-10(JAS仕様)
私の動画でも取り上げた事のある、JASが2機だけ購入したDC-10の1/25モデルプレーンです。以前は博物館のエントランス部分に鎮座していたのですが、博物館のリニューアルに伴い、2014年頃からこの場所に置かれているようです。どこかのブログで見た気がするのですが、このDC-10は最初から博物館の展示用だった訳ではなく、JASのどこかの支店に飾られていたのを引き取ったとかなんとか。詳細ご存知の方がいたら教えて下さい。
以前はJASの特集コーナーがあったそうですが、リニューアルで撤去されてしまったようです。一度見て見たかったですね・・・
現在、電車とバスの博物館に残るJAS関係の展示はこの2点だけです。以前のDC-10の扱いやJASコーナーが消えたことを考えると、東急内でのJASの記憶は薄れてきているのかなと感じてしまいます。JALとの統合でJASの名前が消えてはや15年、JASの名前を聞いたことがあってもJASが東急グループだった事を知らない人も多いのではないでしょうか。
それだけに、今電車とバスの博物館に残っているJA8662の機首とDC-10の模型は「東急グループに日本エアシステムと言う航空会社が存在した」と言う生き証人と言えます。展示スペース的に傍に追いやられた感はありますが、1日も長く展示されて欲しいですね。
ここの滞在は30分程度で切り上げ、次の目的地に移動しました。
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