〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

日本の航空会社が買ったかも知れなかった「欧州製ジェット旅客機」

随分間が空いてしまいましたが、先日「東急の空への夢」第6話を投稿しました。今回はTDAのエアバス導入に関わる話になります。まだご覧になってない方は是非ご覧下さい。


迷航空会社列伝「東急の空への夢」 第6話・欧州から来た夢の大型機

 

 

さて、動画内ではTDAの大型機選定はA300に軍配が上がり、日本初の欧州製ジェット旅客機として大きな注目を集めました。しかし、A300以前にも欧州製ジェット旅客機が導入の候補に上がったり、実際に発注までされたケースがなかったわけではありません。今回はひょっとしたら日本の航空会社が買ったかもしれなかった欧州製ジェット旅客機をご紹介します。

 

デハビランド・コメット

言うまでもなく世界初のジェット旅客機であり、就航当初はプロペラ機とは段違いの速さと快適性で人気を博し、世界中の航空会社から発注されていました。その中には日本航空の名前もあり、エンジン増強型のMr.Ⅱが発注されていたようです。

しかし、コメットは就航から2年足らずで2度の空中分解事故を起こしてしまいます。イギリスの威信をかけた徹底的な事故調査の結果、高高度での加減圧を繰り返したことによる金属疲労が進み、想定よりも早く亀裂が発生して広がり、空中分解に至ったと結論が出ました。しかし、この事故を受けて日本航空を含めたコメットの受注はすべてキャンセルされ、世界初のジェット旅客機は一時姿を消してしまいます。その後、金属疲労対策を行った改良型が開発されましたが、その頃には既にボーイング707やダグラスDC-8が開発され、航空会社の関心はそちらに移ってしまい、商業的には失敗に終わってしまいました。最終的に日本航空が選択したのはDC-8。もしコメットの事故がなければ、日本初のジェット旅客機はイギリス製になっていたはずでした。

ホーカーシドレー・トライデント

トライデントは前述のコメットを開発したデ・ハビランド社が欧州域内用のジェット旅客機として開発したもので、その後デ・ハビランド社がコメットの事故の影響から立ち直れずに1959年にホーカーシドレー社に買収されて発売されたという経緯があります。ボーイング727同様の3発ジェット機ではありますが、ローンチカスタマーとなったBEA(英国欧州航空)が当初デハビランド社が計画していたサイズでは大きすぎるとして小型化を要求し、やむなくデハビランド側が折れて小型の機体として開発されますが、皮肉にも商業的に成功したのは当初デハビランドが計画していたサイズで開発されたボーイング727でした。トライデントは117機しか製造されず、商業的には失敗に終わりました。

そんなトライデントでしたが、全日空が初のジェット旅客機の選定時に最終候補まで残ったことがあります。当初の候補はボーイング727、シュド・カラベル、BAC1-11、トライデントの4機種でしたが、カラベルは設計の古さから早々に脱落、BAC1-11も調査団派遣後の審査段階で脱落し、最後まで残ったのが727とトライデントでした。両機種ともデモフライト機を来日させて招待飛行を行い、ボーイングの代理店と日商とホーカーシドレーの代理店の英国系商社のコーンズがそれぞれ激しい売り込みをかけます。当時の全日空はビッカーズ・バイカウントやフォッカーF27と言った欧州製のターボプロップ機を主力にしており、欧州製の旅客機に慣れている事や先進性からトライデントを推す声が大きかったようで、一方のボーイングは戦争中のB29の影響から当時の日本ではいいイメージはなかったようです。

しかし、最終的に全日空が選んだのはボーイング727でした。短い滑走路での離着陸性能が優れている事や、世界の主要航空会社がこぞって727を選択している事などが決め手になったようです。また、国内幹線での日本航空と全日空の競争過熱を懸念した運輸省からも「なるべく両社同一機種を採用するように」との指導があった事も選定に影響したようです。

ボーイングは727の受注をきっかけに日本市場で大きなシェアを握る事になりますが、もしトライデントが選定された場合は同一機種導入の観点から日航もトライデントを選定した可能性が高く、その後の日本の航空機シェアは違った形になっていたかもしれません。エアバスが日本市場に食い込むのも史実よりも容易だったかも?

シュド・カラベル

1958年に初就航したフランス製の小型ジェット旅客機で、開発期間短縮の為、機種や胴体の一部、操縦系を含む運行システムなどは前述のコメットから流用しています。生産機数は279機とエアバス以前の欧州製ジェット旅客機としては最も成功した部類であり、世界で初めて明確に利益を出した短距離用ジェット旅客機としても評価されています。

そんなカラベルですが、日本国内航空(JDA)が最初のジェット旅客機として導入を検討していましたが、結局JDAが導入したのはコンベア880とボーイング727でした。JDAがカラベルを導入しなかったのは緊急時の旅客酸素マスクが日本の保安基準に合わず、改修に時間がかかるため見送られたという説と、当時協力を仰いでいたJALがカラベルの導入に反対し、JALでも使用実績のあるコンベアで押し切られたという説がネット上ではありましたが、実際のところは定かではありません。

この他にも1960年代前半に国内線用ジェット旅客機の売り込み合戦時に真っ先に日本でデモフライトを行いましたが、この頃既に就航から5年経った設計の古い機種だった為、JALやANAはほとんど見向きもされませんでした。

アエロスパシアル・コンコルド

この機種については説明の必要はないでしょう。世界で初めて定期航空路線に就航した超音速旅客機であり、一時期は世界の航空会社の主流になると見られていましたが、収容力の小ささと燃費の悪さ、開発費の高騰や遅延などによる価格の高さや環境問題など問題が多く、結局納入されたのはエールフランスとブリティッシュエアウェイズの2社のみでした。

それでも開発当初はパンアメリカン航空やカンタスなどの世界のフラッグキャリアがこぞって発注しており、その中には日本航空の名前もありました。1965年に3機が仮発注され、当初は就航時の塗装デザインが2種類用意されたり、1/35の日本航空塗装のコンコルドの模型が展示用に作られるなど将来のフラッグシップとして期待されていましたが、前述の通り他の航空会社同様キャンセル。模型はその後交通博物館に寄贈されて展示され、現在はさいたま市の鉄道博物館2階のコレクションルームに保存されているそうです。

フォッカー100

ここから先はA300導入後の話になるのですが、その後も「購入未遂」となった欧州製ジェット旅客機は存在しました。フォッカー100はオランダのフォッカー社が開発した100席級のジェット旅客機で、1960年代に開発・就航したF28の発展型でもあります。

1990年代前半にエアーニッポン(ANK)がYS-11や737-200型の後継機選定を行った際、フォッカー100にも関心を示していたそうで、それを知ったフォッカーはデモ機にANKのロゴを入れた機体を用意してデモフライトをしようと準備していたそうですが、結局デモフライトを行う事はなく、ANKはボーイング737-500型を選択しました。

日本ではフォッカーの飛行機はF27フレンドシップやフォッカー50の導入例があるのでフォッカー100も導入の可能性はあったと思いますが、もし選定していたら導入後数年でフォッカー社が倒産し、大量調達は出来なかったかもしれません。その後のアフターフォローや中古機の調達でも制約があったと思いますし、この機種に関しては「選定されなくてよかった」と思います。万が一フォッカー100が選定されていたら今のANAの機材繰りが更に悲惨なものになっていたかも・・・

エアバスA340

f:id:meihokuriku-alps:20190818150308j:plain

 A340に関しても詳しい説明は不要でしょう。エアバスが開発した長距離用ジェット旅客機で、双発化が進んでいたこの時代では珍しく4発機として開発されています。

日本では全日空が1990年に長距離国際線用として5機を発注していますが、最終的にはA321型7機に変更される形でキャンセルされてしまいました。発注当時のANAは欧州路線の拡大を目指して動いていた頃で、エアバス製の大型機を買う事で欧州での航空路線開設交渉を有利に進めたいという思惑がありました。しかしANAはその後ボーイング777のローンチカスタマーとなってワーキング・トゥギャザーに参加した事でA340への関心は薄れ、納入延期の後キャンセルとなってしまいました。

また、日本航空の方でもDC-10の後継としてA340が候補に挙がったことがありましたが、当時のJALはエアバスとの関係は皆無であり、長年に渡るマクドネル・ダグラスとの関係を重視してMD-11を発注したため日本の航空会社のA340は幻に終わってしまいました(最も、そのMD-11も日本では短命に終わり、先輩のDC-10よりも先に退役するという笑えないエピソードを作ってしまいましたが・・・)

 

以上、導入が検討されたり実際に発注されたものの、日本で導入されなかった欧州製ジェット旅客機をご紹介しました。こうして見ると結構惜しいところまでいった機種もあったり、結果的に選定されなくて良かった機種もあったりと千差万別ですね。

そんな欧州製ジェット旅客機も現在ではJALのA350やANAのA380、A320neo、LCCで多く使用されるA320など、日本でも多彩な「欧州製ジェット旅客機」が使用されています。それでもまだまだボーイング機の比率が大きい日本市場ではありますが、ボーイングとエアバスの複占と言う事を考えると、これからは「導入未遂に終わったジェット旅客機」というものはそうそう出てこないのかも知れません。こうしたエピソードも航空機メーカーが多かった時代だからこそでしょうね。

 

 

PVアクセスランキング にほんブログ村