〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

城端線・氷見線のLRT化とは何だったのか

2020年1月にJR西日本から富山県と沿線4市(高岡・砺波・南砺・氷見)にLRT化を含めた新しい交通体系の検討を提案したことで、突如として浮上した城端線・氷見線のLRT化問題。当初はLRT化に好意的・前向きな意見が多かったのですが、今年2月2日に開催された第5回検討会で、LRT化、BRT化、新型車両投入の3パターンでの事業費調査結果が出ると、LRT化は費用面や長期運休、冬期運休リスクなどが懸念されて急速に議論がしぼみ、一転して新型車両投入を求める声が相次ぎました。

3月に入ると沿線自治体の市長は相次いで新型車両導入の支持を表明し、3月8日には富山県の新田知事も新型車両導入の支持の意向を表明したことで、城端線・氷見線の活性化策は新型車両導入で決着する可能性が高くなりました。年度内に活用策の方向性をまとめた上で、新年度以降、国の交付金申請など具体案をまとめる見込みです。まだ正式な結論が出たわけではありませんが、城端線・氷見線のLRT化は事実上なくなったと見ていいでしょう。

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個人的には通学輸送の割合が大きく、商業地や住宅地よりも田園地帯が多い城端線・氷見線をLRT化しても効果は薄いと思っており、非電化かつ比較的距離のあるこの路線のLRT化には多額の費用がかかる割に問題が多いのではと懸念していました。特に1本の列車で100人以上の通学客を輸送する朝夕の時間帯は定員の少ない路面電車型の車両では捌ききれない恐れもあり、逆にサービス低下と通学客離れを招く恐れさえあると懐疑的な目で見ていたので、新型車両導入の流れになったのは落ち着くべきところに落ち着いたなと思います。

 

なぜJR西日本はLRT化を提案したのか

JR西日本は北陸、中国地方に赤字ローカル線を多数抱えており、かつJR東日本やJR東海に比べて収益性が低いと言う構造的問題を抱えています。決して公共交通に対する意識や使命感が低いわけではありませんし、むしろ使命感があるからこそ今までローカル線を維持してきたと思いますが、民間企業としての本音を言えばできれば好転の見込みがない赤字ローカル線は切り離したいと思っているでしょう。過去には月一ペースで計画運休を行ったり、保線費用節約のために徐行運転をしたりしています。

その一方で沿線自治体が存続や改良に前向きで、費用負担も厭わない路線には積極的に協力する傾向にあります。山陰線や姫新線などの高速化や、七尾線、播但線などの電化、可部線可部~あき亀山間の復活など、意外とローカル線の改良・再生には協力的。富山港線のLRT化も最初はJR西日本が提案したのが切っ掛けですし、個人的にはJRグループの中で一番ローカル線に好意的なのではと思っています。

今回の城端線・氷見線の場合、輸送密度は2000人を越えており、いわゆる「収支状況公開」の対象ではありませんでしたが、それでも長期低落傾向で何らかのテコ入れが必要な時期に来ているのは事実。それでいて人口16万人台の高岡市を起点とし、沿線自治体も4~5万人程度とまだ沿線人口は多い方なので、テコ入れ次第ではまだ活性化の可能性がある路線でもあります。

JR西日本が城端線・氷見線のLRT化を打ち出したのは、沿線の活性化と路線の再生、そして地元サイドに路線の将来を真剣に考えてもらう「切っ掛け作り」だったと思います。そのとっかかりとして、富山港線の「成功例」があり、県民にもインパクトがあるLRT化を提案したのではないかと思います。

 

なぜ沿線はLRT化に乗り気になったのか

では、沿線自治体はなぜ城端線・氷見線のLRT化に前のめりになったのでしょうか?富山港線のLRT化の成功を間近に見たこともあると思いますが、富山市同様路面電車への心理的抵抗が少ないことも挙げられます。

沿線自治体の中で一番大きい高岡市には高岡駅と射水市旧新湊地区を結ぶ万葉線があり、90年代後半に廃線の危機にあったものの、草の根的な市民運動の盛り上がりで存続の気運が高まり、第三セクター方式で存続した経緯があります。この時、当時の高岡短大学長の蝋山昌一氏が経済学に基づいた科学的な説明で「鉄道単体では赤字でも地域社会全体ではメリットがある」と、社会的便益を理由にした存続提言をしたことで廃止から存続に風向きが変わったこと、存続決定後も官民協働でイベントや利用促進策を継続的に行ったことで、万葉線の利用者数は僅かながら増加傾向に転じました。万葉線自体は現在でも赤字ですが、必要な社会インフラという認識が高岡市・射水市でも浸透していること、赤字額も両市の補助で賄える範囲に収まっていることから廃止の話は全く起こっていません。

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万葉線という「成功体験」があることで、高岡市でもLRT化を受け入れやすい土壌はありました。万葉線存続の原動力となった市民団体・RACDA高岡も城端線のLRT化を提言したり、高岡市も万葉線の延伸構想を検討したりと、実は以前から路面電車の拡大が検討されていました。JR西日本からの提案は「渡りに船」とも言えたのです。

加えて高岡市には城端線・氷見線の直通化という長年の「悲願」がありましたが、軽量のLRT車両なら立体交差の建設も比較的容易という事も、LRT化検討の後押しになりました。高岡市の調査資料でも、城端線・氷見線の満足度が低い一方、万葉線の満足度が他と比べて高かったことや、城端線・氷見線への乗り継ぎへの不満が高かったことからも、城端線・氷見線は何らかのテコ入れが必要であり、その解決策としてLRT化に前向きになったと考えていいでしょう。

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検討会で見られたLRT化が厳しいという「前兆」

JR西日本、沿線自治体ともにLRT化には前向きだったはずなのに、最終的な結論は「新型車両の導入」なぜこのような結論になったのでしょうか?富山県のHPで公開されている「城端線・氷見線LRT化検討会」の議事録を読んでいくと、回を重ねるごとにLRT化の機運が徐々にしぼんでいき、新型車両の導入に傾いていった「前兆」が垣間見えました。

 

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2020年(令和2年)6月8日に開かれた第一回検討会では、LRT化というJR西日本の提案に対し好意的な意見も多かったものの、導入費用や整備後のランニングコストを懸念する声もあり、需要予測や将来のまちづくりも含めた検討をすることになりました。

翌2021年3月25日に開かれた第二回検討会で鉄道のまま現状維持、本数そのままでLRT化、LRT化して富山ライトレールと同じ運行間隔の3パターンでの需要予測結果が公表され、LRT化して運行間隔を増やせば大幅な利用者増加が見込めるという結果が出ました。一方でまちづくりに関しては新駅設置やパークアンドライド、二次交通整備などの課題が挙げられたものの、LRT化についてはやはり初期投資やランニングコストの検討が必要であり、それも含めて引き続き検討していくという方針が示されました。

 

ところが、11月16日に開かれた第三回検討会では、新駅設置による需要予測は数パーセント程度の増加と余り大きくなく、停車駅増加による所要時間増加というデメリットも提示されたこと、「LRT以外にも電気式気動車の導入やBRT(バス高速輸送システム)など幅広い交通体系を検討するべき」「城端線・氷見線をLRT化することが目的ではない」「雪に対応可能な交通体系を検討しておきたい」と、この辺りからLRT化への議論がトーンダウンし始めたことが窺えます。当初はJR西日本が提案したLRT化のメリットが強調されていましたが、検討を進めるにつれてLRT化のデメリットや不安点も出てきたのではないかと思います。

 

そして2022年5月17日に開かれた第四回検討会では電化されたLRT以外の交通モードについて検討調査することが正式に決定され、蓄電池式での非電化LRT、新型車両(電気式気動車)の導入、BRT化などの概算整備費などを調査することになりました。この時の検討会でも他の交通モードについては調査が必要などという意見が合った一方、新型車両導入については一定のメリットがあると言う声があり、この時点で他の交通モードよりも好意的に見られていることが伺えます。

 

費用と便益という「現実」を突きつけられ・・・

そして迎えた2023年2月2日の第五回検討会。城端線・氷見線のLRT化等の事業費調査結果と、LRT化以外の交通モードの概算整備費の調査結果が公表されました。

その結果、LRT化の場合は電化設備の設置も必要になるため1~2年程度の運休期間が発生すること、現在と同等の輸送力を確保するためには全駅の行き違い設備設置や現在の3倍の車両数が必要になること、低床・軽量車両では冬期の運行障害リスクが高いことなど問題点が多数あることが判明し、事業費も最大435億円かかるなど、費用対効果の面でかなり疑問が残る予測が出され、委員からも「運休期間の長さは沿線住民の鉄道離れに繋がる」「持続可能性という点で相当厳しい」との意見が出されました。

更にLRT以外の交通モードについても、非電化LRTは電化LRTに比べて事業費も殆ど変わらない上に問題点は同じ、BRTは事業費こそLRTよりも小さいものの輸送力や所要時間が落ちる上にLRT以上の運休期間が必要なためお話になりません。一方の新型車両導入については既存の施設をそのまま使えるため運休の必要が無いこと、あいの風とやま鉄道への乗り入れが容易なこと、そして事業費も161億円(高岡駅での直通化費用込み)と他の交通モードよりも遙かに安上がりなことから、検討会の意見は「新型車両導入」に一気に傾き、LRT化を求める声はなくなりました。

3月末までに開かれる次回の検討会で一定の方向性が示される予定ですが、3月に入ると議会開催時期ということもあり、前述の通り沿線市長は相次いで新型車両導入の支持を表明。そして3月8日に新田知事が新型車両導入支持を表明したことで、城端線・氷見線のLRT化の可能性はほぼ絶たれたと言っていいでしょう。今後は新型車両導入を軸に、車両タイプの検討や導入費用の負担割合、高岡市が求めている城端線・氷見線の直通について検討されるものと思われます。

 

「新型車両導入」後の城端線・氷見線の将来

これで城端線・氷見線の将来は「新型車両導入による活性化」で決まりました。3年かけて比較検討して出した結論ですし、費用対効果の面で言えば新型車両導入が一番望ましいと思っていたので、落ち着くところに落ち着いたなと言うのが正直な感想です。

 

今後の課題は沿線住民のマイレール意識の浸透や、高岡市以外の自治体での利用促進策のノウハウ構築でしょう。氷見・砺波・南砺の三市は高岡市以上にマイカー依存度が高く、鉄道に対する利用促進策やマイレール意識が弱い印象があります。官民が協働でイベントや利用促進策を行う土壌も富山市や高岡市ほどありません。

また、新型車両導入というのは言い換えれば「ただ車両が新しくなるだけ」であり、沿線活性化の起爆剤にするには、高岡市が求める城端線・氷見線の直通化に加え、利用客の不満が大きい他路線への乗り継ぎ改善や増発による利便性改善が不可欠になります。

幸い、これらの課題に関しては富山県には万葉線や富山ライトレールで築いた「官民協働」「鉄道を核にしたまちづくり」のノウハウがあり、運行形態は異なるものの、城端線・氷見線沿線でも応用は可能です。また、過去5回の検討会でJR西日本と沿線自治体、沿線自治体同士のつながりも生まれ、議論を深める土壌もできあがっていると思いますので、利便性改善の議論や利用促進策のノウハウ構築は割とスムーズに行くのではと期待しています。

 

一方の新型車両ですが、最有力候補の電気式気動車はJR東日本や北海道では既に実用化されて大量配備されているのに対し、JR西日本ではようやく2021年に試験車両「DEC700型」が作られて試験走行中。2023年3月現在では具体的な投入時期はおろか、量産化についてもJR西日本からの公式発表はなく、この車両が城端線・氷見線に投入されるかも不透明です。

蓄電池式車両やハイブリッド式にしても他のJRからノウハウ込みで購入する必要がありますし、キハ127型などの既存の液体式ディーゼル車の導入も今更感がありますから、どの方式を取っても課題が残ります。この辺りは沿線自治体ではなく、JR西日本に最終的な決定権がありますから、どの車両を導入するか決まるまではもうしばらくかかるのではないかと思われます。

 

いずれにしても、城端線・氷見線が新型車両に置き換わるまでにはまだ数年単位の時間が必要になると思われます。一方、現在この路線を走っているキハ40系もいつの間にか他のJRでは数を減らし、全国的にも貴重な存在になりつつあります。考えようによっては国鉄時代の姿を色濃く残す城端・氷見線の姿は今しか見られない貴重なものですし、将来の姿に想いを馳せつつ、今の姿を記憶にとどめておくのも一興ではないでしょうか?

 

【3月30日追記】

本日開かれた検討会で城端線・氷見線のLRT化断念と新型車両導入が正式に決まりました。今後は運行本数の増便や交通系ICカードの導入、直通化などの利用促進策、また関係機関の役割分担や負担割合などを話し合う新たな組織が立ち上げられて新型車両導入と活性化策の話し合いが本格化することになりそうです。

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気になる車両ですが、上記ニュース内では電気式気動車を念頭に置いているようで、JR西日本が開発中のDEC700が量産化できるのであれば、これが最有力かなと思います。ただ、前述したとおりまだ実用化の表明がされていないのが不安要素です。それまで待てないと言うならJR東日本のGVーE400かJR九州のBEC819系(これは蓄電池電車ですが・・・)をライセンス生産して投入するか、既存のキハ127系を投入するかでしょうが、この辺はこれからの議論になるのでしょうね。また、運営主体についても議論の対象となっているので、ひょっとしたら三セク移行の可能性もあるかも知れません。

検討会の議事録がHPにアップされたらその辺りの方向性が書いてあるかも知れませんので、またこの記事で追記したいと思います。