〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

もしも東海道新幹線が長期運休に追い込まれたら

も 台風19号で車両センターが被災して多くの車両が浸水し、長野~上越妙高間が不通となっていた北陸新幹線ですが、10月25日に全線復旧する見通しとなりました。台風通過前の計画運休も含めると13日ぶりに東京~北陸の大動脈が復旧することになりますが、この間、首都圏~北陸の旅客移動は米原経由や長岡経由などのルートや航空路、高速バスに頼る事になり、チケットが取りづらい状況が続いています。新幹線の輸送力の大きさ、重要さを改めて実感された方も多いのではないでしょうか?

 

www.meihokuriku-alps.com

 

 

・実は災害による長期運休を経験していない東海道新幹線 

 ところで、平成に入って以後、地震や台風と言った自然災害で新幹線が長期運休に追い込まれるケースは過去に何度もありました。1995年の阪神・淡路大震災では山陽新幹線の新大阪~姫路間が81日間不通となり、2004年の新潟県中越地震では営業走行中の列車が脱線した事もあって上越新幹線が2か月以上不通となりました。記憶に新しいところでは2011年の東日本大震災の際、東北新幹線が被災して全線での運転再開までに1か月半かかり、速度制限が解除されて完全復旧するまでに半年以上かかったケースや、2016年の熊本地震で九州新幹線が被災し、全線での運転再開まで13日かかったケースもあり、東北新幹線と直通する山形・秋田新幹線も含めると大抵の新幹線は災害による長期運休を経験しています。

 

 

f:id:meihokuriku-alps:20191019210710j:plain

 

一方、災害による10日以上の長期運休を経験していないのは東海道新幹線と北海道新幹線の2つだけ。このうち北海道新幹線は開業から3年程度と日が浅いですが、東海道新幹線の方は開業から55年経った今も長期間運休に追い込まれた例はありません(国鉄時代のスト権ストは災害が原因ではないので除く)阪神大震災の時も京都~大阪間が3日間運休しただけで、東海道新幹線全体から見れば途中で寸断されて関東~京阪神間の交通がマヒするという事はありませんでした。

考えて見れば55年間災害による長期運休の経験がないのも幸運な事ですし、災害が起きても被害を最小限に抑えられるよう、国鉄やJR東海が対策をしてきた効果もあると思います。それでも災害による長期運休を経験していない新幹線の方が珍しくなくなった今、いつ東海道新幹線も地震や台風などによる大規模災害で寸断されてもおかしくありません。今回はもし東海道新幹線が長期運休を余儀なくされた場合、その影響や代替交通手段を考察したいと思います。

 

・現在の東海道新幹線の影響力

f:id:meihokuriku-alps:20191020173551j:plain

平成31年3月期のJR東海の連結決算は営業収益1兆8781億円、営業利益7097億円、当期純利益4387億円。このうち本業の鉄道事業の収入を示す運輸収入は1兆3966億円で、うち東海道新幹線は1兆2918億円です。営業利益に関しても運輸事業が6648億円と利益の9割近くを稼いでおり、無論そのほとんどは東海道新幹線が稼いでいます。JR東海の総収入の7割、運輸収入の9割以上を東海道新幹線が稼ぎ出していることになり、JR東海の高い収益性も東海道新幹線の収入あってこそです。

ちなみに、平成31年3月期現在でJR東海には7000億円以上の手持ち現金があります。1年分の営業利益に匹敵する手持ち現金がありますので、東海道新幹線が1か月止まった程度では資金繰りには窮しない位には財務体質がしっかりしています。長期運休=倒産にはならないのでご安心を。

 

次に東海道新幹線の利用者数ですが、2018年3月期では年間約1億7000万人、一日当たり約46.6万人が利用しています。これだけの旅客流動が突然止まるとなると・・・考えたくもないですね。

 

・旅客流動はどのくらい?

次に各都市圏間の旅客流動を見て見ましょう。データに関しては国土交通省発表の「全国幹線旅客純流動調査」の「都道府県間流動表・代表交通機関別(出発地→目的地)」のデータを使用しました。

www.mlit.go.jp

 

旅客流動は首都圏(東京・神奈川・千葉・埼玉)、東海圏(愛知・岐阜・三重)、京阪神圏(大阪・京都・兵庫)の各相互間で比較します。また、交通機関別ではこのデータに基づき、鉄道・航空・幹線バス(高速バス)・自動車の4種類で分類します。鉄道の方は新幹線と在来線、あるいは私鉄特急の分類はないので、鉄道全体での数値となっています。鉄道、特に近鉄と競合する東海圏~京阪神圏は鉄道の旅客流動=新幹線の旅客流動ではない点をご留意ください。

 

・首都圏~京阪神間

鉄道   3420.6万人(73.1%)

航空        706.4万人(15.1%)

幹線バス 273.7万人(5.8%)

自動車     280.1万人(6.0%)

合計       4680.7万人

 

この区間に関してはほぼ鉄道=新幹線の旅客流動と考えていいかと思います。500km以上離れているので自動車の分担率は小さく、新幹線が7割以上のシェアを握っています。しかし、航空も15%、バスも6%近いシェアがあるので、代替交通機関は多少は見込める区間でもあります。

 

・首都圏~東海圏間

鉄道   3086.5万人(71.9%)

航空          54.0万人(1.3%)

幹線バス 163.3万人(3.8%)

自動車    986.4万人(23.0%)

合計      4290.2万人

 

こちらも鉄道=新幹線と考えていいでしょう。新幹線が7割以上のシェアを握るのは首都圏~京阪神と同じですが、自動車のシェアが23%に達する一方、航空とバスのシェアが小さいのが特徴です。公共交通に限って言えばほぼ新幹線の独占と言える区間です。

 

・東海圏~京阪神間

鉄道     1837.4万人(44.4%)

航空         0.2万人(0.0%)

幹線バス   105.2万人(2.5%)

自動車  2198.2万人(53.1%)

合計     4141.0万人

 

こちらは先の2区間と違い、鉄道=新幹線ではなく、近鉄の名阪特急が一定のシェアを持っている点に留意する必要があります。ただ、近鉄の利用者数やJRと近鉄のシェアなどの資料がなかったので、具体的な数値は不明です。所要時間や輸送量を考えると新幹線優位であることは間違いないのですが・・・ご存知の方がいたらコメント等で補足をお願いします。

こちらは200kmに満たない区間なので、航空のシェアはないに等しいです。その代わりに自動車が過半数のシェアを握っており、ほぼ「新幹線or近鉄特急orマイカー」という図式になっています。首都圏~東海圏との大きな違いは近鉄と言う代替交通機関が存在する事です。

 

それでは、この旅客流動を踏まえて東海道新幹線が長期間止まった場合の影響と代替交通を考えてみましょう。

 

・東京~名古屋間が止まった場合

この区間の運休はすぐに対応可能な代替交通機関がない分、影響が大きくなります。首都圏〜東海圏の旅客流動がストップするだけでなく、首都圏〜京阪神間の旅客流動の大半もストップしてしまう為です。

このうち首都圏〜京阪神間は航空機の大型化や臨時便、北陸新幹線金沢経由の北回りルートである程度はカバーできますが、問題は首都圏〜東海圏。東海道新幹線への依存度が大きい分、万が一止まってしまうと1日8万人以上ある旅客を捌く術がなくなってしまう為です。

 

まず高速バスの臨時便は輸送力は微々たるものなので焼け石に水。航空路線も本数が限られる上に首都圏〜京阪神の代替輸送で手一杯になると思うので当てにはできません。そうなるとやはり鉄道での代替が一番現実的になります。

 

f:id:meihokuriku-alps:20191020173819j:plain

 

まず考えられるのは中央西線特急「しなの」の活用。中央東線特急「あずさ」で塩尻乗り換えか、北陸新幹線長野乗り換えの二つのルートが考えられますが、いずれの場合も乗り換えと4時間以上の所要時間が必要となります。しかも「しなの」も1時間に一往復程度、一列車あたりの輸送力も新幹線の三分の一程度なのでパンクするのは確実です。

もう一つのルートは北陸新幹線で金沢まで行き、名古屋行きの「しらさぎ」に乗り換える方法。しかしこのルートも中央線回り以上に時間と距離がある、「しなの」同様輸送力が限られるなど問題が多く、首都圏〜東海圏の旅客流動を全て吸収するのは不可能です。

東海道新幹線の運休期間が長くなればなる程日本経済や生活に与える悪影響は大きくなり、その損失は他の新幹線とは比べ物にはならなくなりそうです。

 

・名古屋~大阪間が止まった場合

この区間は自動車の分担率が大きく、止まったとしてもある程度は自動車に転移する見込みがある事、新幹線以外に近鉄があり、ある程度の代替が可能な事を考えると、先の首都圏〜東海圏よりも影響は少ないと思います。とは言え、1日4万人規模の旅客流動を近鉄や自動車だけで吸収するのは難しくなります。

f:id:meihokuriku-alps:20191020173901j:plain

しかし、もし在来線が無事であればあふれた分の旅客流動をさらに吸収する事は可能です。と言うのもJR西日本側の米原〜京阪神間には新快速が30分間隔で運転されており、JR東海側も大垣まで新快速・特別快速を運転しています。大垣止まりの快速を米原まで延長運転し、西日本側の新快速に接続させれば名古屋〜京阪神間は乗り換え一回、所要時間2時間台後半で結ぶことが可能です。

車両調達はどうするのかって?そこはJR東海が進めて来た車両共通化が生きてきます。管内各地から予備車や増結用車両をかき集めて東海道線に投入すればカバーできますし、乗務員は運休になった東海道新幹線から一時的に転属させればOK。ダイヤ調整や車両・人員調達の問題はありますが、一番現実的な対応策であると考えます。

ちなみに、首都圏〜京阪神間の旅客は航空や金沢回りに加え、名古屋で近鉄か在来線乗り換えという代替手段が使えますので、こちらも首都圏〜東海圏程の影響はないと考えます(それでも影響は甚大ですが)

 

・東京~大阪間全線で止まった場合

f:id:meihokuriku-alps:20191020174034j:plain


・・・東海道新幹線が全部止まったらもうお手上げですね。1日46.6万人の利用者の大多数が移動手段を失う事になります。先に挙げた代替交通機関だけでは到底カバーできず、日本最大の大動脈が止まった日本経済には甚大な影響が出るのは確実です。JR東海がリニア中央新幹線建設に躍起になっている理由もここにあります。

 

・JR東海に与える影響

先に挙げた通り、JR東海には7000億円を超える手持ち現金があるので短期的には経営が傾くと言う事はありません。しかし、東海道新幹線が止まる事で単純計算で1日35億円以上の運輸収入が消えるだけでなく、東海道新幹線の復旧費用ものし掛かってきます。

運休期間が1カ月を超えると減収額は1000億を超えますので、運休期間が長引けば長引くほど、JR東海が受けるダメージが大きくなり、経営への悪影響は広がっていきます。他のJRのように別の路線の収入でカバーすることもできないので、最悪の場合はリニアの建設をストップしてでも東海道新幹線の復旧に経営資源を振り向けざるを得なくなるのではないでしょうか?そうなればリニアの開業時期やJR東海の財務状態に大きな影響を与える可能性もあります。当然、株価や格付けにも悪影響を与えるでしょう。

 

・日本経済や国民生活に与える影響

f:id:meihokuriku-alps:20190504185336j:plain

東海道新幹線はビジネス需要の割合が大きいので、それが止まると出張が不可能となり、企業の経済活動に悪影響を与えるのは確実です。今のご時世、wedカメラで映像を見ながらやり取りできたりメールやSNSなどですぐにやり取りできるので昔ほど現地に出向く必要性は高くないのですが、それでも重要な取引や打ち合わせは直接出向く必要があるわけですから、すぐに移動出来て日帰り出張も可能な東海道新幹線が使えなくなるのは大きな支障が出ます。東京はもちろん、東海道新幹線沿線に本社を構える大企業は多く、官公庁としても国の行政機関や沿線大都市の自治体の出張に影響を及ぼすため、その影響は他の新幹線の比ではありません。経済的、行政的な損失は計り知れないものになるでしょう。

また、東海道新幹線で通勤・通学する人にとっても長期運休は死活問題です。小田原くらいなら時間はかかりますが在来線に切り替えることができますが、三島や静岡となると毎日の通勤・通学は困難。最悪の場合、一時的に会社や学校の近くに転居せざるを得なくなります。身近な在来線に比べると影響を受ける人は少ないですが、確実に生活に支障が出る人は存在するのです。

 

f:id:meihokuriku-alps:20191020181219j:plain

さらに東海道新幹線の長期運休は観光産業や宿泊業にも大きな打撃を与える事でしょう。長期運休となる東海道新幹線沿線はもちろん、飛騨や南紀、伊勢志摩など東海道新幹線利用者の需要が大きい地域、直通運転を行う山陽新幹線沿線など、その先への旅行も東海道新幹線の運休でキャンセルせざるを得ず、旅行需要は大きく減る事になります。そうでなくとも日本最大の大動脈である東海道新幹線の長期運休は心理的にも旅行への意欲を減少させ、復旧するまでは旅行を控える動きが出るのではないでしょうか。

また、インバウンド需要も東海道新幹線の不通と言う物理的な移動の不便さに加え、災害によるマイナスイメージもプラスされて激減するでしょう。そうなればインバウンド需要に頼っている宿泊施設や免税店はもちろん、外国からの航空需要も減少して航空会社の経営にも影響を与えると思います。観光産業の発展と外国人観光客の誘致を目標に掲げている日本政府にとっても大きな痛手です。

 

東海道新幹線の長期運休は直接的には日常生活に支障が出る人は多くありません。しかし、人が動かないと経済も廻らず、人が動かないと立ち行かない業界も少なからず存在する為、運休期間が長引けば長引くほどその経済的損失は大きいものになります。東海道新幹線は日本の大動脈であり、その沿線人口もけた違いなだけに影響は他の路線の比ではなく、回り回って日本経済に大きなダメージを与え、景気悪化で国民生活にも影響を与える事になるのです。

 

・・・書いてて恐ろしくなってきました。

 

・まとめ

いかがでしょうか。「東海道新幹線が止まると大変になる」と言う事は何となくわかると思うのですが、こうして実際の旅客流動を基にして考えてみると思った以上に影響が大きい事、意外と代わりの移動手段がない事に気がつくのではないでしょうか。それだけ東海道新幹線が担っている役割が大きい事、万が一の際の悪影響が大きいと言う事です。

災害は起こらないのが一番いいのですが、過去の事例から考えても「東海道新幹線だけは大丈夫」と言う事は絶対にありません。他の新幹線の被災事例を教訓に災害時の被害を最小限に抑える為の対策や、万が一長期運休になった場合の代替ルートを考える事が必要なのではないでしょうか。

 

最も、ここで言及するまでもなく、JR東海は対策を立てていると思いますけどね・・・

 

 

にほんブログ村 鉄道ブログへ
にほんブログ村