〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

「シートのみサービス」の割合が増えるグランクラス、その先行きと航空機の「上級クラス」とのブランディングの差

※3/6 航空会社の上級クラスの部分とグランクラスのブランディングの部分を中心に一部加筆修正しました。

 

 前回の上越新幹線のグランクラス設定についての記事の最後で「シートのみサービス」のグランクラス設定が増えている事に触れました。今回はこの点をもう少し掘り下げ、グランクラスと航空会社の国内線上級クラスを比較しつつ、主にブランディングの面からの問題点を考えてみたいと思います。

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 「シートのみサービス」のグランクラスが増えた理由

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グランクラス付きの車両はE5系とE7系(プラス所属会社違いのH5系とW7系)の2形式です。E5系は投入当初は東京〜新青森間の「はやぶさ」に優先して当てられましたが、その後車両が増えると「やまびこ」や「なすの」などの区間列車にも充当され、全体の半数近くがシートのみサービスとなっています。

E7系を使用する北陸新幹線も東京〜金沢間がフルサービス、東京〜長野などそれ以外の列車がシートのみと分かれており、富山〜金沢間の「つるぎ」はグランクラス車両を閉鎖してサービス自体を行っていません。上越新幹線はとき4往復とたにがわ1往復の全てがシートのみです。この他臨時列車のうち上野発着の列車は全てシートのみの運用です。

 

このようにグランクラス設置列車のうち、シートのみのサービスになっているのは全体の半数近くになっており、その比率は増える一方です。その理由は「JR東日本の新幹線車両の共通化」と「軽食や飲み物などの準備施設の問題」「短距離列車でのグランクラスの需要の低さ」が関わってきます。

 

JR東日本の新幹線車両は線区毎の特性や需要、技術革新などで多様な車両を開発、投入する傾向にありましたが、近年では東北・北海道新幹線はE5系、北陸・上越新幹線はE7系、新在直通列車はE6系に揃える傾向にあります。山形新幹線はまだ置換えの話は出ていませんが、いずれE6系ベースに置き換えられると思いますし、E2系もそう遠くない将来、線区毎にE5系かE7系に置き換えになるでしょう。

しかしそれはグランクラス付きの車両がいずれ全列車で運用されることになり、将来的には「シートのみサービス」のグランクラスが多数派になる事を意味しています。短距離区間用にグランクラス設備を省いた編成を用意することもできますが、そうなるとグランクラスの有無で運用を分ける必要があり、車両を統一する効果は半減してしまうので恐らくJR東日本はやらないでしょう。

かと言って東京〜仙台、郡山などの短距離列車ではグランクラスの利用自体が低調であり、数人しか利用が見込めない列車にアテンダントや食事を手配するのは得策とは言えません。更に言えば始発駅の設定が臨時列車しかない上野駅や、需要の大きい東京駅を発着しない区間列車の為だけにアテンダントや食事の手配をするのも効率が悪く、それならいっそシートのみのサービスにした方が効率的です。増え続けるグランクラス設定列車と採算性・運用コストを天秤にかけたJR東日本の答えが「シートのみサービス」のグランクラスだったのではないでしょうか。

 

全くのカラで走らせるよりはシートのみでもグランクラスを売って多少なりとも収入を得ようとするのは採算性の面で言えば悪くない判断ですし、上越新幹線のグランクラス割引商品もお試し利用と言う意味では有効な手段かも知れません。しかし、「グランクラス」自体のブランディングと言う観点から見ると、あまり得策とは言えません。その理由をグランクラスがベンチマークにした「国内航空路線の上級クラス」と比較しながら説明しましょう。

 

ハード面はともかく、ソフト面ではグランクラスは飛行機に敵わない

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グランクラスに相当する大手航空会社の上級クラスは、ANAが「プレミアムクラス」JALが「ファーストクラス」になります。サービス内容や座席、設定路線などで差異はありますが、普通席よりも広く快適なシート、食事やアルコールのサービス、ブランケットやスリッパなどのアメニティがあるのは共通しています。特にグランクラスのシートに関してはANAのプレミアムクラス以上、JALのファーストクラス並みです。

こうしてみると座席そのもののサービスは飛行機と互角以上ですし、車内サービスも決して飛行機に見劣りしません。しかし、グランクラスと飛行機の上級クラスには、乗る前後のサービスで決定的な差がついてしまっています。

その理由は下記の記事に詳しく書いていますが、かいつまんで言うと、飛行機には優先搭乗や手荷物の優先返却、専用カウンターといった普通席よりも「優越感」が感じられるサービスや、ラウンジサービス(グランクラスにも東京駅の「ビューカードラウンジ」が利用できる特典がありますが、それ以外の駅にはありません)、予約情報やマイレージなどのデータで顧客管理を行い、上級会員向けのマイル割り増しや混雑時のアップグレード、搭乗時にCAさんが名前を呼んで挨拶するなど、利用の多い上得意客への有形無形のサービスがあります。特に上得意客の優遇は航空側が一枚も二枚も上手であり、日常的にグランクラスを利用してくれる良質な顧客の確保という点では、JR東日本にはまだまだ手を加える余地があるのではないでしょうか。

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さらに上級クラスのブランディングについても飛行機の方が一枚上手。ANAはプレミアムクラスの運賃は普通席と別立て、JALは通常運賃プラス8000円で利用可能(先得割引などの格安運賃は予約不可。当日空席がある場合のみ利用可能)と違いがありますが、どちらも基本的に値引きはしません。ANAのプレミアムクラスは時期によって安く予約できたり、路線によって値段が違うなどはありますが、「期間限定で〇〇円引き!」と言うわかりやすい値引きは決してやりません。安易な値引きは上級クラスの価値を下げてしまう事を分かっているからです。

その一方でマイル特典としての上級クラスへのアップグレードや、上級会員向けの上級クラスアップグレードの優遇などは積極的に行っております。大事な収益源である上級クラスをタダで渡すのは一見すると値引きするのと変わらないどころか収入を自ら放棄するような行為に見えますが、値引きとの決定的な違いは「ヘビーユーザーへの優遇措置」。利用の多い上得意客に上級クラスと言う優遇措置をサービスすることによって「自分は航空会社に大事にされている」という「特別感」を演出し、「こんなに良い思いができるならまたこの会社を使ってマイルを貯めよう」とリピート利用につなげる効果があります。つまり上級クラスアップグレードは航空会社にとっては優良顧客囲い込みの大事な手段であり、自社のブランド力や企業イメージを上げるために必要な事なのです。

 

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さらには短距離路線であってもサービスは極力簡素化しないのも上級クラスの特徴。羽田ー伊丹のような1時間程度の路線でも食事サービスはきちんと提供されますし、羽田ー八丈島のように食事サービスを提供する時間の取れない路線でも茶菓の詰め合わせを渡すなど、短い時間でも最大限上級クラス利用者へのサービスを提供するよう知恵を絞っています。

これも「上級クラスを利用すれば普通席とは違うサービスが提供される」という期待感を持たせるためには大事な事。仮に「短距離だから」という理由でプレミアムクラスやファーストクラスのサービスがシートのみだったら、多少安かったとしても誰も利用せず、逆に「上級クラスに乗っても期待したサービスは受けられない」と思われて上級クラスから利用者が離れてしまいかねません。その便単体では赤字だったとしても、上級クラス全体の収益、ひいては航空会社の収益の為には上級クラス設定路線ではそれに見合ったサービスを提供する必要があるのです。

 

「安売りはしない」「高い料金をもらう分、それに見合ったサービスを提供する」この上級クラスに対する航空会社のこだわりは会社全体の利益の為であり、優良顧客囲い込みの為には必要な手段である事がお分かり頂けるのではないでしょうか。上級クラスはフルサービスキャリアにとって会社の「看板商品」であり、高品質なサービスを提供する事がブランドイメージや客単価の向上には必要な事なのです。

 

「分かりやすい値引き」「サービス簡素化」は「グランクラス」のブランド価値を下げてしまうかも知れない

翻ってグランクラスはどうでしょうか。確かにハード面では飛行機の上級クラスに引けを取りませんが、車両の外も含めたトータルでのサービスや、「特別感」「優越感」の演出、優良顧客の囲い込みと言う点では十分とは言えません。むしろシートのみサービスの列車が増えている現状では、導入当初に比べると「特別感」は薄れてきているように思います。

 

「シートのみのサービス」は「フルサービス」に比べると大体2000円前後安くなりますが、アテンダントや飲食サービスなどを省略した分に見合った金額かと言われると正直微妙です。高いお金を出してグランクラスに乗車する人は豪華なシート以上に「特別なサービス」を求めて乗るのではないかと思います。グランクラス料金が高くてもお金を払うのは食事や飲み物、アメニティや人的サービスといった、プラスアルファの部分があるから。残念ながらシートのみサービスで割り引かれるのはそのプラスアルファ分の必要経費分だけであり、グリーン車との差が広いシートだけとなると割高感は否めません。グランクラスには「静寂な環境」「広く快適なシート」を求める需要もあると思いますが、それならグリーン車でも十分ですからね。

かと言ってグリーン車よりも少し高い程度の料金設定ではグランクラスの安売りになってしまい、フルサービスとの価格差が開きすぎて利用者を遠ざけると言う本末転倒な事になりかねません。価格設定は設備とサービスに見合うものであり、かつ利用者に納得して初めて適正と言えるもの。利用者が割高感を感じたらその商品は売れませんし、安くし過ぎると採算が取れない上にそのサービスの価値自体も下げてしまい、ブランドや会社のイメージを毀損する恐れすらあります。

かつてJALがクラスJを始めた際は「プラス1000円の贅沢」というコンセプトと割安感が利用者の心をつかみ、人気商品となりましたが、その代わりにスーパーシートを廃止した事で単価の高いビジネス客や富裕層がJALから離れてしまい、スーパーシートを高品質化したANAに流れてしまいました。後にJALが幹線で「ファーストクラス」のサービスを始めたのもスーパーシート廃止の反省があったからであり、安易な上級クラス廃止や簡素化は単価の高い利用客を逃がしてしまう恐れのある行為なのです。「シートのみサービス」のグランクラスの増加はある意味「安易な上級クラスの簡素化」とも言えますし、長い目で見ればグランクラスのブランドイメージにはプラスにならないのではないでしょうか。

 

加えて上越新幹線のグランクラス割引商品は一歩間違えればグランクラスのブランド価値を下げかねない諸刃の剣です。目玉商品は短期的には新たな顧客を集める呼び水になりますが、そこでリピート客を確保しなければ割引商品が終わると途端にガラガラになってしまいます。割引は一時的なものと割り切って現実を受け入れるならまだいいのですが、値引き販売はある意味麻薬のようなものですから空席を埋める為また手を出したくなってしまうもの。そうなるとシートのみのグランクラスは値引きがないと売れない商品になってしまい、やがては「安売り上級クラス」のイメージがついてフルサービスを含めたグランクラス全体のブランド価値を下げてしまいかねません。

業界は違いますが、かつてのマツダが売れない車の在庫を捌くために他社よりも大幅な値引きをしたことでマツダ自体のブランドイメージを毀損し、値引きしないと売れない悪循環に陥って経営危機に陥った例があります。サービス内容に見合わない「安易な安売り」は長い目で見れば企業にとってはマイナスであり、一度傷ついたブランドイメージを回復させるには安売りよりも遥かに難しい事です。

 

もし今回の割引商品が人気を集めてグランクラスの座席が埋まってしまうと、JR東日本は空席を埋めたいが為に同様の割引商品を乱発してしまうかも知れません。しかし、それは将来的なグランクラス、ひいてはJR東日本のブランドイメージを下げてしまう行為であり、高額なシートを安易に安売りしたり、簡素化したりするのはプラスにならない事の方が多いのです。正直に言うと、今回の割引商品は売れない方がグランクラスの将来にとっては良いのではないかと思います。

 

ブランド価値を下げるよりは、いっそ「シートのみのグランクラス」は辞めた方がいい

以上の事から、グランクラスのブランディングの面からは「シートのみサービス」のグランクラスが氾濫するのはプラスになるとは思えません。しかし現状ではグランクラスを連結した列車は増える事はあっても当分減る事はありませんので、今後もシートのみサービスの列車は増えていくものと思われます。シートのみサービスの列車が増えれば増えるほど、JR東日本は空席を埋めたいが為に割引商品を出したい衝動に駆られるのではないかと思いますが、その先に待っているのはグランクラス自体のブランド低下と上得意客のグランクラス離れ。本来のターゲットである富裕層が離れると、かつての一等車が廃止されたように、将来的にはグランクラス廃止すらあり得るのではないかと思います。

 

それを防ぐ為にはどうするか。利用率が悪いのであれば、いっそ短距離列車のグランクラス提供自体をやめ、該当の列車のグランクラスは入れないようにしてしまった方がいいと思います。一部車両の閉鎖は既に「つるぎ」の前例がありますし、グランクラスは先頭車両にあるので閉鎖しても車両の移動に影響はありません。

更にグランクラス設定列車を絞り込む事でグランクラス自体の希少性も上がり、フルサービスのみの列車に絞れば「グランクラス=豪華なシートと高いサービスを受けられる」と言うイメージが広がり、グランクラスのブランド力を上げる事にもつながります。短期的にはシートのみ利用のグランクラス料金分の売上は減少するでしょうが、利用していた人はグリーン車や普通車に移るだけでしょうし、それ程大きな減収にはならないと思います。

 こう書くと「あんな高いシートを遊ばせておくのは勿体ない!」と思われるかも知れません。しかし時には敢えて遊ばせておく事で結果的にプラスになる事もありますし、シートの利用を抑えればその分劣化も遅らせることもできます。いくらサービスが良くてもシートがボロボロでは高いお金を出してグランクラスに乗りたいとは誰も思わないでしょうからね。

 

折角多額の投資をして開発したグランクラスですから、JR東日本そのもののブランド力を上げるためにもグランクラスは大切にして欲しいですし、決して安売りはして欲しくないと思います。その為にも敢えて中途半端な「シートのみのグランクラス」は減らしていった方が良いのではないでしょうか。グランクラスは紛れもなく日本の新幹線最高峰のサービスです。願わくばこれからも最高峰のサービスであり続けて欲しいですし、飛行機と切磋琢磨しつつサービスを磨いていって欲しいですね。

 

 ↓世界のフルサービスキャリアで主戦場となっているのは客単価が高く利用率もいいビジネスクラス。そんなビジネスクラスの世界を垣間見ることができる本です。世界中の顧客やライバルにもまれてJALもANAもサービス力を上げてきました。

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