〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

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エアバスA380生産終了決定。「世界最大の超大型機」が残したもの

 

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以前から生産中止が噂されていたエアバス社の超大型機「エアバスA380」ですが、遂に2019年2月14日、エミレーツ航空の39機キャンセルを受ける形で生産終了が発表されました。今後受注残の機体を納入したのち、2021年に生産終了となる見込みです。


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A380は昨年にも生産中止の危機にありましたが、エミレーツ航空が新たに20機を確定発注し、いったんは生産継続が決まりました。エミレーツが追加発注を行ったのは既存のA380の更新用としていましたが、かねてよりA380改良型の開発をエアバスに求めており、この発注も改良型の就航までA380の製造ラインを維持するのが最大の目的でした。
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しかしその後も新たな発注会社は現れず、逆にカンタスが受注残8機のキャンセルを発表するなど、A380の置かれた状況は良くないものでした。計画された改良型もエミレーツとの条件交渉が折り合わず、計画は暗礁に乗り上げてしまいます。最後はエミレーツがA350-900型30機とA330-900型40機の発注と引き換えにA380型39機のキャンセルを決定したのが決定打となりました。エアバスCEOは「他社からの受注残はほとんどなく、生産を維持する基盤もない」として生産継続は困難と判断。今回の生産終了となりました。

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・A380はなぜ売れなかったのか

これについては「A380の巨大さが現在の航空業界に合わなかった」の一言に尽きるのではないでしょうか。A380が開発に向けて発注会社を探していたころは長距離路線はまだ大型の747による運航が主流であり、ボーイングも開発を阻止するべく様々な手を使って妨害していました。ボーイングの予測では超大型機の需要はそれほど高くないとしていましたが、それでも数百機は見込んでおり、後に747-8の開発に踏み切るなど完全になくならないと予測していたくらいですから、まだこの時期は超大型機に対する期待は大きかったと思います。

しかし航空会社は超大型機で大量の乗客を運ぶよりも燃費効率のいい中型機で多頻度運航をしたり、中規模都市を結ぶ路線を開拓することを選びました。さらに2000年代初頭では考えられなかったLCCの中長距離路線進出が本格化すると、レガシーキャリアも超大型機を飛ばすのは効率が悪く、競争力が保てないという事に気付きます。ローンチ当初こそシンガポール航空やエールフランス、ルフトハンザ、カンタス、大韓航空などアジアやヨーロッパの大手キャリアがこぞって発注しましたが、A380を飛ばすほど需要の大きい路線は限られてしまい大半の会社は5~6機か、せいぜい10機前後の発注にとどまりました。

 

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そんな中でエミレーツ航空だけは100機以上の大量発注を行い、A380最大のカスタマーになりました。A380の発注数の半分はエミレーツ航空ですから、この会社がなければA380はもっと早く生産中止に追い込まれていたと思います。エミレーツがハブとするドバイは中東の経済・観光の中心となるべく投資を進めており、エミレーツ自身もドバイをハブに大量に乗り継ぎ客を捌くビジネスモデルを構築し、A380もその一環として大量購入しました。個室型のファーストクラスやバーカウンター、シャワー室を設置して高品質かつ豪華な機内サービスもA380の広さを活かしたからであり、まさにA380を十二分に使いこなした会社でした。

しかしそのエミレーツも最後はA380の発注を取り消してしまい、自らA380に引導を渡す格好となってしまいました。エアバスに取ってA380はエミレーツありきの旅客機でしたが、言い換えればエミレーツの為に残していた旅客機とも言えます。エミレーツも会見で生産終了を残念がっていたようですが、いくらエミレーツが大量購入すると言っても他に発注する会社が見込めなければプロジェクトの長期継続は難しかったのではないかと思います。

ひょっとしたらエミレーツ自身がA380という特殊な旅客機を前提としたビジネスモデルに危機感を持ち、転換を図ろうとしたのかも知れませんし、エアバスとの改良型の交渉決裂も、あるいは両社に取って渡りに船だったのかも知れません。ともあれA380の生産終了は、長年航空業界で主流だった「ハブアンドスポーク方式」の転換点になるのではないでしょうか。

 

・A380が航空業界に残したもの

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A380の納入機数は2019年1月現在で234機。リスト上では受注残は79機となっていますが、これはエミレーツやカンタスのキャンセル分も含まれていますので、実際の受注残はもっと少ないです。この中にはリース会社や匿名顧客も含まれていますので、実際に何機が製造されるのかはまだ未定ですが、少なくともANAの3機とエミレーツの受注残14機は確実に作られるでしょうから、最低251機は製造される見込みです。ローンチ当初の採算ラインが250機と言われてましたのでそれはクリアできそうですが、実際にはその後の開発遅延によるコスト増で採算分岐点は400機に上がったと言われています。生産機数だけを見れば決して失敗とは言えませんが、エアバスにとっては商業的には成功したとは言い難いでしょう。

 

ではA380という旅客機は航空業界に何を残したのでしょうか。個人的な考えですが、「大量輸送時代の終焉を突きつけた」「上級クラスの個室化、ハイクオリティ化のきっかけを作った」「空のサービスの新しい可能性を示した」の3点ではないかと思います。

 

「大量輸送時代の終焉」はA380が売れなかった理由で示したので改めて触れるまでもないでしょう。「上級クラスの個室化、ハイクオリティ化」はA380を初就航させたシンガポール航空と、最大のカスタマーであるエミレーツ航空、その対抗馬のエティハド航空が道筋を示しました。

それまでもビジネス、ファーストのフルフラット化などは進んでいましたが、限られたスペースの中で座席を配置する必要があった為、スペースを取られる個室化に踏み切る会社はほとんどありませんでした。A380はその制約が無くなった事で、シンガポール航空やエミレーツ航空はファーストクラスを半個室化します。特にエティハド航空の「ザ・レジデンス」はベッドルームにリビング、シャワー室も完備とホテル顔負けの設備。近年航空各社がファーストクラスやビジネスクラスの半個室化を進めていますが、その先鞭はA380が付けたと言ってもいいでしょう。

「空のサービスの新しい可能性」は先程の個室化と連動しますが、バーカウンターやロビースペース、シャワー室といった従来の航空機では考えられなかったスペースが設けられました。ただこれに関しては上級クラスのみのサービスであり、他の機種に波及する気配もないので、今のところA380特有のサービスになりそうです。

とは言え、サービス面で新しい可能性を示し、個室化の流れを作った事はA380の大きな功績と言えるでしょう。

 

・生産終了後、A380の行く末は?

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生産が終了するとは言え、A380は就航から10年ちょっとしか経っていませんし、あと2年は新造機が出ますから当面は高需要路線を中心に世界中の空港で見られると思います。しかし、その大きすぎる機体を使いこなせる航空会社は多くなく、中古機として市場に出てもあまり買い手はつかなさそうです。実際、リース契約が終了して返却された元シンガポール航空の機体2機は売却先を探しても引き取り手がなく、パーツ取り用として解体されることになってしまいました。

航空機リースの世界では機齢10年ほどの比較的新しい機材でも、再リースや中古機としての売却よりも部品販売の方が利益が大きいと判断されれば解体されるケースが多いので、この解体自体は不思議な事ではありません。A380の場合は中古パーツがほとんどなく、特にエンジンや着陸装置などは引き合いが多いので妥当な判断であろうとは思いますが、言い換えれば中古機としての価値はA380にはない事も示しています。

シンガポール航空は早期売却で機材の入れ替えを早める戦略を取っていますし、エールフランスもリース機を中心に半数の機体の売却を検討しているようなので、今後は部品取りとして早期に解体されるA380が増える可能性があります。生産終了で将来的な部品供給が見込めないとなると、中古部品のニーズは今後も高まりそうです。

 

・・・引退したA380には皮肉な話ですが。

 

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また、A380がいつまで飛ぶかですが、長くても2040年頃までではないかと思います。2020年代半ばには初期導入機の退役が本格化し、2030年代初頭にはA380を使用する航空会社はエミレーツ航空の他は数社程度になるのではないでしょうか。

中古機として他の航空会社に売却される可能性もA380の場合は低いと思います。普通なら先進国の大手キャリアで運行された旅客機は新興国のキャリアや中小の会社に中古機で売られるところですが、前述の通りA380は大き過ぎて使いこなせる航空会社は限られてきます。よほど物好きな会社が買うか、エミレーツが初期導入機の置き換え用として状態の良い機材を買うくらいではないでしょうか。

そして最後までA380を飛ばす会社はどこになるかですが、高確率でエミレーツになりそうです。まあ、あれだけ大量に運航してますから、これは私でなくとも想像はつくと思いますが。

 

 

そしてANAのA380。就航前に生産中止決定という、ある意味ケチがついてしまった格好ですが、それ故に希少性や注目度はむしろ高まったのではないかと思います。当面は成田ーホノルル線のみの就航ですが、3機が出揃った後は他の路線での期間運行やチャーター便もあるかも知れません。特別塗装やスカイカウチなどまでやったA380ですから、ANAもやるからには最大限活用する事でしょう。

ただし、長期間活用するかと言われると正直五分五分じゃないかと思います。3機という少なさはどうしても限定的な運用になってしまいますし、ホノルル線の利用者がANAの思惑通りに増えなければ、その先に待ち受けるのは不毛なダンピング合戦。かつてのハワイ、グアム路線が供給過剰で安売りに走り、収益性が悪化したどころか「安売りリゾート」のイメージがついて利用者離れを招いた過去がありますから、その二の舞になる可能性も考えられます。

そうなってしまうとANAのとるべき道は一つ、早期売却しかありません。買う会社があるのかと思うかもしれませんが、今はいなくても7〜8年後にはエミレーツも初期導入機の置き換えを考えると思うので、そのタイミングでエミレーツに売却、というのは十分考えられます。航空ファンとしてはANAのA380には末永く活躍して欲しいところですけどね。

 

ともあれ、今回の生産終了は一つの時代の終わりとも言えます。すぐにA380が消えるわけではありませんが、今後生産されないという事はいつか完全に消える日が確実に来る事を意味します。気の早い話ですが、その日が来るまでに悔いのないよう、興味のある方は乗っておきたいですね。

 

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