6月10日、阪急電鉄は6月1日から実施していた企業ブランディングを手掛ける会社「パラドックス」が発行した書籍「はたらく言葉たち」とのコラボ企画「ハタコトレイン」の運行を中止し、中づり広告の掲載も取りやめる事になりました。
この企画は京都線、神戸線、宝塚線各1編成の全車両の中づり広告を「はたらく言葉たち」に掲載された言葉で埋め尽くすというもので、当初の予定では6月1日から30日までの間運行される予定でしたが、その中づり広告の中の「毎月50万もらって毎日生き甲斐のない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか」とか「私たちの目的はお金を集める事じゃない。地球上で、いちばんたくさんのありがとうを集めることだ」といった言葉が反感を買い、炎上してしまった事で早期の企画中止に追い込まれてしまいました。
確かにバブルのころならともかく、今は月収30万でも給料がいい方ですし、50万なんて最早エリート扱い。それどころか正規雇用もままならず、派遣やパートなどの非正規雇用で働いてる人や、正社員でもいわゆる「ブラック企業」で過労死スレスレで働いている人にしてみれば神経を逆なでしかねない「言葉」です。さらに「地球上でいちばんたくさんのありがとうを集めること」と言う言葉は、過労自殺者を出してブラック企業の代名詞になってしまったワタミの標語に似ており、この点もブラック企業でよくあるやりがいを前面に出して長時間労働や低賃金をごまかす「やりがい搾取」を連想させて炎上してしまった原因なのではないかと思います。
阪急電鉄には「やりがいと生き甲斐を前面に押し出していて不愉快」「時代にそぐわない」と批判的な声が寄せられました。また、運行開始当初はそれほど話題にはならなかったものの、6月9日にSNS上でこの中づり広告に対して否定的なコメントが寄せられ、拡散されたあたりから一気に燃え広がってしまったようです。
いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる会社の中にはこの手の言葉をありがたがって社員に強制したり、会社内に貼りまくっていたりするところもありますが、そういう会社で働く人にしてみれば、会社の中でさんざん言われた上に行き帰りの電車の中でもそういう「言葉」で埋め尽くされればうんざりするでしょうし、中にはその「言葉」で追い詰められる人もいるかも知れません。少なくとも「言葉」の選定には慎重になるべきでした。
阪急電鉄はこの広告に対して「通勤や通学利用が多く、働く人々を応援したいという意図で企画した」としていますが、結果的には働く人の神経を逆なでしてしまい、逆効果となってしまいました。阪急はもちろん、コラボしたパラドックスに対してマイナスイメージを持った人も少なくないと思います。
しかし、早々に企画中止に踏み切ったのは適切な判断でした。あの中づり広告の言葉をいいと思ったり、炎上や企画中止を「行き過ぎだ」と思う人もいるかも知れませんが、ここまで炎上してしまった以上、このまま運行を続けていれば先日の「カネカ」のようにテレビや新聞、ネットニュースなどのメディアで連日取り上げられて騒ぎは大きくなる一方だったと思います。そうなれば阪急や「働く言葉たち」に対する非難は日増しに大きくなり、取り返しのつかないイメージダウンをもたらしていたかも知れません。そうなる前に企画中止の判断をし、ひとまず謝罪のコメントを出したのはこれ以上の炎上を防ぐという意味ではよかったのではないかと思います。
ところでこの「はたらく言葉たち」とはどんなものなのでしょうか。ホームページを見ると既に9巻まで発売されているようで、要約すると「仕事に全力で向き合う人の言葉を紹介し、明日への活力にしてもらう」もののようで、この手の本にありがちな偉い人の言葉ではなく、普通の人の言葉を中心に取り上げているようです。
とりあえず、HP内に書いてある「はたらく言葉」を見て見ました。正直言うと「上司がイケてないって?その上司にちゃんと向き合えてないお前がイケてないんだろ」とか「素直な人が、伸びます」とか受け取り方によってはブラックと思われかねない言葉も結構ありました。しかし「まずは、おおまかなものでいい。人生の設計図を書いてみて欲しい」とか「夢がないならそれでいい。自分は何がしたいのか、という事を考え続けろ」と言った割といい言葉もそれなりにありました。
人によっては前者の言葉を「いい言葉だ」と感じるかも知れませんし、後者の言葉を「きれいごとだ」ととらえて不快に感じるかも知れません。「はたらく言葉たち」の書籍自体もこれで救われた人もいれば余計追い込まれた人もいるかも知れません。「言葉」の受け取り方は人それぞれだと思いますし、いいと思った言葉を生活に取り入れて行けばいいのではないかと思います。
ただ、今回の阪急の企画は「全ての車両を「はたらく言葉たち」の言葉で埋め尽くす」という点がまずかったのではないかと思います。宝塚や阪急交通社などの阪急グループの広告や、週刊誌や沿線企業の広告などに紛れて「はたらく言葉」の中づり広告を掲示していれば炎上もせず、その言葉を気に入った人が本を買って読者になってくれるなどの効果があったかも知れませんが、全車両を「はたらく言葉たち」で埋め尽くしてしまうと、いいと思った人はともかく、不快に思った人はどこを見ても「はたらく言葉」ばかりで逃げ場がなくなってしまい、阪急とパラドックスに対する怒りや恨みが増幅されて炎上につながったのではないでしょうか。
また、全車両を同じ広告で埋めるにしても、阪急の看板の一つとも言える「宝塚歌劇」や、沿線の観光スポットである「王子動物園の動物」なら好印象を抱く人の方が多いので、むしろ好感を持って迎えられたと思いますが、「はたらく言葉たち」は好き嫌いがはっきり分かれるコンテンツだと思いますので、今回はそれがマイナスの方向に働いてしまったのではないかと思います。今回の炎上騒動は阪急らしくない「失敗」でしたが、コラボした相手とやり方がまずかっただけだと思います。早急に対応したのはむしろ危機管理的にはいい判断だったと思いますし、これを教訓に利用者に喜ばれ、会社のイメージアップにつながるような広告戦略に生かして欲しいですね。