〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

京王観光不正乗車事件の調査報告書を読んでみた。

1月に発覚した京王観光の不正乗車問題ですが、4月24日の報道で被害額が約6000万円、JR各社からの損害賠償額が約1億8000万円にのぼる事が分かりました。同時に乗車券の販売委託契約も解除され、マルスも正式に引き上げとなりました。今後京王観光ではJR券の発券ができなくなり、JR利用のツアーや団体旅行を扱う事は事実上不可能となります。

 

これまでの経緯についてはこちらの記事もご参照ください。 

www.meihokuriku-alps.com

 

さて、JRからの処分を受けて京王観光は今回の事件のお詫びと社内調査の結果を書いたお知らせを公表しました。今回はこの調査報告を読んでみて、京王観光がなぜこんな不正をやっていたのか、長年野放しになっていたのか、今後の京王観光はどうなるかを検証してみたいと思います。

調査報告は京王観光のHPで公開されていますので、一度読まれることをおすすめします。

www.kingtour.com

 

http://www.keio-kanko.co.jp/file/kta_report20190425.pdf

今回は調査報告書の項目ごとに内容の概略を書き、検証していきます。

 

1.不正の概要と経緯

不正が行われていたのは大阪支店、大阪西支店、福岡支店の3店舗。このうち大阪西支店は2018年11月に大阪支店に統合されています。

不正の手口は京王観光に貸し出されたマルスで団体乗車券を発行する際、実際の乗車人数よりも少ない人数で発行し、足りない分は回数券と座席指定だけした券(いわゆる「指のみ券」)を発券して添乗員に持たせ、当日改札で確認されずに通過した場合は回数券を払い戻して利益として計上、というものでした。

不正に関与していたのはこれら3支店に在籍していた12名で、うち4名は不正で得た利益の一部を着服していたそうです。上記3支店以外では同様の不正は行われていなかったとの事。不正で利益を得ていただけではなく、着服までしていたとは・・・開いた口がふさがりません。

 

不正が発覚したのは2018年6月の従業員からの告発でした。これを受けた京王観光では3支店の従業員36名に事情聴取を行うなどの社内調査を開始。不正が確認された8月2日にJR西日本(恐らく当該支店のマルスの管轄がJR西日本だったのでしょう)に不正の報告と謝罪をしました。さらに他の支店の社員303名にも事情聴取を行い、全支店のJR券発券データと精算データを照らし合わせて不正金額を調査し、10月19日に第一次方向書を提出しました。JR側の検証作業の後、2019年1月28日より再調査を実施。なお週刊文春の記事で不正が明るみに出たのは再調査前の1月9日の事でした。

第二次調査では従業員の再度の聞き取りとデータ等による検証を行い、4月18日にJR西日本に第二次報告書を提出。この間2月5日にはJR券の発券停止処分となり、マルスも引き上げられました。

 

2.不正金額

データから算定した結果、不正の件数は約110件、金額は約6000万円でした。1件あたりの平均金額は約54万円ですから、人数が多く、改札で切符を確認されずに通される可能性の高い大口の団体を中心に不正を行っていたのではないかと思います。但し、これもデータが残っている2007年4月以降で算出されたものなので、それ以前の不正件数や金額は不明。後述しますが不正は少なくとも1990年代半ばから行われていたそうなので、実際の不正金額はこの倍以上ではないかと思います。

 

3.賠償額とJRからの処分

不正行為に対してJR各社に支払う賠償金は約1億8100万円。これはJRの旅客営業規則第264条の「乗車券の無札及び不正使用の旅客に対する旅客運賃・増運賃の収受」に基づくものと思われ、「不正分の運賃・特急券分の3倍の料金をペナルティとして支払わなければならない(要約)」というJR各社の規則に基づいた請求額です。京王観光は賠償金を5月31日までに支払うとしています。

また、上記の通りJR各社との乗車券類の委託販売契約は正式に解除。委託販売契約が打ち切られるのは極めて異例の事で、京王観光の行った不正がいかに重大で悪質な事であるかがこの事からも分かります。

 

4.上記以外の問題行為

不正が行われていた3支店では不正乗車以外にも「団体乗車券における大人と小人の人数の取り扱い、回数券の払戻手数料、学生団体料金の適用、回数券の取り扱いで問題行為が判明しております(京王観光の調査報告書から引用)」とされており、これら3支店ではこうした不正や水増しは日常茶飯事であった事が伺えます。しかしこれらの問題行為に関しても他の支店では不正は確認されなかったとされています。なぜ3支店だけこのような不正や問題行為が横行していたのでしょうか?

 

5.不正行為の原因

ある意味、この項目が今回の調査報告書の最大の肝かもしれません。要約すると大阪支店誕生の経緯や歴史、京王観光内での大阪支店の特異な立ち位置が不正の温床になっていたようで、この事例は今後企業のコンプライアンス対策の面でケーススタディーのひとつになりそうです。

 

今回の不正行為に関わっていた社員の中で、最も古くから関与していたとされる社員の証言では、少なくとも1990年代前半から団体旅行でこの種の不正が行われていたそうです。その時不正を行っていた社員は既に退職しているそうですが、その社員がたまたまやり始めたというものではなさそうですから、恐らく不正行為自体はその前から行われていたのではないかと思います。

大阪地区の支店は京王ブランドの影響力が強い首都圏の支店と違って知名度がなく、「東京に数字で負けたくない」という風土が強く、特に利益管理が他の支店よりも厳しかったようです。営業担当者は支店長から目標達成を強く求められ、前述の社員も2001年に大阪支店長に昇進したころから予算達成の為に不正に手を染めたと証言するなど、大阪地区にはノルマ達成の強いプレッシャーがあった事が不正行為に手を染める同期になったものと思われます。不正に手を染めなければならない程追い詰められていたという事は相当無理なノルマだったのではないのでしょうか。

また、着服に関しては予算見込み利益を超えた際に「少しくらいいいだろう」という安易な考えから手を出してしまったらしく、2008年から2018年までの間に4人合計で230万円を着服したようです。正直、これに関しては呆れるしかなく、完全に不正行為をしているという感覚がマヒしてしまっています。

 

また、大阪地区の支店誕生の経緯も不正の温床のひとつとなっていたようです。京王観光は1953年に設立されましたが、基本的には京王線のある首都圏のみでの営業でした。京王観光の営業所一覧を見てもツアー商品や乗車券類を販売するカウンターのある店舗は京王沿線内のみですし、カウンターのない団体旅行専門の支店も首都圏以外では札幌、仙台、大阪、福岡の4店舗のみ。全体的に首都圏での営業が主で、他の地域は傍流と言う感じです。

その後、1969年に関西地盤の桜菊観光と合併し、関西にあった桜菊観光の支店は京王観光の支店に衣替えします。つまり、大阪地区の支店は京王観光自身が開設したものではなく、吸収した桜菊観光の流れをくむものでした(4.26訂正:京王観光のHPを再確認したら合併後の存続会社は桜菊観光で、形式的には桜菊観光が京王観光を吸収後、社名を京王観光に変更しています。事実上の力関係はともかく、誤った情報でした。申し訳ありませんでした)

流石に50年前の事なので合併に至った経緯や状況は分かりませんが、なぜか合併後も旧桜菊観光の支店は半ば独立して運営され、京王観光内でも他支店との接点が少ない特異な存在となって行きます。

 

※4.26追記:桜菊観光との合併の際、京王観光は東京都知事登録なのに対し桜菊観光は運輸大臣登録でした。旅行業登録は国内外の企画・手配旅行全てができる第1種旅行業のみ運輸大臣(現国土交通大臣)登録、国内のみ企画旅行が取り扱える第2種旅行業と手配旅行のみ取り扱える第3種旅行業は都道府県知事登録なので、第1種旅行業登録を活かすために桜菊観光を存続会社にしたのではないかと思います。

また、桜菊観光は国鉄の団体手数料交付業者指定を受けており、第1種旅行業登録と合わせ京王観光が持っていないものをいくつも持っていました。そう考えると旧桜菊観光の流れをくむ大阪地区の支店が半独立化していたのも納得できます。

推測ですが合併の際も許認可面で有利な桜菊観光の影響力は強く、合併後も旧桜菊観光の支店は半独立化を黙認されていたのではないかと思います。人事面でも旧桜菊観光の支店と社員は旧京王観光とは別体系となり、大した異動や人事交流もないまま今に至ったのではないでしょうか。

 

大阪地区の社員は首都圏や他地域への異動はほとんどなく、逆に首都圏や他地域から社員が異動する事もほとんどありませんでした。昇進についても大阪地区で採用された社員が内部昇格するなど、京王観光の一支店にも関わらず独自の組織文化が維持・継承されていきました。ちなみに、福岡支店の場合は2015年4月に開設された際に大阪支店から1名異動になり、大阪支店での担当案件を不正行為と一緒に福岡支店に持って行ったことが原因でした。

 

異動による人的交流もなく、他地域の社員との接点も希薄だったことが長年不正を行っていても発覚しなかった理由であり、逆に不正が大阪と福岡だけで止まっていた理由でもありました。不正行為は大阪地区の支店内で引き継がれていき、同じメンバーが同じ案件を継続的に行い、同じ不正行為を続けて行きました。支店内でも不正の認識はあったものの、申告すれば同僚が処分を受けることを恐れたり、上司の関与が疑われるのを恐れてそのまま黙っていたために結果的に大阪支店内で情報が止まっていた事も発覚を遅らせる原因となっていました。

本社サイドは「大阪地区の支店は支障なく運営されているとの予断があった」「不正の手口は特殊で、通常の内部監査では不正は発見できなかった」としていますが、恐らく京王観光内でも特異な存在である大阪地区の支店は本社サイドでも触れてはならない存在になっており、下手に介入をしない風潮が生まれていたのではないかと思います。不正を起こしたのは大阪地区の支店であり、JRや顧客に迷惑をかけ、会社を窮地に陥れた責任は重いのですが、大阪地区の支店を野放しにしていた本社にも責任はあると思います。

 

6.お客様への影響

委託販売契約の解除によって今後京王観光の支店ではJR券の発券業務ができなくなり、京王観光の窓口でJR券を購入することは不可能になりました。JR利用以外のツアーや他社パッケージツアーは引き続き販売されますが、京王線沿線はJRの駅と離れている駅が多いので、この地域でのJR券購入は多少不便になりそうです。

また、報告書では触れられていませんが、京王観光の強みである修学旅行についてもJR利用のコースは今後手配できなくなるので、業者選定の候補から京王観光を外す学校が続出しそうです。まあ、そうでなくとも刑事事件級の問題を起こした京王観光は指名停止などで公立学校の修学旅行から締め出されそうですが・・・

 

7.処分

今回の処分を受け、京王観光では社長を始め取締役8人中6人を減俸処分とし、監査役も自主的に報酬の一部を返上しました。親会社の京王電鉄でも社長を始めとした一部の役員が自主的に報酬の一部を返上します。また、不正に関わった社員12名に対しては解雇を含む厳正な処分を実施する、としています。「着服の事実も勘案し」とされていますから、少なくとも着服も行った4名に関しては解雇となる可能性が高いと思われます。また、責任者であり、自身も不正に関わった当時の支店長も解雇になるかも知れません。

 

8.再発防止策

不正の温床となった一部支店の半独立化などの内部統制の問題に対する対策に重点が置かれている印象です。まず既に実施されているのは各支店・営業所の統括管理部門の新設と大阪支店の人事刷新。大阪西支店の統合も再発防止策の一環だったようです。

また、今後は不正を未然に防ぐために営業管理システムを一新し、利益偏重主義の反省から人事評価制度の再設計、営業担当のジョブローテーションの義務化など、業務の属人化を防ぐ仕組みが作られるほか、コンプライアンス教育の徹底や内部統制システムの再点検が行われます。不正行為を行っていた大阪支店は閉鎖され、大阪には既存顧客への対応要員を本社直轄の駐在所が置かれる以外は社員は全て首都圏などの支店や本社に異動することになります。

 

まとめ

再発防止策自体は具体的なものであり、不正の再発や社内の管理体制にメスを入れるものになると思います。しかし、今回の不正で京王観光は多額の賠償金を払うほか、マルスや大阪支店の顧客、修学旅行の案件も失う事になります。そして何よりJRを始めとした取引先や顧客からの信用を失う事になり、今後の営業活動はかなり厳しいものになる事が予想されます。また、JR6社の中で一番被害が大きかったJR東海は「刑事告訴すべきかどうかも含めて検討中」としており、今後刑事事件化や関係者の立件の可能性もあります。場合によっては京王観光と言う企業そのものの存続も厳しくなるかもしれません。

正直言って不正の問題発覚や再発防止策は「遅きに失した」と言わざるを得ません。不正を行ったのは一部の支店でしたが、その支店に適切な管理や指導をせず、野放しにしていた京王観光自体の責任も重大です。もっと早く不正が分かって対処していれば賠償金の額も少なく済んだと思いますし、委託販売契約解除までは行かなかったかもしれません。京王観光の立て直しは茨の道ですが、今回の事件を真摯に受け止めて信頼回復に努めて欲しいと思います。

 

コンプライアンスの遵守に世間の目が厳しくなっている昨今、不正を放置したり、隠ぺい工作を行う事自体が大きなリスクになっています。しかし日本では組織防衛や目先の業績の為に不正や隠ぺい行為に走るケースが後を絶たず、結局発覚して致命的なダメージを受けてしまいます。ここ数年、日本企業で相次いだデータの改ざんや粉飾決算、過重労働などの不祥事も問題の根っこは同じだと思いますし、「不正や隠ぺいを行う方がリスクが大きい」と言う事を企業全体、特に経営層が改めて認識すべきではないのでしょうか。

 

 

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