3月16日のダイヤ改正で北海道新幹線の青函トンネル区間の最高速度が140km/hから160km/hに引き上げられたことに伴い、東京ー新函館間の最速列車の所要時間が4時間2分から3時間58分に短縮されました。時間にしてわずか4分の短縮ですが、以前より新幹線と航空の利用者数が逆転する境目が「新幹線の所要時間4時間」と言われており、航空機との競争で劣勢に立たされている北海道新幹線にとって、この「4時間の壁」を切る事は悲願でした。心理的にも「4時間台」よりも「3時間台」と言われた方が短く感じますので、インパクトは大きそうに思えます。
しかし、実際の北海道新幹線は開業初年度の2016年度は一日平均6200人、乗車率32%、2017年度は5000人、26%、2018年度は4700人、24%と下がる一方です。開業前の青森―函館間の鉄道利用者数3800人に比べればまだ多いですが、今までの整備新幹線の開業効果に比べると勢いはありません。期待されていた道南地域への経済効果も2016年度は390憶円に対し2017年度は220億円、2018年度は110億円と漸減しており、これまでの新幹線に比べるとその波及効果は限定的。収支面でも2017年度は96億7900万円の収入に対し営業費用195億5600万円、差し引き98億7700万円の赤字と、JR北海道の経営に貢献するどころか逆に足かせになってしまってます。今後は老朽化した青函トンネルの補修費用などもありますので、北海道新幹線の苦境は当面続きそうです。
一方、開業4周年を迎えた北陸新幹線は好調が続いています。開業4年目の利用者数(上越妙高~糸魚川間)は2月28日現在で840万7千人。初年度が897万人、開業ブームが落ち着いた2016年度でさえ8%減の829万人とほぼ横ばいか微増を続け、利用者数も開業前の3倍に達するなど大きな効果を上げており、北海道新幹線とは対照的です。北陸新幹線の方は収支が公開されていないので比較はできませんが、北陸新幹線のせいでJR東日本や西日本の業績が下がったというニュースはないので黒字基調なのではないかと思います。2023年には敦賀延伸開業を控えており、こちらの方は今後も好調が続きそうです。
www.hokurikushinkansen-navi.jp
さて、1年の差で相次いで開業した北陸新幹線と北海道新幹線ですが、その明暗はくっきりと分かれています。これまでの整備新幹線は開業後利用者は大幅に増加しており、例えば東北新幹線の盛岡~八戸間は開業前の6割増、九州新幹線の博多~新八代間は38%増加しました。比較的開業効果が薄かった東北新幹線の八戸~新青森間でも22%増加と「新幹線開業=乗客大幅増で地方活性化」というのがこれまでの構図でした。しかし北海道新幹線に関してはこれまでの新幹線に比べると、今のところそれほど効果は大きいとは言えません。北陸と北海道はなぜここまで差が付いてしまったのでしょうか。
1.延伸地域の人口と観光資源の差
北陸新幹線の延伸区間である長野~金沢間で直接恩恵を受ける地域は長野県北信地域(飯山市、中野市など約8万4千人)、新潟県上越地方(上越市・妙高市・糸魚川市の約26万5千人)、富山県全域(約105万人)、石川県金沢市とその周辺自治体(白山市、野々市市、津幡町、内灘町、かほく市。約73万人)、合計212万9千人と大きなもの。さらに列車の乗り継ぎや周遊観光などで石川県の他の地域(約41万2千人)や福井県苓北地域(約64万人)、岐阜県飛騨地方(14万4千人)にも間接的な恩恵がある事を考えると、北陸新幹線の影響を受ける地域の人口は330万人以上になります。
これに対し北海道新幹線の新青森~新函館北斗間で直接恩恵を受ける地域は青森県東津軽郡のうち平内町以外の2町1村(1万1千人)、北海道渡島総合振興局(39万6千人)と檜山振興局(3万6千人)の合計44万3千人。北陸新幹線の5分の一程度です。函館都市圏と青森県以南の北東北との交流人口増加など、開業による経済効果は北海道でもあったものの、北陸新幹線に比べるとそもそもの人口差が大きいので開業後の影響に差が出るのも仕方ない事なのかと思います。
加えて両者の観光資源にも大きな差があります。北陸新幹線沿線には野沢温泉や宇奈月温泉、さらに金沢から少し足を延ばせば和倉温泉、加賀温泉郷と言った日本有数の温泉地があり、白馬や妙高と言ったスキー・避暑地に立山黒部アルペンルート、黒部峡谷のような自然、少し離れますが世界遺産五箇山・白川郷の合掌集落など、観光資源は豊富で旅行会社も北陸新幹線沿線を基点にしたツアーコースを組みやすい地域です。
特に現在の北陸新幹線の終着駅である金沢は開業以降、宿泊者数が約88万人増え、外国人観光客が9万人強から45万人弱と4倍以上も増加しており、「金沢一人勝ち」と言われる程の好調ぶり。金沢ではホテルの開業ラッシュが続き、オフィスビル需要も地方都市にしては堅調な伸びを見せています。
これに対し、北海道新幹線には地域ブランド調査でトップ争いをしている函館市があり、観光資源としてのポテンシャルは北陸新幹線と互角のように思えます(金沢市は9位)。しかし、函館以外に集客力の高い観光地は沿線にはなく、小樽や洞爺湖、登別と言った道央地域の主要観光地へは函館から遠く離れており、観光の回遊性と言う面では弱いです。函館市自体も観光客数は増えているものの商業売り上げはピーク時の3分の2に減少、人口も1985年の34.2万人から2015年は26.6万人と2割以上も減少するなど都市自体の活力は落ちており、北海道新幹線を函館市の活性化に生かせているとは言えません。
2.首都圏からの距離と所要時間の差
開業前の東京~金沢間のJRの所要時間は平均4時間程度、最速で3時間40分台で結んでいましたが、新幹線開業後は最速列車の「かがやき」でで2時間28分、長野~金沢各駅停車型の「はくたか」でも3時間前後と1時間以上も短縮されました。距離的にも東京~富山間で約390km、東京~金沢間で約450kmと首都圏からも比較的近く、日帰りも可能な所要時間と言うインパクトは大きなものでした。物理的な距離に加え、新幹線開業で心理的な距離が縮まったのも開業後の利用者増加に貢献したのではないかと思います。
一方の北海道新幹線ですが、開業前の東京~函館間の鉄道の所要時間は最速で5時間22分。東京~博多間よりも長い上に乗り換えが必要となると鉄道が選択肢になる可能性は低いと言えます。開業後、東京~新函館北斗間は最速列車で4時間2分、平均所要時間は4時間19分と北陸と同じく1時間以上の短縮になりました。しかし、新函館北斗駅は函館駅から18km離れており、函館まで行くには在来線の「はこだてライナー」に乗り換える必要があります。このため東京~函館間のトータルの所要時間は開業後は4時間29分、今回のダイヤ改正でも乗り換え列車の時間を含めると最速でも4時間26分と速達効果はそれほど大きくはありません。
もっとも、新函館北斗駅に降りた利用者の多くは観光バスやレンタカーに乗り換えたり、マイカーで行き来しているようなので函館都市圏全体で見れば速達性は十分ある、とも言えます。しかし、函館空港は函館市内から9km程度しか離れていないので市内へのアクセスと言う面ではむしろ航空機より不利。北海道全体で見ても道外の来訪者の北海道への移動手段は航空機が80.6%、新幹線が8.9%と依然圧倒的航空有利で、函館に限っても関東~函館間の航空と新幹線の割合はほぼ半々。東京から4時間以上かかる現状では、少なくとも関東~北海道の旅客流動では北海道新幹線は主要な選択肢になっているとは言い難いです。
とは言え、東北地方からの北海道新幹線の利用者は関東地方とそう大差ない規模ですし、北東北~北海道になるとむしろ新幹線の割合が多くなります。こちらは函館~東北の区間に航空路線が存在しないのと、首都圏よりも距離的に近く、時間的にも心理的にも短縮効果が大きかったのではないでしょうか。
・北海道新幹線開業後における道内旅客流動調査結果(国交省北海道総合政策部作成)
3.開業前後のインパクトの差
北陸新幹線も北海道新幹線も1973年に整備計画が決定された「整備新幹線」ですが、その後国鉄の経営悪化で計画は凍結され、1988年以降、一部の区間で建設が始まりました。北陸新幹線は高崎~長野間の着工が先に開始され、その後長野~富山間が2000年に着工、残る富山~金沢間が着工されたのは2005年でした(うち石動~金沢間は既に着工済)一方の北海道新幹線は2005年に新青森~新函館北斗間が着工されました。しかし着工が決まるまでは双方紆余曲折があり、北陸も北海道も一部区間のスーパー特急方式での着工になりかけたり、他の区間よりも着工順位が後回しにされたりと、長い年月をかけて開業にこぎつけたという経緯があります。
開業に至るまでの経緯や着工時期はそう変わらないのですが、開業時のインパクトは北陸の方が大きなものでした。北陸は開業を機に新型車両のE7系を新開発して投入し、列車名も「かがやき」「はくたか」と、長野までの列車「あさま」と別の名前が用意された事で「新しい新幹線が開業する」という世間の期待感は大きなものになり、開業フィーバーにも良い影響を与えたのではないかと思います。
一方の北海道新幹線も開業を機にH5系が投入されましたが、これ自体は北海道新幹線開業の5年前に既に投入されたE5系と同型のもの。列車名も既に東京~新青森間で使用されている「はやぶさ」がそのまま使われており、これでは「東北新幹線の延長」と見られても仕方なかったのではと思います。開業時のインパクトの違いもその後の開業効果の持続に影響があったのかも知れません。
4.JRと沿線自治体の誘客活動の差
北陸新幹線開業で「独り勝ち」と言われた金沢市ですが、実際には開業前から周到に準備を進めていた事も利用者増加に差をつけました。例えば金沢駅のシンボルともいえる「鼓門」ですが、実は2005年には既に完成していました。2005年と言うと富山~金沢間が着工された年ですから、金沢市はその前から新幹線を見越して整備を進めていたのです。開業前には駅前の整備は準備万端整えており、開業前にもキャンペーンやプロモーションで新幹線と金沢市のPRに努めました。元々の金沢のポテンシャルが高かったのも大きいと思いますが、金沢の好調は事前の準備が功を奏した部分も大きいです。JR西日本もこうした沿線自治体の努力に応え、切れ目なく北陸のキャンペーンを打っており、開業5年目を迎える今年は1年半にわたる長期キャンペーンを計画しています。北陸の場合はJRと自治体の連携と誘客活動が上手く行ったケースと言えるのではないでしょうか。
www.hokurikushinkansen-navi.jp
一方の北海道新幹線。今のところ最大の受益者であるはずの函館市は金沢市程集客には積極的とは言えません。新幹線駅が隣の北斗市にある事で開業への熱が金沢市程盛り上がらない事、今のところ北海道新幹線の波及効果は道南地域のみの為、北海道が一体となった観光キャンペーンや集客対策を打ちにくい事などが原因なのかなと思います。しかし、道南地域からの売り込みは金沢はおろか対岸の青森県に比べても少ないのは気がかりであり、市民レベルでも新幹線開業を機に交流を活発化させようという動きは下火になっているようです。木古内駅併設の道の駅の好調など、ミクロ的には新幹線開業を躍進につなげた場所もありますが、沿線全体では「どこか他人事」と言う感じがするのは私だけでしょうか。
以上、北陸新幹線と北海道新幹線に差が付いた理由について考察しました。素人考えの考察ですので、調査が甘い部分や抜け落ちた部分、間違っている部分があるかも知れませんが、全般的には元々の地域の地力の差や最大の市場である首都圏からの距離の差という、地元の努力で埋められない差があるのが大きな理由だと思います。しかし、沿線自治体の積極性や連携の部分でも北陸と北海道では温度差があり、この部分に関しては自助努力で差を埋めることができるのはないのではないでしょうか。
苦境にある北海道新幹線ですが、この時期だからこそ沿線自治体とJRが連携して、誘客の方法を探る時期に来ているのではないでしょうか。「北海道新幹線がスピードを上げればシェアを上げれる」とJRも自治体も考えている節がありますが、その実現には青函トンネル区間の貨物列車がネックとなっており、一部報道である海上輸送への切り替えも農産物などの輸送に支障が出る農業関係者から反発の声が上がっており、早期の解決は望み薄です。
北陸新幹線が当初予想以上の集客に成功したのは金沢市を始めとした沿線自治体の準備やプロモーションが効果を上げ、「北陸に行きたい」と思わせた事が大きかったので、まずは「新幹線で北海道に行きたい」と思わせるキャンペーンを打ち、首都圏や東北地方へのPRや売り込みを強化するのが先決ではないでしょうか。スピードアップも大切ですが、まずは自分たちで利用客を呼び込むという姿勢が大事なのではないかと思います。将来、札幌まで延伸されれば新函館北斗駅は「途中駅」となってしまい、今以上に注目度は薄れてしまいます。「終着駅」のネームバリューがある今のうちに新幹線を地域おこしや集客に利用し、地域の魅力を高めておかないと本当に道南地域は「素通り」されてしまいかねませんし、将来の為にも必要な事なのではないでしょうか。