9月23日、「世界最古の旅行会社」とも言われる世界的な大手旅行会社・イギリスのトーマス・クックグループが追加の資金調達に失敗し、ロンドンの裁判所に破産を申請しました。これにより傘下の航空会社・トーマスクック航空も運航を停止し、全世界で60万人以上の旅行客が帰国の足を失う事になりました。イギリス政府は約15万人のイギリス人旅行客の為に数十機のチャーター機を用意し、順次帰国の支援をしていますが、全員が帰国するまでには2週間程度かかるとしています。
トーマスクックは欧州でも大手の旅行会社であると同時に、世界で初めて団体旅行や世界一周旅行、トラベラーズチェックを手掛けた近代ツーリズムの祖とも言える会社です。2017年の世界の旅行代理店売上ランキングではJTBに次ぐ9位に位置し、従業員数2万1000人、108億ドルの売上を誇る世界的な大手旅行会社でした。
そんなトーマス・クックも近年はオンライン宿泊サイト「エクスペディア」などの攻勢に晒されて経営が苦しくなり、数年前から財務状況が悪化していました。今年5月には12億5000万ポンド(1663億円)の債務を抱えている事を公表し、イギリスのEU離脱交渉の長期化で夏休みの旅行需要に大きく影響したとしています。
その後今年8月に最大株主である中国の投資会社・フォースングループから9億ポンドの資金調達に成功したものの、その後大株主や主要取引銀行から追加で2億ポンドの資金調達を求められている事を明らかにし、最後はイギリス政府にも公的支援を求めたようですが、ジョンソン首相は「安易な救済はモラルハザードを引き起こし、危機に陥った他の旅行会社が同様の救済を求めるかも知れない」と支援を拒否し、万策尽きて今回の破たんに至りました。イギリス政府のスタンスとしては帰国の足を失った旅行者の支援には全力を尽くすが、企業そのものの救済には否定的です。
イギリスの航空会社の破たんと言えば、2017年のモナーク航空の破産が記憶に新しいところ。この時も「航空旅行信託基金制度」を使って多数の救済フライトが仕立てられており、今回のトーマス・クックも同様の対応になりそうですが、今回の救済計画ではモナーク航空の時の6000万ポンドを上回る見込みです。
トーマス・クックの経営云々はここでは置いておいて、今回は最終的にトーマス・クックを見限る形となったイギリス政府の対応の是非について考えてみたいと思います。
以前のWOWエアの破たんの時にも触れたように、航空会社が破産して運航停止に追い込まれた場合、イギリスのように救済フライトを仕立てる例は実は一般的ではありません。WOWエアのように、航空会社の破産で帰国便を失っても政府が救済フライトを仕立てることはなく、旅行者が自力で対応するか他の航空会社が自主的に格安運賃で飛行機に乗せるか、という形になってしまいます。
日本でも2010年のビバ・マカオの運航停止で160人の日本人が置き去りにされたり、記憶に新しいところでは2017年のてるみくらぶの破産で既に出国した3000人が置き去りとなり、会見で社長が「自力で帰ってきてもらうしかない」と発言して物議を醸すなど、航空会社や旅行会社の破たんで旅行者が海外に置き去りになるケースが発生しています。
一応、旅行会社が破産して支払い不能になった時に備えてあらかじめ一定の預託金を納める「営業保証金」の制度はありますが、てるみくらぶの時は債権額が大きすぎて弁済は雀の涙でしたし、帰国便や一時滞在のホテルの手配は自力で行わないといけないので、基本的な対応は「自己責任」であると言えます。そう考えると「航空旅行信託基金」を設けて旅行者の保護に努めているイギリス政府は「良心的な方」と言えるかもしれません。
http://www.mlit.go.jp/kankocho/shisaku/sangyou/content/001308292.pdf
今回のトーマス・クックの場合、直接の原因は会社の財務悪化ですから、EU離脱問題と言う政治的理由が影響したとはいえ、基本的には企業の責任であると言えます。それ故イギリス政府の「安易な救済はモラルハザードにつながる」という主張は理解できるものです。経営危機だったにも関わらず経営陣が多額の報酬をもらい続けていた事もイギリス政府が救済を拒否した理由であり、公的資金で助けたらそれはそれで問題だったでしょう。
しかし、モナーク航空の破たん時に救済フライトを仕立てる時も「一から航空会社を立ち上げるようなものだった」と言うくらい困難だったように、救済フライトを仕立てるにはフライトをオペレートする人員の確保、旅行者の把握や連絡、関係各国とのフライトの調整、救済フライトを請け負ってくれる航空会社探しと交渉など、金銭的にも人員的にも莫大な労力がかかります。いちから救済フライトを立ち上げるよりは、一時的にでもつなぎ融資をしてトーマス・クック自身に救済フライトの手配や当面の帰国便の手配を任せた方が手間は掛からなかったかも知れません。
私は以前、航空会社が破たんした時の対策として、一時的な受け皿となる会社や公的機関を設立して当面の運航を確保する「航空版ブリッジバンク」の創設を提案しましたが、今回のトーマス・クックのケースは「航空版ブリッジバンク」があれば混乱は最小限に抑えられたのではないでしょうか。とりあえず当座の運航のみを手配するつなぎ融資を行うか、一時的な受け皿会社を設立してトーマス・クックの従業員や予約システムなどを一時的に譲渡するなどして当座の運航をトーマス・クック自身に行わせれば、大きな混乱は起きなかったかも知れません。一方で新規受注は停止させ、現経営陣は退陣して経営責任を問うなどの「企業の責任」は別に追及する必要があるでしょう。そして半年から1年の期限内に受注済みの予約を消化するか、キャンセルして他の旅行会社や航空会社に振り替えるなどの事後処理を行ったうえで、残った事業や資産を売却して会社は清算、という流れにすれば「利用者の救済」「企業責任の追及」「モラルハザードの防止」の3点を満たしたうえで混乱を最小限に抑えられると思うのですがいかがでしょうか。
私は経営を悪化させたり背信行為を行った企業は安易に救済するべきではないと考えますが、一方で規模が大きすぎてそのまま潰すと利用者に大きな被害がかかる企業もある事も知っています。日本でも今後、トーマス・クックのような会社が倒産しないとも限りませんし、旅行会社自体大きな資産を持っている業種ではないので、てるみくらぶのような自転車操業を行っている会社は少なからずあると思います。利用者への被害を最小限に抑え、できるだけ混乱を押さえて軟着陸させる「ソフトランディング」の方法は考える時期に来ているのではないでしょうか。