1月9日、京王電鉄系の大手旅行会社、京王観光が10年間にわたり団体乗車券を実際よりも少ない人数で発券し、約2億円を不正に詐取していたと週刊文春で報道されました。その後他のマスコミもこのニュースを報道し、京王観光も事実であると認めました。
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・旅行会社とJRの「信用」を悪用した京王観光の不正の手口
さらにその後、1月16日にはその不正乗車の手口も週刊文春で報道されました。京王観光に限らず、大手や中堅レベルの旅行会社の多くはJR各社の乗車券を発見する端末「マルス」を持っているのですが、この端末はJRのものと同様、通常の切符に加えて団体乗車券の予約や発券が可能です。京王観光は自社のマルスで本来のツアー参加者よりも少ない人数で団体乗車券を発券し、当日はツアーに同行する添乗員が一括して乗車券を管理、改札では駅員が旅行会社を信用して人数をカウントしない事を悪用して少ない人数を申告、改札を通過していました。
また、マルスでは代金が発生する通常の指定券のほかに特急券料金は発生せずに座席指定のみを行う事ができる通称「指のみ券」も発券できます。本来、指のみ券は指定席利用が可能なフリー切符や特急回数券など、座席指定のみが必要な場合に発券するものですが、実際は旅行会社も予定以上にツアー客が増えた時などの為に一時的に席を確保する為に指のみ券を発券し、実際に増えたら正式な予約に切り替える「発券替え」をすることもよくありますし、JRも旅行会社を信用してそこまで細かくは指摘しません。
京王観光はその信用を悪用し、指のみ券を発券して水増ししたツアー客の座席を確保、当日は改札で指摘された時の為に回数券を準備して指摘されたら渡し、指摘されなかったら終了後に払い戻して利益として計上、と言う手口で不正乗車をしていたようです。近年では車内改札を省略する列車も増えており、余計発覚しにくい状況だったとも言えますが、旅行会社各社とJRが長年の取引で築いた信用を悪用した不正であり、悪質としか言いようがありません。
・京王観光に待ち受けるであろう重過ぎる代償
現在はJR各社が被害額を算定中なので最終的な金額はまだ出ていませんが、当初報道されていた大阪府内の2支店に加え、福岡支店でも同様の不正が行われていたことが発覚。不正に関わっていた社員は10人に上りますので、被害額確定後はJR各社からの損害賠償、及び関係者の処分が行われると思います。恐らく賠償額は不正に得た利益以上となるでしょうから、これだけでも京王観光には大きな負担になるのではと思います。
しかし、長期的な不正や悪質性の高さを考えると損害賠償だけでは済まないと思います。京王観光にとって最悪のシナリオは「マルス引き上げ」「JRの委託販売契約解除」ではないかと思いますが、不正を行っていた支店が大阪以外にも出てきた事で、その可能性は高まったのではないかと思います。JRにとって京王観光は大口の取引先だとは思いますが、不正をして信用を裏切った会社とこのまま取引はできないでしょう。少なくとも一定期間の取引停止はあるのではないでしょうか。
更に、詐欺まがいの不正行為を働いた以上、観光庁からの行政処分も予想されます。旅行業法第13条に定められた禁止行為の中に「旅行者の保護に欠け、又は旅行業の信用を失墜させるものとして国土交通省令で定める行為」とありますが、今回の不正事件で刑事処罰がされた場合、この禁止行為に該当する可能性があります。その場合は6か月以内の一部または全部の業務停止や、最悪の場合は旅行業登録の取り消しを出す事ができる、とされています。流石に登録取り消しまでは行かないと思いますが、一部業務停止は十分あり得るのではないでしょうか。
また、第18条の3では「旅行業者の業務の運営に関し、取引の公正、旅行の安全又は旅行者の利便を害する恐れがあると認めるとき」は業務改善命令を出すことができる、とされており、何らかの業務改善命令が出される可能性もあります。いずれにしても京王観光には何らかの処分はあるのではないかと思います。
そして、一番深刻なのが京王観光及び親会社の京王電鉄のイメージダウン。京王観光は修学旅行などの団体旅行に強い会社ですが、これだけの大事になってしまうと他の旅行会社に乗り換える学校も増えるのではないかと思います。さらに万が一JRの委託契約解除や行政処分が現実のものとなれば、京王観光は修学旅行の移動手段を手配する術を失い、一定期間の指名停止で修学旅行から締め出される事になります。そうでなくともイメージダウンで利用者が減る事は容易に想像できますので、今後の賠償や処分によっては京王観光と言う会社そのものの存続が難しくなる、と言う事も十分考えられます。
また、京王観光が京王電鉄の完全子会社である以上、責任を免れることはできないでしょう。特に今の京王電鉄社長は京王観光社長を務めていた時期がありますから、場合によっては電鉄社長の進退問題に発展する可能性があります。京王観光が今後払うであろう代償がどうなるか、まだ見通しは立ちませんが、かなり厳しいものになるのではないでしょうか。
私自身、旅行業界に身を置いているのと以前の勤め先でマルス発券に携わっていた事もあって、今回の事件には信じられないという思いと、旅行会社にとって一番大切な「信用」を悪用した京王観光に憤りを感じています。まずは不正に至った経緯の解明と京王観光及び関係者への厳正な処分、そして今後同様の不正が行われないよう、再発防止策を講じる必要があります。
旅行会社は目に見えるものを取り扱わない分、目に見えない「信用」が一番大切であるはず。背景には旅行業界の収益性の低さや少子高齢化による団体旅行需要の減少などもあるかも知れませんが、今回の京王観光の不正行為は許されるものではありませんし、自社だけでなく旅行業界全体の信用に疑いの目を向けかねない事をしてしまったと思います。信頼関係を悪用した京王観光にどんなペナルティがあるかはまだ分かりませんが、これをきっかけに旅行業界も何が一番大切な事なのか、目先の利益よりも他に守るものがあるのではないか、真剣に見つめ直す時期に来ているのではないでしょうか。
【 1月30日追記】
JR各社からの発券業務委託が停止されることになりました。要はマルスの引き上げであり、2月5日以降、京王観光の全店舗でJRの乗車券や特急券の発券ができなくなります。と言っても「自社の店舗で発券ができなくなる」だけで、マルスを持つだけの体力がない中小代理店と同じようにエージェント用の窓口か他の旅行会社で発券してもらうという方法は残されています。
とは言ってもこれだけの事をしてしまった以上、当分JR利用のツアーは組めないでしょうし、JR利用の旅行商品の造成は通常よりも割安な旅行代理店向けの乗車券利用が前提である以上、信用を無くした京王観光にJRがそんな割安な乗車券を卸すわけがありません。実際、京王観光もJR券付きのツアーに関しては販売を止めています。JRや他社で発券するにしても、割引率や委託手数料などで不利になりますし、京王観光が自由に予約をできなくなるという点ではその影響は大きいのではないかと思います。何よりマルス引き上げと言う事自体が異例の事なので、更なるイメージダウンは避けられないでしょう。
今回の措置は絶縁ともいえる「業務委託契約解除」ではなく、「無期限の委託停止」なのでマルス復活の可能性は残されていますが、この措置もJRの検証作業が終わるまでの「仮処分」。被害額や不正を行っていた規模や期間が更に大きくなれば、契約解除に踏み切ってもおかしくない状態です。京王観光は契約解除を回避するためにも今まで以上に真摯に対応し、自ら不正の全容を明らかにしてJRの心証を少しでも良くするしかないでしょうね。
JR券発券停止について(京王観光HPより)
http://www.keio-kanko.co.jp/info2.html
【4月24日追記】
JR各社の被害額と京王観光へのペナルティが発表されましたが、京王観光にとっては厳しい結果となりました。京王観光とJR6社が確認作業を進めた結果、被害額は約6000万円と判明。4月19日付でJR6社が旅客営業規則に基づき運賃の3倍の1億8千万円の損害賠償を京王観光に請求した事も明らかになりました。
同日付でJR6社は京王観光との乗車券の委託販売契約を正式に解除。事実上のJRからの「絶縁」となり、今後京王観光ではJR券の販売はできなくなります。恐らく中小旅行会社と同じようなエージェント用の窓口での購入も難しいと思いますので、京王観光にとっては相当厳しい処分になります。今後はJR利用のツアー造成ができなくなるばかりか、主力の修学旅行の受注も移動手段である新幹線の手配ができなくなりますので受注はほぼ不可能。ひょっとしたら今回の措置を受けて京王観光自体指名停止処分にする自治体も出てくるかもしれません。不正の代償はあまりにも大きすぎました。
さらにJR東海は「刑事告訴すべきかどうかも含めて検討中」としていますので、今後は法人としての京王観光や、不正に関わった社員が刑事責任を問われる可能性もあります。別の報道では不正乗車の大半が東海道新幹線で行われたとされていますので、JR東海の対応が他より厳しいのも無理はないですね。
損害賠償については親会社の京王電鉄がいるので間違いなく支払われるものと思われますが、刑事処分まで行くと京王観光自体の存続は危うくなるかもしれませんし、京王電鉄が切り離す可能性もあります。同業者としては旅行業界全体の信用を落とした京王観光には改めて憤りを感じますし、自分自身他山の石とすべきと思います。旅行という実体のないものを売っている以上、「信用」は最も大事なものですから。