迷航空会社列伝、今回はANAの機材運用にまつわる貧乏くじについて取り上げました。
迷航空会社列伝「こんなはずでは・・・ANA機材選定貧乏くじ伝説」前編
なんかYouTubeの方はいつもよりもえらく伸びている上に過去の動画の再生回数も軒並み増え、しかも一週間たった今も全動画合計で1日一万回を超える再生回数が続いています。その前はせいぜい1日2~3000再生位、チャンネル登録者数も月500人増えればいい方だったので急な再生回数&チャンネル登録者数増加には素直に喜ぶ一方、戸惑っているのも正直な所。とは言え、多くの方に見て頂いているんだと思うと改めて深く感謝するとともに、下手な動画は出せないという思いも強くなります。今後とも慢心せず、見てよかったと思える動画作りに努めますので、どうぞよろしくお願いします。
さて、今回は最初の貧乏くじとして取り上げたボンバルディアダッシュ8-400型について。2007年3月13日に起きた高知空港の胴体着陸事故は、以前よりこの機種のトラブルが相次いでその安全性に疑問が持たれていた時期に発生した事や、胴体着陸までの一部始終が生中継されていた事などで世間の大きな注目を集めることになりました。
着陸までの機長の操縦と判断は見事と言うほかなく、誰もけが人を出さずに機体を下ろせたのは称賛に値します。しかし、この事故によって日ごろこの機種のトラブルに悩まされ、不安を抱いていた高知県民の怒りは頂点に達し、しばらくはダッシュ8-400の安全性に大きな疑問が投げかけられました。
そして、高知県の地方紙である高知新聞社もこの事故に対して精力的に取材をします。事故前からダッシュ8-400に関するトラブルを取材し、安全性に疑問を抱いていた高知新聞社にしてみれば、起こるべくして起こった事故であり、なぜ防げなかったのかと言う思いが強かったのではないかと思います。その執念は後にこの事故に関する特集記事を長期に渡り連載するほどでした。
今回の動画を作るにあたり一通り記事を読みましたが、就航前後あたりの記事を見るとダッシュ8-400にはむしろ好意を持っていたように思えます。大阪ー高知線の小型化、多頻度運航化と、速く快適な新型機が航空路線や高知空港の活性化につながると、高知新聞も期待を持って迎え入れたのではないでしょうか。
それだけに一連の機体トラブルと胴体着陸事故は、裏切られたと言う思いが強かったのではないかと思います。それ故に長期に渡り特集記事を組んで追求したのだと思いますが、その内容はいち地方紙の特集とは思えないほど綿密に調べ、深く切り込んだものでした。
第一部は胴体着陸事故とその後の調査を追ったドキュメントですが、第2部では調査結果に疑問を持った担当記者がカナダに飛び、ボンバルディアやダッシュ8-400を使用するエアラインなどに取材をして行きます。機体整備の省力化やボンバルディアの製造工程、事故調査の問題点に斬り込んでいく姿は大手紙顔負けでした。
さらに第3部では「原因究明」と「責任追及」の間に揺れる事故調査の問題を取り上げ、第4部はダッシュ8-400選定から機体の安全の問題を問いかけ、最後の第5部では日本やアメリカの航空行政の問題に斬り込み、安全面からの問題提起をするものでした。
正直、立場の弱い県域地方紙がこれだけの特集を組むのは異例であり、日本や世界の航空業界の問題に一石を投じるものであったと思います。高知新聞のジャーナリズムの意地を見せた特集、時間があれば是非一読して頂きたい記事です。
一方、胴体着陸事故で「欠陥機」のレッテルを貼られてしまったANAのダッシュ8-400。2007年9月にスカンジナビア航空が胴体着陸事故を起こし、全機の使用中止を決定した際は流石にANA社内でも運航を取りやめるべきだと言う声が上がりましたが、ANAの決断は「使用継続」でした。度重なるトラブルに「脚が格納されない程度のトラブルは普通」と考えるボンバルディア社のつれない対応に苦慮したANAは2005年9月から駐在員として機体計画部副部長の北原宏氏を派遣します。
北原氏の役目はアフターサービスの強化と機体の品質向上。日本側で出た不具合をボンバルディアに伝え、対策を立ててもらうよう交渉するのが主な仕事でしたが、ボンバルディア側との人脈は一から築く必要がありましたし、時にはハイドロの不具合をANA側に問題があると一蹴しようとしたボンバルディア側に「どうしても直せないなら機体を交換しろ」と詰め寄るほど、ボンバルディア側との交渉は根気のいるものでした。
その一方でカナダ側の自尊心にも配慮し、「ボーイングではこうだった」と言うような頭ごなしな言い方はせずに、日本の事情や国民感情などを説明してボンバルディアの社員に理解、協力してもらえるよう交渉します。
そんな中で起きた2007年の胴体着陸事故。北原氏は日本での世論や政府サイドの談話を翻訳してボンバルディア側に伝え、先の高知新聞の記事も翻訳して渡しました。ダッシュ8-400の安全性が国会で追及された際も同時通訳を行いましたが、その中で「欠陥機」と言う言葉が出るとボンバルディアの重役の顔は青くなり、その後赤くなったそうです。
自社の製品を欠陥機と言われてしまったボンバルディア社の重役は大きなショックを受け、怒りを覚えたと思いますが、同時にダッシュ8の日本での立場が相当悪くなっている事も理解したのではないかと思います。
これをきっかけにボンバルディアも不具合対策に本腰を入れるようになり、2008年後半には不具合の数は見違えるように減りました。現在ではANAのダッシュ8-400の運行率は99.5%ほどにまで上がり、信頼性の高い機種となっています。ANAの執念とボンバルディアの本気がダッシュ8-400の「欠陥機」の汚名を晴らしたのです。詳しくは以下の記事でご覧下さい。
「絶対に良い飛行機にしてやる」特集・Q400を鍛え直した男たち(1)
「飛行機を作る人間をチェックしろ」特集・Q400を鍛え直した男たち(2)
「眺めの良い飛行機でBon Voyage!」特集・Q400を鍛え直した男たち(最終回)
ダッシュ8-400に対する高知新聞とANAのスタンスは一見すると真逆なように見えます。高知新聞は安全性に疑念を持つ一方、ANAは「絶対に良い飛行機にする」と言う想いが強く、ダッシュ8を見捨てる事はしませんでした。
しかし、高知新聞もANAも「空の安全への想い」は同じであると思います。高知新聞の特集記事も根幹にあるのは県民の空への安全への想いですし、ANAも駐在員を派遣してまで不具合対策をしたのはお客様に安心して飛行機に乗って貰うため。メディアと航空会社、批判する側とされる側の違いはあれど、空の安全への執念がボンバルディアを動かし、欠陥機の烙印を押されたダッシュ8-400を蘇らせたのではないのでしょうか。