国土交通省が予約客が少なく採算の取れない国内航空便を条件付きで運休させる「経済減便」を制度化させるそうです。
・「不採算」を理由にした運休は日本初
これまで定期航空路線の運休は機材トラブルや悪天候など「物理的に航空機の運航が不可能」な場合に限られており、一度航空券を販売したら極端な話、利用者が1名だけでも運航する必要がありました。認可を受けた公共交通機関である以上、当たり前と言えば当たり前ですし、利用者側からすれば運航されない可能性のある飛行機なんて安心して乗れるわけがありませんから、「毎日運航される」事に何の疑問も持たないのではないでしょうか。
しかし、営利企業である航空会社からすれば赤字と分かっていても飛ばさなければならないのは大きな負担です。新規路線の開設や増便にも二の足を踏むでしょうし、赤字の飛行機を飛ばす分、どこか他で取り返さなければなりませんから、採算が良く競合が少ない路線が値上げされるなどの弊害も出てしまいます。特に運賃が格安な分、搭乗率が高くないと採算割れに陥りやすいLCCに取っては「必ず飛ばさなければならない」今の定期航空路線の制度は大きな負担であり、アメリカなどで認められている経済減便制度の導入をかねてより求めていました。
国交省も昨年から制度導入に向けた検討を重ねており、昨年8月にはネット上でのアンケート調査も行っています。今回の経済減便制度のルール設定からも、アンケートの結果を反映したものになっていることがうかがえます。
http://www.mlit.go.jp/monitor/H29-kadai01/27.pdf
海外では当たり前の制度でも、日本では航空業界はもちろん、他の交通機関でもない制度ですので(某JRが昔やってた月一運休も見方によっては体のいい経済減便な気もしますが)、導入に慎重になるのも当然ですね。いずれにしろ「交通機関はダイヤ通りに運行されるもの」という従来の常識を覆す制度になるのは間違いありません。
・そんなに甘くない運休の条件
さて、この経済減便制度ですが、不採算なら自由に運休していいわけではなく、条件がいくつかあります。
①運休便の前後3時間以内に同一路線の自社便があること。
まあ、これは当然でしょう。1日1便しかない路線で運休されてしまったら振り替えようがないですし、次の便まで待てる時間としてはこのくらいが限界でしょう。また、他社便の振り替えを認めていないのも大きなポイント。航空会社側の都合による運休なわけですから、自分たちで何とかしろと言う事でしょう。
②運航の7日前までに国交省に届け出て、予約客に振り替えや払い戻しの連絡をする。
これも当然。運休決定から代替交通機関を探したり、旅程を変える時間を考えると最低でも一週間前には連絡が欲しいところ。国交省への届け出を義務付けたのも安易に経済減便を選択させないための歯止めと運休情報の把握と言う面では妥当だと思います。
③ウェブサイトからの予約の際、運休やスケジュール変更になる可能性がある事を利用者に告知する。
運休の可能性がある便を告知する必要はありますから、これも必要な条件だと思います。航空会社は全ての便の予約状況を把握しているわけですから、どの便が運休になる可能性があるかは大体わかるはず。利用者の中にはスケジュールが変わると困る人もいるわけですから、事前に運休リスクを周知することは必要だと思います。
また、運休を実施した場合は路線や便数を公表する必要がありますので、運休情報が蓄積されれば、どの便が運休の可能性があるかを推測できることもできるのではないでしょうか。
こうしてみると安易な「経済減便」をさせないよう、かなりの歯止めが掛けられている事が伺えます。また、制度的に認められたとしても、乗り継ぎによるネットワーク力で勝負するJALやANAはあまり利用しないのではと思います。例えばある便自体は赤字でも、乗客の大半が乗り継ぎ客と言うケースでは、その便を運休させて赤字が減るメリットよりも、乗り継ぎ客を他の便に振り替えるコストや手間、運休によって旅程変更を余儀なくされる利用者の航空会社への信用低下というデメリットの方が大きく、それなら多少赤字でも飛ばした方がいい、という判断になるかと思います。特に国際線乗継客の多い成田路線は経済減便はデメリットの方が多そうです。
実際のところ、経済減便制度はLCCの要望が大きかったようですので、実際に運用が始まればLCCは経済減便制度を積極利用、JALやANAはネットワークを重視して極力飛ばし、「本当に搭乗率が悪くて大赤字が確実」な便だけ経済減便制度を使うという形になるのではないでしょうか。
・航空会社には恩恵のある「経済減便」、利用者にメリットはあるの?
さて、経済減便制度が航空会社にとってはプラスの制度であることは言うまでもありませんが、利用者目線で見れば航空会社の都合で運休にされるのは不利益はあってもメリットはないように思えます。実際、経済減便自体は運休に伴う見舞金や追加サービスがない限り、利用者にとってはメリットは全くないと言っていいでしょう。
しかし、経済減便によって赤字になる便が減り、航空会社の経営改善に寄与すれば利用者サイドにも運賃の低減や増便と言う形でメリットが生まれます。運賃の低減は今まで赤字の便の為に高めに運賃を設定せざるを得なかったのが、経済減便でその必要が無くなれば高めに設定していた分を値下げして利用者に還元、という動きが生まれるかも知れません。また、「極端に搭乗率が悪ければ運休しても構わない」となれば、需要予測が低く増便に躊躇していた路線も増便に踏み切りやすくなるかもしれないので、結果的には利用者側の利便性も向上する、と言う理屈です。
しかし、本来のダイヤなら乗り継げたはずなのに、経済減便で運休になってしまうと乗り継げなくなる、あるいは運休になったことでホテルのチェックインやレンタカーの予約に間に合わず、キャンセルされるといった実害も十分予想されます。その場合、どこまで航空会社が補償してくれるのかが問題となりますが、フルサービスの会社ならともかく、LCCの場合は運休しても払い戻してはいおしまい、となる事は十分に考えられます。その辺がどうなるかは詳細の発表を待つ必要がありますが、内容によっては経済減便で不利益を受けるリスクを覚悟する必要があるかも知れません。
以上の事から、利用者サイドから見た経済減便制度は「メリットはあるが実感はし辛い。むしろ短期的には運休で受ける不利益の方が目立つ」となるのではないでしょうか。
国交省のアンケートでも経済減便制度自体は「賛成」「仕方ない」と答えた人が多数派となった一方、実際に運休となった場合の差額負担を求める人も半数以上いました。個人的にも経済減便制度自体は航空会社の経営強化や利便性向上の面から賛成ですが、利用者への影響を最小限に抑えるためのフォローや、制度や運休の可能性のある便の周知徹底は必要だと思います。この辺の対策をしっかり取らないと、運休された便の利用者の不満が募り、航空業界全体への不信感につながってしまうと思いますので、国交省や各航空会社には万全の対策をした上で有効に運用してもらいたいですね。