一時は縮小傾向にあったものの、ボンバルディアDHC8-Q400のおかげですっかり息を吹き返したかに見えたプロペラ機。しかし、ここに来てJALが福岡ー松山や鹿児島ー奄美などDHC8-Q400路線の一部をエンブラエル機で再度ジェット化してきました。
エンブラエル機に置き換えといっても座席数はほとんど変わりませんし、所要時間も5分〜10分縮まる程度。プロペラ機の経済性の高さを考えるとあえてジェット化する必要もない気もしますが、やはり顧客志向としてはジェット機の方が好まれる傾向にあるようで、プロペラ機は「遅い、振動が大きい、快適性に劣る」というイメージがどうしてもついて回ります。
さらにプロペラ機は機体が低く、ボーディングブリッジの使用が困難という弱点があり、これもプロペラ機の「格下感」を助長しています。ANAがわざわざDHC8-Q400用にアダプターを開発したのも、裏を返せばボーディングブリッジが使えないプロペラ機への不満が大きいということではないでしょうか。沖止めだと車椅子利用の場合にも支障が出ますしね。
しかし、DHC8-Q400も今JALグループが導入しているATR42-600も静粛性や機内の快適さではジェット機とそう変わりません。私もDHC8-400に乗った時はプロペラ機特有のエンジン音と低い高度がジェット機と違うなと感じたくらいで、乗り心地や静粛性はジェット機と大差ありませんでした。ATRの方はまだ乗ったことはありませんが、ATR社CEOの会見やATR機に関する記事を見る限りでは室内の広さと静粛性はジェット機に引けを取らないようです。にも関わらず、なぜプロペラ機は格下扱いされてしまうのでしょうか。個人的な考えですが、以下のような事情が原因なのかと思います。
理由1:地方空港のジェット化
現在、日本国内で定期路線が就航している84空港のうち、ジェット機の乗り入れが不可能な空港は、奥尻・調布・三宅島・新島・神津島・但馬・壱岐・天草・屋久島・喜界島・沖之永良部・与論・多良間・南大東・北大東の15空港。基本的には小規模な離島空港ばかりで、本土では調布と但馬の2箇所のみ。今の日本の空港はその気になればジェット機を飛ばせる空港の方が主流で、プロペラ機のみの空港は少数派です。
70年代まではジェット化された空港は限られた存在であり、旭川や岡山、高松といった今では767クラスの中型機が普通に飛んで来る空港も当時はYS-11の独壇場でした。しかし、80年代以降は輸送力増強と高速化のため急速にジェット化が進み、21世紀に入ると利尻や隠岐、種子島などの離島空港でもジェット機の乗り入れが可能となりました。地元政財界や利用者にとってもジェット機は空港近代化の象徴であり、一種のステータスでもあります。それゆえ輸送力でも速度でも劣るプロペラ機は前近代的なものというイメージが染み付いてしまったのではないでしょうか。
さらにはジェット化した離島の空港の中には、採算性や需要の関係でプロペラ機に戻ってしまったり、ジェット機は来ても多客期だけという空港も存在します(利尻、隠岐、与那国)。種子島空港に至ってはジェット化しても定期便でジェット機が飛ぶことはなく、それどころか大阪直行便が臨時便に格下げになるなど踏んだり蹴ったり。また、先述の鹿児島ー奄美線も一度はMD-81でジェット化されたのに、増便と引き換えにプロペラ機のDHC8-Q400に変更された経緯があります。これらの空港の関係者にとってはせっかく大金をかけてジェット化したのに、飛んでくるのは元のプロペラ機ではジェット化の意味がないですし、ジェット機を求めるが故に余計にプロペラ機を「格下」扱いしてしまうのではないでしょうか。
理由2:YS-11の存在
戦後初の国産旅客機、YS-11。国産という価値に加え、滑走路の短い空港がまだまだ多かった70〜80年代の日本の空港事情にマッチし、耐久性の高さも相まって1973年の製造中止後も長く飛び続け、2006年まで使用された息の長い機材でした。最後まで使用された日本エアコミューターの機材は30年選手がザラでしたから、一般的な旅客機の寿命が20年前後ということを考えると、その耐久性の高さは異例です。
YS-11が日本の航空産業の礎となった名機であることは疑いようがありませんが、その歴史的価値や感情を抜きにして一般利用者の視点で考えると、エンジンが動かないと空調も動かない、荷物棚に重い荷物を載せられない、トイレは汲み取り式、振動もエンジン音も大きいと、現代の旅客機に比べると快適とは言えない飛行機でした。YS-11が主力だった時代ならともかく、90年代以降はジェット機や後継のプロペラ機に比べるとどうしても見劣りしてしまいます。
日本ではプロペラ機というとYS-11を連想する人も多いと思いますが、そのイメージが逆に「プロペラ機=古い時代の飛行機=格下」と思わせてしまう原因の一つではないかと思います。
3:DHC8-Q400の初期トラブルと胴体着陸事故
現在、日本でプロペラ機というとDHC8-Q400のイメージが強いと思いますし、今の日本で一番多く飛んでいるターボプロップ旅客機もこの機体です。現在では大きなトラブルなく飛んでいるDHC8-Q400ですが、過去には降着装置などのトラブルが頻発し、安全性を疑問視されていた時期がありました。その安全性が最も揺らいだのが2007年3月のANA機高知空港胴体着陸事故であり、特に事故の起こった高知県ではボンバルディア機に対する不信は頂点に達し、事故後しばらくDHC8-Q400は高知空港路線からは外された上、事故機も高知県の反発で路線復帰できず、海外に売却されました。
この一連のトラブルがプロペラ機に対するイメージを悪化させた面はありますし、現在でもこの機体のトラブルが報じられると「欠陥機」と言われてしまいますから、DHC8-Q400に対していいイメージを持ってない人は少なくないと思います。
しかしその後DHC8-Q400の日本最大のカスタマーであるANAが地道に改善に取り組んだおかげでトラブルは減り、現在では他機種と遜色ない安全性を確保しています。短距離ではジェット機と遜色ない時間で飛べますし、騒音も少なく低燃費でエコな機体ですから、初期トラブルやあの事故さえなければ今よりも高い評価を受け、プロペラ機に対するマイナスイメージを払拭できたと思うんですが・・・
「絶対に良い飛行機にしてやる」特集・Q400を鍛え直した男たち(1)
私個人としてはプロペラ機は決してジェット機に劣っているとは思いませんし、燃費の良さや環境負荷の軽減、滑走路の短い空港からでも離着陸が可能なSTOL性能など、プロペラ機が有利な点はいくつもあります。採算の取りづらい地方間路線や離島路線、フィーダー路線にはATRやDHC8-Q400のようなプロペラ機は最適な機材だと思います。
しかし、過去のプロペラ機の乗り心地やトラブルからいいイメージを持っていない人がいるのもまた事実ですし、飛行機=特別な乗り物という意識がまだ強い日本では、どうせ乗るなら速くて快適なジェット機を選びたくなりますし、どうしてもプロペラ機は「格下」と見られてしまうのかもしれません。
とは言え、JALグループでは日本エアコミューターのDHC8-Q400はいずれ退役する飛行機ですし、ANAグループでもMRJが就航すればDHC8-Q400は置き換えられてしまうかもしれません。そのうちプロペラ機は本当に離島路線専用機となり、限られた路線でしか乗れない貴重な存在になる可能性も十分に考えられます。ひょっとしたらプロペラ機が日本中どこでも乗れる今は実は貴重な時期なのかもしれません。もし喰わず嫌いでプロペラ機に乗ったことがない方、普通に飛んでる今のうちに一度試してみてはいかがでしょうか。ジェット機よりも低空を飛ぶプロペラ機の眺めは、また違った景色かもしれませんし、昔よりも快適性が増したプロペラ機の旅は、案外快適かもしれませんよ。
↓実際にプロペラ機に乗る機会がありましたので搭乗記を書きました。こちらも参考にどうぞ。
↓プロペラ機の活躍の場であるローカル航空会社だけを取り上げた本って意外と専門誌では見当たらないんです。そんな中でこちらの雑誌の特集はローカル航空会社を取り上げた貴重なもの。特に新中央航空のドルニエを取り上げた記事は必見です。