〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

中曽根元総理が国鉄分割民営化をやらなかったらどうなったか

11月29日、元総理大臣の中曽根康弘氏が漏水の為101歳で亡くなりました。謹んでご冥福をお祈りします。

 

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中曽根氏の大きな功績の一つとして「国鉄分割民営化」が挙げられます。37兆円もの長期債務を抱え、機能不全に陥っていた国鉄を地域ごとに分割・民営化し、債務と不採算路線を整理した現在のJRグループに再編した事で日本の鉄道は息を吹き返し、特にJR本州三社は自分の意思で適切な投資を行い、コスト管理をすることで競争力を高め、日本はもとより世界でも最大級の鉄道会社に変貌しました。

中曽根氏の訃報を受けてJR東日本は「国鉄の分割・民営化を主導し、今日の鉄道の発展につながる大きな功績を残された偉大な政治家を失ったことは誠に残念に思います」とのコメントを、JR西日本は「国鉄改革推進の主導的役割を果たされ、『鉄道の再生』を目指した故人の遺志を忘れることなく、安全で持続可能な鉄道の実現に取り組んでまいりたい」とのコメントを発表しました。また、旧国鉄時代に「改革三人組」の一人だったJR東海名誉会長の葛西敬之氏も「国鉄の分割民営化は、中曽根元総理のリーダーシップがあったからこそ実現できた。その結果が鉄道の今日の発展につながっており、大変大きな功績を残された。心よりご冥福をお祈りする」とのコメントを出しました。

一民間企業やそのトップだった人物が元総理の訃報にコメントを発表する事自体異例の事で、それだけ中曽根氏の国鉄分割民営化がその後の鉄道業界に大きな影響を与え、現在の日本の鉄道の発展に大きく貢献した事の表れと言えます。

 

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しかし中には「国鉄分割民営化は失敗だった」という声も少なからず出ています。好調を維持する本州三社の陰でJR北海道の経営が行き詰まり、JR四国も苦境に立たされている事、民営化の際に最も抵抗した最大労組の国鉄労働組合(国労)の組合員を中心に新会社への採用見送りで長年法廷闘争になった事、民営化後に夜行列車が衰退し、一部ローカル線が廃止になった事、国鉄の長期債務のうち国鉄清算事業団が引き受けた25兆5000億円は額を減らすどころか逆に増え、結局は国の一般会計に組み込まれて現在でも返済は続いていることなど「国鉄改革の負の部分」を取り上げて分割民営化を批判しているようです。

それでは、もし中曽根総理の時に国鉄分割民営化をせず、国鉄が温存されていたらどうなっていたでしょうか?今回は逆説的に国鉄が存続していたらという「もしも」の話から分割民営化の意義を考えてみたいと思います。なお、国鉄分割民営化に関しては鉄道ライターの杉山淳一氏のこの記事が分かりやすいです。

www.itmedia.co.jp

 

・そもそも国鉄の温存自体が「無理ゲー」だった

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いきなりこの見出しを出して「何を身も蓋もない事を」と思われたかも知れません。しかし、実際のところ国鉄が従来通りのシステムで存続することはどう考えても不可能でした。

まず分割民営化の最大の動機だった長期債務。この途方もない借金の出どころは国の財政投融資からの貸し付けと政府保証鉄道債券(鉄道債)でした。財政投融資のお金の出どころは郵便貯金や簡易保険、国民年金や厚生年金であり、要は間接的に国民の財産から貸し付けられていたのです。財政投融資で貸し付けられるお金は「安定的な投資先」に限定されており、国鉄への融資もその一つでしたが、言い換えればお金の出どころは国民の財産なので何が何でも返済しなければいけないし、金利の減額も不可能。ましてや民間の債権放棄のように「踏み倒す」事など論外でした。

さらにもう一つの調達先の鉄道債も国債のように政府の債務保証が付き「安定的な投資先」という触れ込みで売り出されていたのでこちらも金利の減額や踏み倒しは不可能。さらに償還期限が短かった為、期限がきた鉄道債を返すために新たな鉄道債を発行し買ってもらう「鉄道債を返すための鉄道債」を発行し続ける事になり、これが長期債務の償還額増加や国鉄の資金繰り圧迫の原因となりました。国鉄末期には大蔵省も財政投融資からの貸し付けを渋り始め、民間の金融機関からの資金調達もできないので、資金繰り的には国鉄は「詰んでいた」状態だったのです。

 

では収入増加についてはどうでしょうか?今のJRや私鉄のように不動産業や小売業、ホテル業などの「関連事業」で儲けることができれば鉄道の赤字の穴埋めになりますし、事実JR九州は関連事業の収益で鉄道事業の赤字を埋めていました。しかし、これについても国鉄のままでは「NG」だったのです。

国鉄は公共事業体という性格上、民業圧迫につながるとして「副業」は厳しく制限されていました。国鉄に認められた関連事業は青函連絡船などの船舶事業、バス事業、国鉄職員を対象にした「国鉄病院」と「国鉄共済組合」くらいで、駅構内売店の「キヨスク」は国鉄ではなく鉄道弘済会の運営、主要駅に多くあった「ステーションデパート」も国鉄の経営ではなく、地元有力者が出資して立てた「民衆駅」であり、構内の商業施設の経営は出資した有力者が行い、国鉄には地代収入しか入りませんでした(のちに国鉄の直接投資も可能に)

更には収益の大きな柱だった貨物事業はトラック輸送に取って代わられ、スト権ストで完全に信用を失って以後は完全な赤字事業でした。国鉄末期には旅客事業に関しては黒字化していましたが、貨物事業の赤字や長期債務の利子がそれを上回り、国鉄全体としては最後まで赤字のままでした。

 

更に戦後すぐの引揚者の雇用の受け皿として国鉄が必要以上に採用した結果、余剰人員を多く抱えていた事、立場としては公共企業体という「準公務員」扱いで福利厚生の負担も大きいのにそれに見合った国からの支援がなかった事も経営圧迫の一因となります。また、「公共事業体」という立場上赤字ローカル線の引き受け(というか押し付け)をされ、値上げも長年認められなかったにもかかわらず、「独立採算の公共体だから」という事で国からの財政支援は一切ありませんでした。ある意味、国鉄は行政と民間の「悪いとこどり」をした組織であったと言えます。

 

要するに、末期の国鉄は

・一企業では到底返せない借金を抱え、利子返済だけでも1兆円を超えていた

・旅客事業は再生の見込みがあったが、それ以上に貨物事業が足を引っ張っていた

・運輸事業以外の新規事業参入が認められず、赤字を埋めるための収益確保の手段がなかった

・「公共機関だから」と色々負担や制約はあるのに「役所じゃないから」という理由で財政的な支援はなかった

 

と、組合問題や組織の荒廃などの問題を抜きにしても制約やマイナス要素が多すぎ、誰がどう運営しても好転の見込みがない状態でした。抜本的な改革をしなければ改善することはなく、もしこの時点で国鉄問題を先送りにし、従来通りの形態で国鉄の組織を温存して長期債務がズルズルと増えて行けば、今頃国鉄の長期債務は100兆円を軽く突破して今以上に政府の財政や年金の運用を圧迫していたかもしれません。そして、そのツケを払うのは我々国民ですので、今以上に国民の負担が大きくなっていたかも知れません。そういう意味では「今まで通りの形態でやっていく」というのはどう考えても無理ゲーでした。

 

・国鉄が温存されたとしても民営化と大差ない組織になっていた

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上記の事から、国鉄の組織や仕組みをそのまま残す事は「不可能」である事はお分かり頂けたと思います。では、国鉄を残したうえで持続可能な組織に生まれ変わらせるにはどうすればよかったのでしょうか?

 

まず大前提として「長期債務を切り離して利子負担をなくし、国鉄全体の収支を均衡以上にする」ことが必要になります。少なくとも今までの長期債務の大半は国が引き受けて返済し、国鉄に残す債務は多くても数兆円程度にとどめる必要があります。また、鉄道債についても新規の発行には制限を設け、赤字の貨物事業は大リストラ。黒字の旅客事業についても赤字ローカル線の整理は免れないでしょう。さらに独立採算でも運営していけるよう、他の事業への参入も認める必要があります。関連事業の人員は運輸部門の余剰人員を配置転換すれば何とか行けるでしょう。赤字事業の整理と非運輸部門の拡大による収益増加、利子負担の軽減で何とか国鉄は自力で維持できる程度には持ち直すことができるのではないでしょうか?

 

 

 

・・・と、ここまで読んで気付いたと思いますが、これらは全て「国鉄分割民営化」の前後に起こった事です。結局、国鉄問題の根本的な解決方法は「長期債務の処理と自立可能な組織への転換」でしたので、そのために必要な事を考えればおのずと史実の国鉄分割民営化と同じことをする、という結論になるのです。史実との違いは「公営のまま残す」事と「分割しない」事くらいですが、関連事業の参入許可についてはやはり「民業圧迫」の問題が付いて回りますので、国鉄のままだったら認められることはなく、せいぜい駅ビルの自社開発や、駅構内の売店・飲食店経営の直営化が認められるくらいだったのではないでしょうか。

 

・国が介入する余地を残したままだといずれ問題は再燃し、再び経営危機を迎えた

上記のような抜本的な改革をして、国鉄を持続可能な組織に転換させたとしても、懸念事項はまだ残ります。「公共企業体」と言う形を温存すると言う事は、国の介入の余地を残すと言う事。国が事あることに国鉄の運営や新線建設に口を出し、莫大な建設費用がかかる路線の建設や運営を国鉄に押し付ける可能性は十分に考えられます。

流石に赤字ローカル線の建設は鳴りを潜めるでしょうが、ローカル線よりも遥かに建設費がかかる「整備新幹線」の建設を押し付けられた可能性は大きいでしょう。

無論、新幹線なら採算性はローカル線よりも良いとは思いますが、建設費は兆単位となり、債務負担はローカル線の比ではありません。現行の整備新幹線建設スキーム同様、大半の建設費は国や沿線自治体が負担するとは思いますが、「公共企業体」と言う性格上、並行在来線の分離は認められず、引き継ぎ国鉄が経営する事になるのではないでしょうか?建設自体も「国鉄は公共企業体だし拒否権はない」と言う理屈で事実よりも認可→着工のスピードは早かったかも知れませんが、その分国鉄の債務は増え、赤字の並行在来線も増えていくことになります。

 

そして、国の介入を許すともう一つ、「親方日の丸体質」が温存されると言う問題があります。何をするにしても国の顔色を伺うようになり、意思決定のスピードも設備投資も史実のJRよりも遥かに遅く、革新的なサービスや技術、車両は生まれなかったかも知れません。そして気が付けば事なかれ体質が蔓延し、設備投資や技術革新が停滞して設備やサービスが陳腐化し、客離れを招いたことでしょう。そうなれば収益が悪化して再び存続の危機を迎え、分割民営化の議論が蒸し返されて今度こそ国鉄は解体されたかもしれません。同じく半官半民だったかつてのJALが親方日の丸体質を引きずり、最後は経営破たんしていったように。

そう考えると国の介入の余地を無くし、自身の判断で経営判断ができる国鉄の民営化は日本の鉄道の維持には必要な事だったと思います。あくまでも公営で維持するのであれば「公共企業体」と言う中途半端な形にせず、完全に国営にして赤字も全て国がかぶる覚悟をするしかないでしょう。実際、鉄道が国営のままの国はそうしているわけですから・・・

 

・プロセスの手法はともかく、民営化自体はやはり必要な事だった

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以上の事から、長期債務の切り離しと持続可能な組織への転換、国の介入からの解放と言う観点から言えば、国鉄分割民営化は必要な事であり、中曽根氏が国鉄を解体しなければ国鉄の路線はもっと酷い形になり、今の私達に遥かに大きな負担を残したかも知れません。日本の鉄道も今のようには発展せず、特に地方では「前時代の遺物」として扱われ、今以上に多くのローカル線が消えていたかも知れません。

議論の余地があるとすれば、分割民営化のスキームではないでしょうか。採算的に苦しいのが分かりきっている三島会社に関しては本州会社に三島の路線も付けて一体的に運営し、内部補助で維持するという方法もありました。その場合は日本全土を東西二社に分割し、東日本会社に収益性の高い首都圏の路線と東京の遊休地を渡す代わりに東北と北海道のローカル線の面倒を見させ、一方の西日本会社には最大のドル箱路線である東海道新幹線を渡す代わりに四国と九州の面倒を見させる、とすればもっとすっきりした形となり、直通列車やJR貨物との調整がやりやすかったのではないかと思います。実際、その後NTTの持ち株会社化の際は近距離通話や電話設備を東西二社に分割しましたし、日本道路公団の分割民営化も東日本・中日本・西日本の3社に分割となっており、分割時に三島だけを別会社にしたケースはJRくらいです。

しかし、それをやってしまうと不採算ローカル線を余計に抱えてしまうと言う問題があり、これらの赤字を補填するために本州内の路線の利益が廻され、結果的に設備投資に廻すお金が減って本州内の路線の投資が遅れたかも知れません。特に東海道・山陽新幹線は速度向上や車両の技術革新は今ほど進まず、品川新駅はまだ開業していなかったかも知れません。当然、リニアもまだ計画段階のままだったと思います。「旅客会社6社、貨物会社1社」の仕組みも当時の関係者が極限の状態の中で考え、議論した結果のものですから、後世の人間が結果だけ見てダメ出しするのは何か違うのではないかと思うのです。

 

国鉄と言う行き詰まった巨大組織を解体するには相当の労力が必要ですし、決断をして指示をする人がいなければ何も進まず、事態を悪化させるだけだったでしょう。国鉄解体、分割民営化を決断した中曽根氏はやはり偉大な政治家だったと思いますし、的外れな批判だけして決断もせず、責任も取らない今の一部の政治家よりもよほど尊敬できると思います。改めて中曽根氏の功績を称え、謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

 

 

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