〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

県を代表する空港、営業中なのに定期便ゼロ。不思議な福井空港に行って見た。

MRJミュージアムを訪れた翌日、台風接近もあって予定よりも早く名古屋を離れることにしましたが、ただ帰るのももったいないので、台風の影響が少ない福井経由で帰る事にしました。途中敦賀で一泊し、赤レンガ倉庫などを観光した後「そう言えば帰り道にあの空港があったよな・・・」とふと思い出し、前から一度行って見たかったその空港へ行って見ることにしました。

 

福井県坂井市・旧春江町。ここに空港がある事を知っている人はどれだけいるでしょうか。いや、ひょっとしたら福井県民ですらその存在を知らない人もいるかもしれません。空港の名前は「福井空港」と、堂々県の名前を掲げているのに。

 

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一応、公共の空港ですから、空港への入り口を示す標識はありますし、周辺の道路にも「福井空港 〇km」という案内標識が何か所か設置されています。しかし、その標識の先にある「空港」は、普段私たちが想像する立派な空港とはかけ離れた建物でした。

 

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少し離れた場所から。遠目からでもこの「空港」の建物が異様な事が伺えると思います。2階建ての建物は何十年も前に建てられた古いものであることが伺えますし、左端に突き出ている管制塔らしきものがなければ、古い町役場とか小学校と言っても違和感ありません。

 

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近くで見るとその古さと寂れ具合は一目瞭然。某航空事故検証番組でよく建物がしょぼいとネタにされるフランス航空事故調査局(BEA)が立派に見えるほどです。

一応駐車場はありますし、定期便がないとは言え空港ですから関係者以外立ち入り禁止と言うわけでもなく、普通に入ることができます。

 

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空港の中はこんな感じ。利用者が殆どいないので、当然飲食店や売店はなし。一階ロビーの自販機が唯一の供食施設です。一応待合室はありますが、そのスペースは小さく、20人くらいが限度。ですが横には福井県の観光パンフレットが並べられ、日焼けなどしてないところを見ると定期的に変えられているようです。

 

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2階には展望デッキがあるので上がって見ました。給油用のタンクローリーと小型の単発プロペラ機が3機止まっているだけで、当然ながら離着陸する飛行機はなし。ちなみにここまで誰一人会うことはありませんでした。

定期路線がゼロの福井空港を使用するのは事業用の会社と遊覧飛行、グライダーです。空港内にも事業用の航空会社の事務所が何社か入っていました。あとは県警のヘリや防災ヘリの基地にもなっているので、福井空港が全くの無用の長物、と言うわけでもないようです。

 

 

それにしても、なぜ福井空港はこんな状態になってしまったのでしょうか?福井市内からは離れているものの、車で約20分とそこまで不便な場所とも言えませんし、坂井市もそれなりに人口がいますから、定期便ゼロになる程需要がないとも思えません。その謎を解く鍵は小松空港の位置と福井空港の周辺環境にあります。

 

最初は福井空港にも定期便が飛んでいました。1966年に全日空が東京ー小松線を延長する形で福井に乗り入れたのが始まり。その後東京ー福井線は一日2往復に増えますが、1973年の小松空港のジェット化が福井空港の運命を狂わせる事になります。

実は小松空港と福井空港は直線距離で35km程しか離れておらず、福井市内から見ても50kmくらいしか離れていませんでした。追い討ちをかけるように同じ年には北陸道小松ー丸岡間が開通し、福井県内から小松空港への道路アクセスも良くなりました。

多少遠くなってもジェット化で所要時間が短縮され、快適性も増した小松路線を福井県民は選ぶようになり、福井空港は一気に窮地に立たされます。しかも東京ー小松線も福井線も同じ全日空の路線でしたから、航空会社サイドも利用者が減った上に近隣空港の自社路線で代替可能な福井路線を維持するメリットはありませんでした。結局東京ー福井路線は1976年に廃止され、以後福井空港は「定期路線のない空港」となってしまいました。

 

その後福井空港の定期路線復活を狙い、福井空港のジェット化計画が持ち上がりますが、住宅地の中にある福井空港はこれ以上の拡張が難しく、立ち退きが必要になります。地元住民はジェット化後の騒音問題もあってジェット化に強硬に反対します。結局、福井空港のジェット化計画は2001年に休止、2003年には正式に中止され、現在に至ります。

 

もし福井空港がジェット化されていたら違った形になっていたのでしょうか?確かに福井県内の航空需要は福井空港に移ったかも知れませんが、それでも空港から遠い若狭地方や、東海道新幹線米原駅に比較的近い敦賀市は恐らく福井空港は利用しないと思います。路線に関しても東京線以外はあまり見込めず、札幌や福岡、沖縄や国際線は引き続き小松空港に流れたと思いますので、ジェット化しても東京線が1日3〜4便程度に留まっていたと思います。さらに言えば北陸新幹線が延伸したら小松空港が近い分、富山空港以上の苦戦が予想されますので、長い目で見たら福井空港のジェット化は実現しなくて良かったのではないでしょうか。

 

定期便はゼロの福井空港ですが、グライダーの聖地とも言われています。設備の割に発着回数は少ないのがグライダーの練習には好条件なようで、定期便はなくとも福井空港を必要としている人は間違いなく存在します。今後福井空港に定期路線が復活する可能性は限りなくゼロに近いですが、グライダーの聖地として、福井の防災拠点として、末永く活躍してほしいですね。