〜Aviation sometimes Railway 〜 航空・時々鉄道

航空や鉄道を中心とした乗り物系の話題や、「迷航空会社列伝」「東海道交通戦争」などの動画の補足説明などを中心に書いていきます。

京急の「各駅停車に乗ったらポイント付与」は通勤を変えるかも知れない

6月24日、京急電鉄は平日の朝ラッシュ時に上り普通電車を利用した乗客に対し、ポイントを付与するサービスを7月から始めると発表しました。スマートフォン向けアプリの「KQスタんぽ」を使用し、平日7時30分から9時の間に運転される普通列車の車内放送で「ほぼ聞き取れない」非可聴音を流して「KQスタんぽ」に認識させ、ポイントを付与するというシステムです。

このような取り組みはもちろん日本初ですし、非可聴音を認識させてポイントを付与するという仕組みも恐らく日本の鉄道会社では初めてなのではないでしょうか。
trafficnews.jp

 

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京急の目的は「ラッシュ時の快速特急の混雑緩和」であり、特急の退避でどうしても時間がかかり、敬遠される各駅停車に乗客を振り分けることで優等列車の混雑率を下げ、通勤時の快適性を高めるのが狙いです。

しかしこのシステム自体が、これまでは不可能と思われていた顧客データのない不特定多数の利用客に「同時に」「公平に」ポイントを付与する画期的なものであり、このシステムが他の鉄道会社にも普及すれば、将来の混雑緩和や顧客囲い込みにも貢献するかも知れません。

 

利用率の低い列車に割引運賃を設けて乗車率向上を図るやり方自体は以前から存在しました。代表的なのがJR東海の「ぷらっとこだま」であり、各駅停車で利用率の低いこだまに割安な料金とドリンク券を付けて「旅行商品」として売り、特にグリーン車は正規料金よりもかなり割安な料金で乗れるようにした事で好評を博し、今でも人気商品です。

しかし、この手法は運賃の他に特急料金が必要な新幹線や有料特急だからできるもの。優等列車に乗ろうが各駅に乗ろうが運賃は変わらず、乗客がどの列車に乗るか把握も指定もできない通勤電車では不可能でした。ポイントや特典で利用率の低い列車に誘導しようにも、個別に手渡しするのは物理的に不可能ですし、電子マネーなどで割引するにしても「その乗客が本当に利用率の低い列車に乗ったのか」と言う証明ができませんから、思い付いても実現は不可能でした。

 

京急はこのハードルを「非可聴音」による認証システムでクリアしました。「非可聴音」と言うのも聞き慣れない言葉ですが、人の耳では聞き取れない高周波の音の事で、認証技術の一つとしても注目されています。昨年NECが高周波の非可聴音を外耳道に送出し、その反射音で個人を識別する技術を開発しています。

 

NEC、人間の耳には聴こえない音で個人を識別する耳音響認証技術を開発 (2018年2月27日): プレスリリース | NEC

 

今回の京急の取り組みが軌道に乗れば非可聴音による認証技術が注目されるだけでなく、鉄道各社が同様のサービスを採用すれば首都圏のラッシュの混雑緩和と乗車率の平準化に繋がるかも知れません。利用客にもポイントと言う形で恩恵が受けられます。

 

そしてもう一つ、このサービスは鉄道会社による顧客囲い込みの大きなきっかけになるかも知れません。今回の京急の場合、ポイントを貯めるには「京急プレミアカード」の保有とウェブ会員の登録が必要ですが、京急にとってはカードを作ってもらう事で顧客データを入手する事ができますし、ポイントが溜まればそれを使う為に京急グループのサービスを利用してくれます。そこでもポイントを付与すれば、顧客は積極的に京急グループのサービスを利用してくれる、と言う訳です。

 

京急プレミアポイントのサービス自体は以前から存在していましたが、今回のニュースで存在を知ったり、作ってみようかと興味を持った方も少なくないのではないでしょうか。少子高齢化で全体のパイが縮小する中、鉄道各社は顧客の囲い込みが必要になってくるでしょう。そんな中で他社に先駆けて混雑緩和に手を打った京急のサービスは面白いなと思いますし、将来の得意先確保と言う点でも有効な手だと思います。今回の取り組みが上手く軌道に乗り、混雑緩和に寄与して京急の業績にも寄与するといいですね。

 

 

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もし北海道新幹線が札幌~新函館北斗間を先に作っていたら

以前、苦境が続く北海道新幹線と好調を維持する北陸新幹線の結果の差について記事を書いたことがあります。正直、内容については賛否両論だったかと思いますが、その後ふと思った事があります。

 

「もし道内区間を先に建設した場合、ひょっとしたら状況は全然違っていたのではないだろうか」

 

実際のところ新函館~札幌間のルートが正式に決まったのは1998年ですし、新青森~新函館北斗間の着工が決まった2005年の時点でもまだ地質調査すら行われていない状態でしたから、現実にはあり得ない話です。しかし九州新幹線が中途半端ではあるけど時間短縮効果の大きい新八代〜鹿児島中央間を先に完成させて大幅な時間短縮を実現させた例があるように、北海道新幹線でも道内区間を先に着工させて速達化を図る、という選択肢はあったはず。今回はもし札幌〜新函館北斗間を開業させていたらどうなっていたかを考察したいと思います。まあ、戯言程度に読み流して下さい。

 

↓以前の記事はこちら。

www.meihokuriku-alps.com

 

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 1.所要時間

札幌〜新函館北斗間の距離は約211.5km。仮に整備新幹線の最高速度260km/hで運転されたとしたら所要時間は1時間10分前後で走破する事になり、新函館北斗〜函館間の「はこだてライナー」の最短所要時間15分と新函館北斗駅の乗り換え時間を考慮しても、札幌〜函館間は1時間30分台で結ばれます。

現在の在来線特急「スーパー北斗」の所要時間3時間30分台、かつての最速所要時間2時間59分と比較しても所要時間は半分以下となり、相当なインパクトや時間短縮効果が見込めます。この所要時間なら札幌〜函館の日帰りも余裕で可能になる上に観光・ビジネス両面での需要増加が見込めます。後述する需要予測でもプラスに働くでしょう。

 

2.本数と車両編成

現在の札幌〜函館間の特急は1日12往復、基本7両編成ですが多客期には増結されます。もし新幹線ができれば1時間に1本程度は設定されると思いますので少なく見積もっても1日15〜16往復は設定されるのではと思います。需要動向によっては増発の可能性も十分ありそうです。

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車両については自社開発は難しいかと思いますので、開通時期にもよりますが将来の直通を見越してJR東日本のE2系かE5系ベースの車両となるのではないでしょうか。車両数も全線開業までは8両編成で運転、編成数は上述の運転本数なら予備も含めて5〜6編成あれば十分でしょう。

 

3.需要予測と採算性

札幌〜函館間の旅客流動は2010年で300万人弱。うち鉄道のシェアは37.3%で、輸送人員は100万人強です。北海道新幹線が開業すればこの分に加え航空利用の人員約10万人やマイカー利用分の一部が転移するものと思われます。

また、新幹線の沿線自治体のうち、小樽近辺からの需要も新たに加わる事になり、札幌〜小樽間の通勤利用や時間短縮による新たな需要創出も見込めますので、少なく見積もっても300万人程度の利用は見込めるのではないかと思います。そこからどれだけ利用客を伸ばせるかは道庁と沿線自治体、JR北海道のテコ入れ次第ですが、大都市の札幌都市圏を抱えている分、青森〜新函館北斗よりは伸び代は見込めるのではないでしょうか。

 

次に採算性ですが、青函トンネルが無い分維持費は少ないかと思いますが、それでも黒字化に至るかは微妙です。もっとも、東京直通は部分開業の時点では考慮する必要はないので、車両数や設備面などで多少簡素化してコストを抑えるという方法もあります。この点でも新青森〜新函館北斗間よりは有利な点です。採算面では楽観視はできないものの、やり方次第では十分黒字には持って行けるのではないでしょうか。

 

また、間接的な効果として拓銀破綻などで冷え切っていた北海道経済に大きな経済波及効果をもたらします。新幹線建設に伴う建設需要の増大や、開業後の観光需要増大などで道南はもちろん、道央地域全体に経済波及効果が見込め、道北・道東地域にも多少なりとも恩恵はあるかと思います。

 

4.新青森~新函館北斗間の建設時期

札幌〜新函館北斗間が部分開業すれば北海道民、特に札幌都市圏の道民には新幹線の速達性は大きなインパクトを与えます。何より目の前に新幹線が現れ、速達化の恩恵を受ける事が出来れば「東京直通」への期待感はより高まるのではないでしょうか。

恐らく新青森〜新函館北斗間の建設に関しても誘致運動は今よりも盛り上がり、着工も史実の新函館北斗〜札幌間よりも早かったかも知れません。国も北海道新幹線の中途半端な状態を解消するべく、着工の優先順位を上げた可能性もありますので、北海道新幹線の全線開業も史実より早まったかも・・・?

 

但し、その場合でも青函トンネルの貨物列車共用問題は残っています。ひょっとしたら部分開業した後の方が直通方法などで揉めて着工が遅れたかも知れませんので、これについては先行開業も善し悪しかも?

 

以上、北海道新幹線の札幌〜新函館北斗間を先に開業させた場合の予想について考察してみました。東京直通は遠のきますが、道内区間を先に開業させた方が北海道にとってはプラス面が大きかったのではないでしょうか。JR北海道の経営的にも道内区間の方が経営改善に寄与した可能性は大きかったと思います。着工までのハードルは道内区間を先にやった方が高いと思いますが、こっちを先に開業させた方が後々プラスだったかも知れません。まあ、今となってはもうどうしようもありませんが・・・

 

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中づり広告で阪急電鉄が「炎上」してしまった理由

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6月10日、阪急電鉄は6月1日から実施していた企業ブランディングを手掛ける会社「パラドックス」が発行した書籍「はたらく言葉たち」とのコラボ企画「ハタコトレイン」の運行を中止し、中づり広告の掲載も取りやめる事になりました。

この企画は京都線、神戸線、宝塚線各1編成の全車両の中づり広告を「はたらく言葉たち」に掲載された言葉で埋め尽くすというもので、当初の予定では6月1日から30日までの間運行される予定でしたが、その中づり広告の中の「毎月50万もらって毎日生き甲斐のない生活を送るか、30万円だけど仕事に行くのが楽しみで仕方がないという生活と、どっちがいいか」とか「私たちの目的はお金を集める事じゃない。地球上で、いちばんたくさんのありがとうを集めることだ」といった言葉が反感を買い、炎上してしまった事で早期の企画中止に追い込まれてしまいました。

 

確かにバブルのころならともかく、今は月収30万でも給料がいい方ですし、50万なんて最早エリート扱い。それどころか正規雇用もままならず、派遣やパートなどの非正規雇用で働いてる人や、正社員でもいわゆる「ブラック企業」で過労死スレスレで働いている人にしてみれば神経を逆なでしかねない「言葉」です。さらに「地球上でいちばんたくさんのありがとうを集めること」と言う言葉は、過労自殺者を出してブラック企業の代名詞になってしまったワタミの標語に似ており、この点もブラック企業でよくあるやりがいを前面に出して長時間労働や低賃金をごまかす「やりがい搾取」を連想させて炎上してしまった原因なのではないかと思います。

 

mainichi.jp

 

阪急電鉄には「やりがいと生き甲斐を前面に押し出していて不愉快」「時代にそぐわない」と批判的な声が寄せられました。また、運行開始当初はそれほど話題にはならなかったものの、6月9日にSNS上でこの中づり広告に対して否定的なコメントが寄せられ、拡散されたあたりから一気に燃え広がってしまったようです。

いわゆる「ブラック企業」と呼ばれる会社の中にはこの手の言葉をありがたがって社員に強制したり、会社内に貼りまくっていたりするところもありますが、そういう会社で働く人にしてみれば、会社の中でさんざん言われた上に行き帰りの電車の中でもそういう「言葉」で埋め尽くされればうんざりするでしょうし、中にはその「言葉」で追い詰められる人もいるかも知れません。少なくとも「言葉」の選定には慎重になるべきでした。

 

阪急電鉄はこの広告に対して「通勤や通学利用が多く、働く人々を応援したいという意図で企画した」としていますが、結果的には働く人の神経を逆なでしてしまい、逆効果となってしまいました。阪急はもちろん、コラボしたパラドックスに対してマイナスイメージを持った人も少なくないと思います。

しかし、早々に企画中止に踏み切ったのは適切な判断でした。あの中づり広告の言葉をいいと思ったり、炎上や企画中止を「行き過ぎだ」と思う人もいるかも知れませんが、ここまで炎上してしまった以上、このまま運行を続けていれば先日の「カネカ」のようにテレビや新聞、ネットニュースなどのメディアで連日取り上げられて騒ぎは大きくなる一方だったと思います。そうなれば阪急や「働く言葉たち」に対する非難は日増しに大きくなり、取り返しのつかないイメージダウンをもたらしていたかも知れません。そうなる前に企画中止の判断をし、ひとまず謝罪のコメントを出したのはこれ以上の炎上を防ぐという意味ではよかったのではないかと思います。

 

togetter.com

 

 

ところでこの「はたらく言葉たち」とはどんなものなのでしょうか。ホームページを見ると既に9巻まで発売されているようで、要約すると「仕事に全力で向き合う人の言葉を紹介し、明日への活力にしてもらう」もののようで、この手の本にありがちな偉い人の言葉ではなく、普通の人の言葉を中心に取り上げているようです。

www.hatakoto.jp

 

とりあえず、HP内に書いてある「はたらく言葉」を見て見ました。正直言うと「上司がイケてないって?その上司にちゃんと向き合えてないお前がイケてないんだろ」とか「素直な人が、伸びます」とか受け取り方によってはブラックと思われかねない言葉も結構ありました。しかし「まずは、おおまかなものでいい。人生の設計図を書いてみて欲しい」とか「夢がないならそれでいい。自分は何がしたいのか、という事を考え続けろ」と言った割といい言葉もそれなりにありました。

人によっては前者の言葉を「いい言葉だ」と感じるかも知れませんし、後者の言葉を「きれいごとだ」ととらえて不快に感じるかも知れません。「はたらく言葉たち」の書籍自体もこれで救われた人もいれば余計追い込まれた人もいるかも知れません。「言葉」の受け取り方は人それぞれだと思いますし、いいと思った言葉を生活に取り入れて行けばいいのではないかと思います。

 

ただ、今回の阪急の企画は「全ての車両を「はたらく言葉たち」の言葉で埋め尽くす」という点がまずかったのではないかと思います。宝塚や阪急交通社などの阪急グループの広告や、週刊誌や沿線企業の広告などに紛れて「はたらく言葉」の中づり広告を掲示していれば炎上もせず、その言葉を気に入った人が本を買って読者になってくれるなどの効果があったかも知れませんが、全車両を「はたらく言葉たち」で埋め尽くしてしまうと、いいと思った人はともかく、不快に思った人はどこを見ても「はたらく言葉」ばかりで逃げ場がなくなってしまい、阪急とパラドックスに対する怒りや恨みが増幅されて炎上につながったのではないでしょうか。

また、全車両を同じ広告で埋めるにしても、阪急の看板の一つとも言える「宝塚歌劇」や、沿線の観光スポットである「王子動物園の動物」なら好印象を抱く人の方が多いので、むしろ好感を持って迎えられたと思いますが、「はたらく言葉たち」は好き嫌いがはっきり分かれるコンテンツだと思いますので、今回はそれがマイナスの方向に働いてしまったのではないかと思います。今回の炎上騒動は阪急らしくない「失敗」でしたが、コラボした相手とやり方がまずかっただけだと思います。早急に対応したのはむしろ危機管理的にはいい判断だったと思いますし、これを教訓に利用者に喜ばれ、会社のイメージアップにつながるような広告戦略に生かして欲しいですね。

 

 

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バニラエアの異例過ぎる「明るい統合」・消えゆくブランドへのリスペクトの意味は

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6月1日、バニラエアの成田ー那覇線がピーチに移管されました。10月まで続くバニラエアからピーチへの路線移管の第一弾になります。この路線は以前ピーチも運航していましたが、2017年3月に撤退。ピーチ的にはバニラからの移管で再就航となった格好です。就航記念イベントでは井上慎一CEOらがバニラエア名物の「黄色い手袋でハイタッチ」を行って見送りました。

 

www.aviationwire.jp

 

さらにバニラエアでは「バニラエアForever!!」と銘打って統合キャンペーンを実施し、対象便に乗ると社員の熱い思いを書いたカードくじを引き、キラカードが出るとささやかな景品をプレゼントしています。社員をカードくじにすると言う発想自体が斬新ですが、これもお金をかけずにインパクトを残すLCCらしいキャンペーンじゃないかと思います。

 

www.aviationwire.jp

 

昨年10月にピーチの井上CEOがバニラエアのCEOにも就任して以降、バニラとピーチの融合は急速に進んでいるように思えます。3月のピーチ就航7周年祭の時にはピーチとバニラの「結婚式」を行なって統合をアピールするなど、両社の融和に努めています。

ぴww.aviationwire.jp

 

↓バニラエアの特設サイトはこちら

https://www.vanilla-air.com/jp/campaign/vanillaair_forever/

 

普通、会社の統合で消滅する方のブランドがここまで大々的にキャンペーンを行う例はあまりありません。航空業界で見てもJALとJASの統合の場合はJALのブランドばかりが強調され、消滅する方のJASは大したキャンペーンもないまま静かに消えていった印象でした。実際、運行最終日も大したセレモニーもなく、統合の時と比べるとメディアの報道もあまりなかったように記憶しています。

日本の場合、会社の合併は経営の行き詰まった会社が他の会社に救済されるというケースが多く、消滅する方のブランドはマイナスイメージがついているからか出来るだけ露出を避ける傾向にあります。また、統合後のブランドを浸透させる為にもそちらを全面的に押し出し、消滅するブランドの露出は相対的に減りがちです。

JALとJASの統合の場合はJALブランドの方がはるかに強く、国際的にも浸透しているJALブランドを全面に押し出した方がマーケティング的にも有利な為、統合までのJASブランドの扱いが小さくなってしまいました。

 

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ピーチとバニラの統合の場合、JALとJASの統合の例に習えばピーチブランドを浸透させる為にバニラの就航地にピーチの広告を打ちまくり、極力バニラのブランドを隠そうとしたかも知れませんが、井上CEOは敢えてバニラブランドを強調し、「明るいお別れ」を全面に押し出す広告戦略を打ちました。近年のブランド統合では異例のプロモーションです。

ピーチとバニラの統合はブランド力や経営体力の面で優位に立つピーチが黒字化したものの100億以上の累積赤字を抱えるバニラを吸収する形ですが、バニラエアの経営が行き詰まったという訳ではありません。統合の目的は「アジアのLCCとの競争に打ち勝つ為」と言う前向きなものであり、バニラのブランドを敢えて持ち上げるのは「この統合が決して後ろ向きなものではない、競争に打ち勝ち、さらにサービスを充実させるための前向きなものだ」というメッセージを内外にアピールする効果があります。

加えてバニラエアで働く社員やバニラブランドのファンでもある利用客に「ピーチはバニラブランドを大事に思っています。あなた達の事は忘れませんよ」と言うメッセージにもなっていると思います。特にブランドが消滅するバニラの社員にとってはモチベーションが下がって人材流出につながりかねませんし、ピーチとバニラの統合の際もその点が指摘されていました。先の「社員トレーディングカード」もバニラエアの社員の事を大事にします、バニラの事も決して忘れませんと言う井上CEOのメッセージも込められているのではないでしょうか。

 

今回のバニラエアの「明るい統合」キャンペーンは 異例ですが、これだけ消滅するブランドをリスペクトしたものもそうないのではないかと思います。加えてバニラエアの社員と利用客への敬意を払い、統合後の新生ピーチに対する期待感を高めるという意味でも素晴らしいプロモーションではないかと思います。JALとJASの統合の際は旧JASの利用者やファンの中にはJASを消したJALへの反感から離れて行った人もいたと思いますが、バニラエアの場合はそのような事は起こらないのではないかと思います。

消えゆくブランドに宣伝費をかけるのは一見すると無駄なように思えますが、そのブランドにも愛着のある人は少なからずいるわけであり、統合相手の会社がそのブランドを大事にするというメッセージを発信すれば顧客や従業員の離反を食い止める効果があり、統合後のブランドへの期待感も高められるのではないかと思います。そういう意味ではピーチと井上CEOの戦略は上手いと思いますし、今後のブランド統合のベンチマークの一つとなるのではないでしょうか。

 

 ↓ピーチの目指す「おもろい」働き方。バニラエアとの統合でも遺憾なく発揮されています。

 

 

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三菱重工のCRJ事業買収はMRJ巻き返しの切り札か、それとも「終わりの始まり」か

 5月30日にMRJの名称変更報道に関して少々辛辣なタイトルで記事を書きましたが、それから一週間後、MRJに関して更に大きな報道がありました。

 

↓先週書いた記事はこちらを参照して下さい。

www.meihokuriku-alps.com

 

 

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6月5日から6日にかけて、報道各社が「三菱重工業がカナダのボンバルディア社のCRJ事業を買収」というニュースが駆け巡りました。三菱重工も「当社グループが発表したものではない」としたものの、ボンバルディアとの交渉自体は認めており、少なくとも買収交渉がされていることは事実の様です。

航空機メーカーとしてはボーイング、エアバスに次ぐ第3位の規模を持っていたボンバルディアでしたが、近年は社運をかけたCシリーズが開発費高騰とセールスの低迷で苦戦、さらにボーイングとアメリカ政府の圧力などが響いて経営が悪化していました。

主力商品になるはずだったCシリーズは事実上エアバスに売却されてエアバスA220となり、残ったCRJとダッシュ8も設計の古さで商品競争力が低下して販売は低調と、ボンバルディアの航空機事業は将来性が見出せなくなっていました。昨年にはダッシュ8事業をカナダの航空機メーカー、バイキングエアに売却し、残るCRJ事業も他社への売却を模索していたようです。今回のCRJ売却が実現すればボンバルディアは航空機ビジネスから事実上撤退することになり、主力の鉄道車両事業に注力することになります。

 

www.jiji.com

 

www.mhi.com

 

一方、三菱重工のMRJ事業は当初2013年の納入を予定していましたが、こちらも開発遅延で開発費は高騰、当初は好調だったセールスも最近では度重なる遅延が響いてぱったりと止まりました。さらにCシリーズのエアバス売却や、エンブラエルの民間機事業のボーイングへの事実上の売却など、航空機産業は更なる巨大化、寡占化が進んでおり、MRJを取り巻く環境は厳しくなる一方でした。MRJよりも後に就航するはずだったエンブラエルE2にも先を越され、商品力も低下している中での今回のCRJ事業の買収は、航空機産業では必要不可欠な販売ルートやメンテナンス体制などを手に入れてMRJのセールス強化につなげたいという思惑があっての事でした。

 

CRJシリーズの受注残は今年3月末現在で51機しかなく、CRJ事業自体の将来性は明るいものではありません。しかし、過去にCRJを販売した顧客との繋がりができる事で将来の代替セールスにMRJを売り込めますし、世界中に広がるボンバルディアの整備ネットワークを活用できるのは大きな魅力です。

現在、整備などのアフターサービスはボーイングとの間で委託契約を結んでいますが、そのボーイングはエンブラエルの小型機事業を買収した事で先行きは不透明になっています。CRJ事業の買収は自前でのサービス網を持ち、ボーイングとの契約が打ち切られたとしてもアフターサービスを維持できる体制を構築する意味もあります。

 

また、アメリカ国内でリージョナル運航会社のジェット機を「座席数76席以下、最大離陸重量3万9000kg以下」に制限する「クローズ・スコープ」の規制緩和が実現しなかった事で、リージョナルジェットを製造する各社は対応を迫られています。エンブラエルのE2シリーズは一番小さい「E175-E2」でも4万4800kgと規制をクリアできず、設計の見直しを余儀なくされています。

MRJも航続距離の短い基本型は規制をクリアしているものの、航続距離延長型は規制ギリギリ、超長距離型は重量規制をクリアしていません。エンブラエル程ではないにしても設計の変更は必要ですが、CRJの方は70人乗りのCRJ700型が規制をクリアしており、三菱重工がCRJを買収すれば当面の繋ぎとしてCRJ700型を販売してしのぐ事が可能。アメリカ市場向けに70席急に注力しようとしている三菱重工に取っては良い買い物であると言えます。
www.aviationwire.jp

 

とは言え、CRJ事業の買収は大きなリスクを抱えている事も事実です。一部報道では買収金額は数百億程度と言われていますが、既にMRJ開発費に数千億もつぎ込んでいる中での今回の買収は財務的にさらなる重荷になる可能性があります。万が一、買収金額が一千億円を超えるようなら収益性の良くないCRJ事業は三菱重工に取って新たな経営の重荷になりかねません。

加えて、買収される側のCRJ事業の従業員と三菱重工との社内融和も大きな課題です。彼らにしてみればエアバスに買われたCシリーズや国内メーカーに買われたダッシュ8に比べると、完成機メーカーとしては後発・新参の三菱重工は身売り先としては「格下」です。一方の三菱重工は国内的には名門中の名門であり、造船やロケット、ガスタービンなども手がける総合重工業メーカー。そのプライドがCRJ側との社内融和の障害となる可能性もあり、両者の間で不協和音が出れば人材流出にも繋がりかねません。

 

買収が合意に達したとしても、まだ越えるべきハードルはいくつもあり、その調整や再構築に人や時間を取られ、MRJの開発に影響が出るという本末転倒な事態になる可能性も考えられます。

しかし、今のままではジリ貧なのも事実であり、CRJ事業買収は三菱重工に取って完成機メーカーとして生き残るための大きな賭けになりそうです。正式発表があるとすれば6月17日からのパリ・エアショーが有力視されており、そこでこれからの三菱重工とMRJの将来図が見えて来るかも知れません。まずはその発表を待ちたいところです。

 

【6月26日追記】

三菱重工、ボンバルディアからCRJ事業取得 スペースジェットの整備サポート強化

 

CRJ事業の買収が正式に決定しました。三菱重工は6月25日、ボンバルディア社とCRJ事業のうち保守、カスタマーサービス、改修、マーケティング、販売、形式証明を継承する契約を結んだと発表しました。買収金額は5億5000万ドル(590億円)で、これに加えて2億ドルの負債も継承、代わりにCRJの信託保証プログラムの受益権も継承します。

 

一方、CRJの製造工場はボンバルディアに残り、部品製造を行います。CRJの受注残51機は三菱の委託を受けてボンバルディアが製造する形を取り、2020年後半に製造終了の見込みです。駆け込みで新規受注を受け付けるかどうかは明言されていませんが、製造部門を手元に残したと言う事は三菱にもボンバルディアにもCRJ製造を長く続けるつもりはない、という事でしょう。

買収手続きは来年上半期には終了する見込みで、CRJの製造終了をもってボンバルディアは旅客機事業から撤退することになり主力の鉄道事業に集中、航空機事業はビジネスジェットのみとなります。一方の三菱重工はボンバルディアの販売ネットワークとカスタマーサポート拠点を手にする事になり、単独でもカスタマーサポート体制を整える事ができます。

 

この結果は双方にとって上手く着地できたのではないかと思います。ボンバルディアは赤字の航空機事業を切り離す事ができ、負債のうち2億ドルを三菱重工に肩代わりしてもらう事で財務面の負担も軽減できます。一方の三菱重工もCRJの製造部門を抱える事は回避できましたし、買収金額も妥当なものだと思いますのでいい買い物だったのではないでしょうか。

ちなみに、ボンバルディアが三菱重工に仕掛けた訴訟は契約締結を機に中断を申し立て、事業譲渡が完了したら訴えを取り下げるようです。今にして思えば一連の訴訟合戦も、ボンバルディアが訴訟を通じて三菱をCRJ事業売却交渉のテーブルに着かせるためのものだったか、或いはこの時すでに売却交渉は始まっており、交渉を有利に進める為にボンバルディアが訴訟を仕掛けて三菱に揺さぶりをかけたのかも知れません。

 

いずれにせよ、世界のリージョナル機市場はボンバルディアが撤退し、スホーイやCOMAC ARJが西側諸国に浸透していない今、事実上エンブラエルと三菱重工の一騎打ちとなりました。三菱重工が航空機産業で生き残るには一日も早く買収したCRJ事業との融和を図り、CRJの顧客の代替需要をスペースジェットに取り込む必要があります。

CRJは北米での運用が半数を占めており、ボーイングが買収したエンブラエルもCRJの代替需要は虎視眈々と狙っているはず。今回の買収でも楽観視はできませんが、それでもスペースジェットの巻き返しに期待したいですね。

 

最後に日本市場の動向についてですが、今回のCRJ事業買収で日本で唯一CRJを運行しているアイベックスエアラインズの動向が注目されます。保有するCRJ700は一番古い機体でも2009年とそう古くはありませんが、今後新造機の調達が難しいとなるとそう遠くない将来後継機の検討を始めなくてはなりません。

そうなると後継機として最有力なのはCRJのサポート体制を引き継ぎ、提携先のANAも発注しているスペースジェットになるのではないでしょうか。個人的にはアイベックスエアラインズがスペースジェットを発注する可能性はかなり高いと思っています。今から発注しても納入はANAとJALの後になると思いますが、今保有しているCRJの機齢を考えれば十分待つ事は可能です。ひょっとすれば近いうちにスペースジェット発注のニュースがあるかも知れませんので、国内外とも今後の動向に注目したいですね。

 

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車内販売を縮小・簡素化するJR東日本と充実させる東海道・山陽新幹線。正しいのはどっちだろう?

5月28日にJR東日本から6月末でホットコーヒーの販売と北陸新幹線での弁当・デザート・お土産類の販売終了がアナウンスされました。3月のダイヤ改正での縮小に続き、またしてもJR東日本の車内販売は縮小することになります。

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trafficnews.jp

 

 前回の車内販売縮小時の考察についてはこちらの記事も参考にして下さい。機内販売が充実する傾向にある航空業界との対比も書いています。

www.meihokuriku-alps.com

 

 

前回の縮小から3か月程度での更なる縮小は正直予想外でしたが、北陸新幹線の場合は乗り入れ先のJR西日本との調整があったから先延ばしにされていただけなのかも知れません。いずれにしろ、これでJR東日本の車内販売から駅弁やデザート類が消え、販売品目はソフトドリンク、アルコール類、お菓子類、つまみ類のみとなります。

 

これまで私は車内販売の縮小は駅ナカ設備の充実による車内販売の売り上げ減少と人手不足が原因であり、時代の流れで仕方ないものと考えてきましたが、今回のJR東日本の更なる車内販売の縮小を見ていると、JR東日本の車内販売自体への意欲も問題なのではないかと思うようになってきました。

と言うのも弁当の場合は賞味期限が短く販売可能時間に制約がある、アイスは冷凍設備が必要など手間がかかる理由がある上に売り上げは減っているので納得はできますが、ホットコーヒーに関しては朝の時間帯を中心に売り上げの高かった人気商品。確かに揺れる車内でコーヒーを注ぐ手間がかかったり、弁当同様販売可能時間に制約があるなど管理しずらい面もありますが、人気商品を「手間がかかるから」と言う理由で無くし、残った商品もコンビニで調達しやすいドリンク類や乾きものだけと言うのはどうもやる気がなさすぎるように思えます。

 

そのやる気のなさを紐解く鍵は下記の記事にありました。記事内ではホットコーヒー廃止の理由を7月1日から事業を開始する「JR東日本サービスクリエーション」にあるとし、グランクラスやグリーン車でのアテンダント業務や車内販売業務、案内業務を同社に集約する際、アテンダントに車内販売業務を兼任させるから車内販売を簡素化させるのでは?という予想をしています。このタイミングでの終了を考えると、結構的を得ているのでは?と思います。

 

tabiris.com

 

最近のJR東日本は運転士と車掌の名称を来年から「乗務係」に統一して運転士や車掌の登用試験も無くす方針を打ち出したり、将来の新幹線の自動運転を目指すなど人的な省力化に力を入れているように感じます。今回の車内販売の省力化もその一環と考えれば辻褄が合いますが、一方では車内販売の売り上げ増加の工夫を諦め、簡単に調達できて販売の手間もリスクもない商品だけにしたとも取れます。

もっと言えば残った品目こそ「コンビニでも簡単に調達できる商品」しかないので、機内販売で見られるような「オリジナル商品の販売で購買意欲を掻き立て、特別感を演出する」ことを自ら放棄したようなもの。今のままでは恐らくそう遠くない将来、JR東日本の車内販売自体が「販売に従事するアテンダントの負担を軽減する為」廃止になり、アテンダント自体も「ご利用のお客様が少ないため総合的に判断して」廃止にするんじゃないかとさえ思います。

必要のないサービスの簡素化は必要な事なのかも知れませんが、売り上げの見込めるホットコーヒーの販売中止は流石に「簡素化しすぎ」であり、安易な縮小を続けて顧客ニーズを汲み取る努力を怠れば、いずれ車内販売どころかJR東日本が市場から見限られ、かつての国鉄のような客離れを招くかも知れません。今回の決定がその最初の兆候でなければいいのですが・・・

 

 

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その一方で東海道・山陽新幹線では今のところホットコーヒーが消える気配はありません。JR東海は2018年9月に車内販売のオリジナルコーヒー「AROMA EXPRESS CAFE」をリニューアルし、今年の5月16日からは車内販売のスイーツに「メゾンカイザー」や「オーボンヴュータン」のフィナンシェやクッキーを投入してコーヒーとのセット割引を行うなどテコ入れを続けています。さらに静岡県とのコラボ商品やプレミアムモルツの「神泡セット」を期間限定で販売するなど、JR東日本に比べると車内販売の充実に積極的です。

山陽新幹線を運行するJR西日本も車内販売には積極的です。こちらも期間限定で沿線地域の名物やお土産を販売する「走る日本市」フェアを定期的に行ったり、新幹線グッズやみそ汁・スープ類の販売も行うなどかなり力を入れており、JR東日本とは対照的。ひょっとしたら、北陸新幹線の車内販売終了が3か月遅くなったのもJR西日本が車内販売の存続を求めて抵抗したからかも・・・?

 

こうしてみると同じ新幹線でもJR東日本が主体的になる東北・北陸・上越新幹線系統は車内販売の省力化・簡素化を進め、JR東海の影響が強い東海道・山陽新幹線系統は限定商品や商品ラインナップのブラッシュアップで車内販売を充実させる方向に分かれていることが分かります。(6/3追記:九州新幹線は今年3月のダイヤ改正で車内販売の営業を終了。直通列車も車内販売は新大阪〜博多間のみ)

一見するとグランクラスを設けているJR東日本の方が社内サービスに積極的なように見えますが、車内販売の面から見ればむしろJR東海や西日本の山陽新幹線区間の方が充実させる傾向にありますし、グリーン車のサービスにしてもJR東海はおしぼりサービスを続ける一方、JR東日本はグリーン車でのおしぼりやウェルカムドリンクのサービスを取りやめるなど、グランクラス以外ではむしろJR東海の方が積極的です。

 

無論、簡素化させたJR東日本にも言い分はあると思いますし、JR東海や西日本でも在来線特急では車内販売のサービスを取りやめていますので、一概にJR東日本だけを悪者にするつもりはありません。しかし、利用者としては主力の新幹線でも簡素化一辺倒のJR東日本よりも、収益の柱である新幹線だけでも何とかしてサービスを維持・充実させようとテコ入れしてくれるJR東海や西日本に好感を持ちますし、応援したくなってきます。私の場合東海道・山陽新幹線を使う機会はそう多くはないですが、今度乗ってみたら車内販売を維持してもらうためにも是非使ってみたいと思います。サービスを使う人がいなければ今は積極的なJR東海などもいずれ簡素化や車販取りやめに動くかも知れませんしね。

 

そして、JR東日本が再び車内販売を充実させる日は果たして来るのでしょうか・・・

 

 

↓一時期話題になった「カリスマ販売員」はJR東日本に多かったんですよね・・・いまの商品ラインナップでは「またあなたから買いたい!けど買いたいものがない・・・」と言われるんじゃないでしょうか。

 

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東海道新幹線や航空業界の「もしも」の話(平成編)

東海道の交通にまつわる「もしも」を考える話、今回は平成時代の「もしも」を考えていきます。昭和編をまだご覧になっていない方はこちらをご覧下さい。昭和編も長くなったけど、平成編、特に最後のJAL破たんの話はかなり長くなったなあ・・・ 

 

www.meihokuriku-alps.com

 

 


東海道交通戦争 第五章「高速化の『のぞみ』へ向けて」前編

 

 

1.もしも新幹線保有機構が解体されず、今も残っていたら

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民営化後の新幹線設備を保有し、JR各社にリースする形を取っていた「新幹線保有機構」

史実では1991年に解体され、新幹線設備は各JRの保有となりましたが、JR東海が解体に動かなかったり、解体のタイミングを逃して今でも存続していたら、日本の新幹線はどうなっていたのでしょうか?

 

まず最も影響が大きいJR東海ですが、その後の業績や設備補修や投資に大きな影響を与えたのは間違いありません。リース料負担で満足な減価償却もできず、品川新駅の建設や車両更新にも影響を与えていたでしょう。下手したらリニア建設も自己資金では賄えず、整備新幹線方式での建設の順番待ちの列に並んでいたかも知れません。

次にJR東日本と西日本への影響ですが、こちらはリース料負担は実際の建設費用よりも低く抑えられていたので、保有機構が存続していても影響はJR東海程ではなかったかも知れません。但し動画内でも触れた通り、保有機構の不明瞭なスキームは上場の障害となっていたので、JR各社の上場は史実よりも遅れていたか、今でも上場していなかったかも知れません。

 

最後に、保有機構が当初の予定通り30年で解散していたかですが、これはかなり怪しいと思っています。動画内でもなし崩し的に期限が延ばされたり、高速道路のように整備新幹線も保有機構に持たせてプール制にする可能性に触れていましたが、整備新幹線の建設財源を確保したい運輸族議員や自治体が安定したリース料を確保できる保有機構を利用しようと思っても不思議はないからです。

今の整備新幹線も開業後は鉄道・運輸機構が保有し、JR各社はリース料と言う形で受益分に応じた負担をしており、ある意味新幹線保有機構のやり方に近いものです。保有機構が残っていれば整備新幹線も同じ様に保有機構からリースと言う形になり、新幹線保有機構は半永久的に残っていたのではないでしょうか。その場合、整備新幹線を抱える地域は開業が早まったかも知れませんが、既存の新幹線、特に整備新幹線とは無関係のJR東海の負担はかなり大きなものになっていたと思います。

 

↓新幹線保有機構や品川新駅についてはこちらも参照して下さい。

 

2.もしも「関西国際空港」が当初の予定通り神戸に作られていたら

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本編ではあまり触れていませんが、航空側が苦戦した理由の一つが「関西三空港問題」でした。関西地区の空港が伊丹、関空、神戸の三ヶ所に分散され、航空路線も分散した結果利便性が低下し、利用者の敬遠を招いてしまいました。

しかし、当初の予定通りなら関空は神戸沖に作られる予定であり、もし関空が今の神戸空港の位置に作られていたら状況はかなり違っていたかも知れません。

 

まず関空が予定通り神戸沖に作られていたら、泉州沖には空港が作られる事はなく「関西三空港問題」は起こり得ませんでした。空域問題も今よりも楽になっていたのではないかと思います。

次に伊丹空港との関係ですが、史実ほどではないものの、伊丹空港の存続運動は起きていたと思います。しかし、神戸沖なら史実の関空よりはアクセスがネックにはならないと思いますので、廃港で押し切ったか、存続したとしても今の伊丹空港よりも大幅に縮小していたのではないでしょうか。

また、神戸沖に関空が建設された場合のアクセスですが、史実の神戸空港のポートライナーだけでは追いつかないでしょう。JR、阪急、阪神が新線建設に動いたと思いますが、JRはともかく、当時はまだ阪急と阪神は別グループのライバル同士でしたので、新線建設を巡って激しく対立したかも知れません。

或いは神戸高速鉄道を使って直通運転可能な新線を作り、阪急・阪神・山陽(ついでに阪神なんば線開業後は近鉄も)が仲良く乗り入れする姿が見られたかも知れません。そう考えると神戸沖に作っていれば今頃は関西一円から空港アクセス列車が乗り入れてきたかも・・・?

 

3.もしも「品川新駅」が建設されなかったら

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2003年10月に開業した品川新駅は東海道新幹線の優位性を決定づけました。東京都南部の利用客を取り込み、京急羽田線で利便性が上がった羽田空港アクセスの差を縮めて東海道・山陽沿いの航空との競争でも大きな武器になりました。

しかし、品川新駅の開業までにはJR東日本所有の土地購入と言う問題があり、この問題がネックとなって品川新駅の着工は1997年まで待たなければなりませんでした。もし、JR東日本との土地購入交渉が決裂して建設が不可能となったり、JR東海が建設を諦めていたらどうなっていたのでしょうか?

 

まず東海道新幹線の高速化やのぞみの増発に関しては、品川新駅があってもなくても行っていたと思います。「品川新駅ができたからのぞみを増発した」と言うわけではないですし、航空機との競争や車両の運用効率を上げる為にも速達列車を増やして利便性を上げるのは必要なことだからです。

但し、本数に関しては増発の余地は狭まったと思いますし、異常時のダイヤの乱れの回復は容易ではなくなるでしょう。また、航空との競争の面でも品川や渋谷といった東京23区南部や川崎市といった羽田空港に近い地域の需要はある程度航空機に流出したと思います。やはり品川新駅の建設はJR東海に取ってはメリットが大きかったのではないでしょうか。

 

そして、品川新駅が建設されなかったらリニアの始発駅も他の場所になっていたかも知れません。品川を含めたリニアの駅位置が公表されたのは2011年ですが、その頃には既に品川は東海道新幹線の主要駅の一つとなり、2008年には全列車が停車するようになりました。リニアの始発駅決定の際も品川の拠点性や東海道新幹線の存在が影響したのは間違いないでしょう。

言い換えれば品川新駅が建設されなければJR東海に取って品川は単なる通過ポイントの一つでしかなく、品川を始発駅にする必要性は薄まります。東北新幹線などとの接続を考慮して東京駅になったかも知れませんし、新宿や渋谷など、より西側のターミナル駅を始発にしたかも知れません。

もっとも、史実通り品川駅に決定した際に品川新駅構想も復活し、同時進行で建設される可能性も十分考えられますが・・・

 

4.もしも「航空シャトル便」が実現していなかったら

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史実では東海道新幹線との競合と収益源確保の為に航空大手三社が手を結び、2000年に誕生したシャトル便。その後はJALとJASの統合や羽田〜伊丹路線の増便で必要性が薄れ、いつの間にか自然消滅して行きましたが、東海道新幹線に一矢報い、東京〜大阪間の航空路線復権のきっかけになった事は間違いありません。

しかし、当時でも犬猿の仲のJALとANAが手を結んだことに驚きの声が上がったように、シャトル便構想は既存の枠組みを超えたものであり、途中で流れてもおかしくない代物でした。もしシャトル便が実現しなかったら、東京~大阪間の航空路線はどうなっていたでしょうか?

 

↓シャトル便も含めた新幹線と航空機の争いはこちらもどうぞ

 

まず東京~大阪間のシャトル便実現のきっかけとなった2000年の羽田発着枠の増便ですが、シャトル便構想がなかったら羽田~伊丹・関空線の増便は少ないものとなっていたと思います。少なくとも利用率の良くない関空線の増便はなく、他の路線の増便やダブル・トリプルトラック化に充てられていたのではないでしょうか。その後の発着枠増加でも大阪路線の増便は限定的なものになっており、東京~大阪間の航空路線はジリ貧の状態が続いていたと思います。

しかし、シャトル便構想がなかったとしても、東京~大阪間の航空路線が息を吹き返すチャンスはあります。2002年10月のJALとJASの経営統合です。史実でもこの統合で特に幹線ではJALの便数は大幅に増え、危機感を強めたANAが幹線の増便やエアドゥとの提携に踏み切りましたが、仮にシャトル便以降の増便がなかったとしても、統合でJALの東京~大阪間の航空路線は伊丹線10往復、関空線7往復となり、一定のフリークエンシーは確保できます。一方のANAは伊丹・関空線とも5往復のままと大きく水を空けられることになり、JALとの対抗上、特に一定の利用率が見込める伊丹路線の増便に踏み切ったのではと思います。

そうなれば史実と同じく、羽田~伊丹線の利便性が上がって利用率が上がり、JALとANAが伊丹路線の増便・値下げ合戦となって更に利用者を呼び込むという好循環が生まれた可能性があります。但し、その頃には品川新駅開業でのぞみが大増発されますので、史実ほどには新幹線との差を埋められずに東京~大阪間の航空路線は埋没してしまってるかも知れませんが・・・

 

5.もしもJALが再建されず、清算されていたら

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※この件に関しては様々なケースが予想されるので、結果的には一番長くなりました・・・

 

2010年1月に破たんし、公的支援投入や京セラ名誉会長の稲盛和夫氏らの意識改革で奇跡の復活を遂げたJAL。その再建スキームや放漫経営で潰れた会社への手厚い公的支援は賛否両論を巻き起こしましたが、現在のJALは規模を縮小しながらも収益性の高い会社に変貌し、社風も破たん前からは大きく変わり顧客重視で挑戦的なものとなっています。

しかし、破たん当初は手厚い公的支援をもってしてもJALの再建には懐疑的な声が多く、二次破綻するのではないかという声さえありました。海外ではアリタリア航空やUSエアウェイズ、コンチネンタル航空の様に複数回破たんした例がいくつもありますし、業種は違いますがかつては国産DRAM事業の存続を狙って各メーカーのDRAM事業を集約し、一時は公的支援で乗り切ったエルピーダメモリが2012年に経営破たんし、結局アメリカのマイクロンに買収された例があるように、公的支援を受けたからと言って再建するとは限りません。また、法的整理前でも企業年金減額に失敗していたら公的支援は白紙となり、資金繰りに行き詰って清算に追い込まれていたかもしれません。もしJALが再建できずに清算されていたら、日本の航空業界はどうなっていたのでしょうか?

 

↓JAL再建や現場の変革についてはこちらの本も詳しいです。

 

まずJALの清算方法ですが、スイス航空の時のようにある日突然飛行機が止まる、という事態までは行かなかったと思います。と言うかそんな事態になったら日本の信用は失墜し、世界中で何万人もの乗客が取り残されて余計に被害が大きくなりますので、政府がつなぎ資金を入れてでも運航は継続させたでしょう。しかしこれも一時的なもので、他の航空会社に路線を売却したり、受け皿会社を作ってJALの路線を肩代わりさせたりして破たん後1~2年程度でJAL本体の運航は終了、その後清算手続きに入ったのではないかと思います。

 

次にJALの路線の売却先ですが、以下の3つのパターンが考えられます。

①国際線はANAに、国内線は受け皿会社となる「第2JAL」に売却

②「第2JAL」に採算の取れる路線や離島路線のみを売却

③国内線、国際線ともANAや旧JALグループ会社を含めた複数の航空会社に売却

 

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①については史実でもJAL破たん直後は国際線はANAに譲渡して一本化し、JALは国内線専門会社として存続させるというシナリオがありましたので、可能性は高かったのではないかと思います。特に欧米路線などの長距離国際線は一定の体力やノウハウ、ブランド力がないと維持できませんから、少なくとも東南アジア以遠の路線はJAL以外では唯一運航できる体力のあるANAに売却されたのではないでしょうか。

一方、国内線もANAに売却してしまうのは独占禁止法上公取委は絶対に認めないと思いますし、スカイマークなどの他の会社にJALの国内線全てを引き受けるだけの体力はありませんので、受け皿会社を設立するのが一番現実的です。その場合、一から「第二JAL」を設立してそちらに売却するケースと、JAL本体と違って法的整理にはなっていない日本トランスオーシャン航空や日本エアコミューター、ジェイエアなどのグループ会社が一括または地域ごとに分割してJALの国内線を継承するケースが考えられます。前者の場合は第二JALがJTAやJACなどのグループ会社を統括して国内ネットワークを維持、後者の場合でも旧JALグループの航空会社で持ち株会社を設立して同じグループにとどまったのではないでしょうか。

①の問題点としては旧JALは国際線ネットワークを手放すことになり、ワンワールドの会員資格維持が難しくなって脱退せざるを得なくなること。アジアの加盟会社が少ないワンワールドとしては日本市場だけでなく、アジア市場でも取り返しのつかない大打撃を受ける事になり、アメリカン航空を中心に強硬に抵抗してきたかもしれません。さらに日本市場はスターアライアンスが圧倒的優位になりますので、スカイチームの名手であるデルタ航空がアメリカンと手を組み、アメリカ政府を動かして圧力をかけて再編が遅れたり、ANAへの国際線一括譲渡案が流れて売却スキームが大きく狂う可能性もあったのではないでしょうか。

 

②は史実のJAL再建に一番近いものであり、利用者や就航地にとっては一番影響の少ないやり方です。アライアンスに関しては一旦関係がリセットされるためワンワールドとスカイチームどちらに転ぶかは微妙ですが、少なくとも国内航空会社が所属する航空連合はスターアライアンスだけ、という事態は回避されます。しかしこのやり方だとJALの放漫経営体質が温存される可能性も高く、二次破綻するリスクが一番高いケースでもあります。

 

 

③はJAL以外の航空会社に路線を切り売りする形であり、JALブランドが消滅する可能性が一番高いケースです。この場合でも①と同様、長距離国際線はANAに売却される可能性が高いと思いますが、近距離国際線はANAに対抗できる航空会社を育てるべくANA以外の航空会社に優先して売却されていたのではないかと思います。あるいは当時まだリゾート路線運航会社として存続していたJALウェイズにハワイや東南アジアなどの中距離国際線を売却し、独立させていたかもしれません。

 

国内線は競争確保の観点からANAやANAの影響が大きい会社には極力売却されず、売却されたとしても羽田や伊丹以外の地方路線や離島路線にとどまったのではないかと思います。一方、国内幹線や羽田・伊丹発着の地方路線と言った収益性の高い路線は近距離国際線同様、スカイマークや旧JALのグループ会社に優先的に売却されていたと思います。スカイマークはJALに代わるANAの対抗馬として体力をつけさせる必要がありますし、737はもちろん767も運航していた実績があるので、ある程度の路線移管にも耐えられるでしょう。機材面では737や767に加え、一部の777も移管されていたと思います。もしスカイマークがJALの国内線を手に入れていれば路線再編や体制づくりに忙しくなり、ひょっとしたらA380購入なんて考える暇が無くなって将来の破たんはなかったかも・・・?

また、旧JALグループの航空会社の中でも737を運航しているJTAには沖縄振興の観点からもJALの沖縄路線を一括して売却し、沖縄資本の独立航空会社に衣替えさせたかも知れません。現在でも那覇~中部・関空・福岡線はJTAの運航ですが、これに那覇~羽田・伊丹線が加わる形になると考えてもらえればいいかなと思います。それ以外のグループ会社はジェイエアについては独立かスカイマークやFDAあたりと提携か統合、離島路線の多い日本エアコミューターや地方路線の北海道エアシステムは独立した会社になっていたか、ANA辺りに押し付け売却されていたのではないでしょうか。

いずれにしても、このケースでは路線やグループ会社は切り売りされて日本の航空業界は盟主ANA、対抗馬スカイマーク、沖縄路線の王者JTA、JALのリゾート路線を継承したJALウェイズ(多分JALの名前は外すと思いますが)が大手となり、脇を新規会社や旧JALのグループ会社が固める、と言う構図になっていたと思います。JALのブランドは消滅してパンナム同様、過去のものとなっていたかもしれません。航空連合については恐らくJALに代わってJALウェイズがワンワールドに残り、スカイマークはいずれスカイチーム入りしていたのではないでしょうか。

 

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最後にJAL破たん後のLCCの展望ですが、ピーチは史実通りだとしても他の会社は参入したかどうか微妙です。特にジェットスタージャパンに関しては①と②の場合はともかく、③はJALという日本側の提携相手が消滅しているので外資規制をクリアできず、設立されなかったのではないでしょうか。エアアジアに関してはスカイマークと組むか、自力で参入したかも知れません。あるいはスカイマークがカナダのウエストジェットやオーストラリアのヴァージンオーストラリア同様、LCCに近い性格になっていたかも知れません。

 

こう考えるとJALが残るか消えるかで、その後の日本の航空業界の姿は180度変わっていたかもしれません。それだけJALの破たんは影響が大きいものだったと言えるのではないでしょうか。

 

まとめ

以上、昭和と平成の2回に分けて東海道新幹線や航空業界にまつわる「if」を予想してきましたが、いかがだったでしょうか。私自身もこの考察が絶対だという気は毛頭ありませんし、人によって予想や解釈は大きく変わると思います。歴史の「もしも」の話は考えた人の数だけ予想が分かれますし、その予想の違いを楽しむのもまた一興なのではないでしょうか。

 

趣味的には過ぎた過去の「もしも」を想像するのは楽しい事ですが、その過去は企業や政府のトップから末端の従業員に至るまで、様々な人の「決断」の積み重ねによってできたもの。その「決断」の結果がどうであれ、決断しない事には物事は進みませんし、決断した当人の意思や勇気には敬意が払われるべきであると思います(私利私欲の為に決断し、結果会社や社会に損害を与えたケースはむしろ非難されるべきですが)。

歴史とは「決断」の積み重ねであり、決断した後は物事をなかったことにはできません。そう考えると東海道沿いの交通の歴史もまた、重みのあるものに思えてきます。先人たちの決断の上に今の交通の発展と利便性の向上があるわけですから、その決断に感謝をしつつ、移動する自由を享受していきたいですね。

 

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